日本の技術が支えた連覇だ。
 9月にフランスのニースで行われたAIDAフリーダイビング世界選手権、女子の日本代表「人魚ジャパン」(平井美鈴、廣瀬花子、福田朋夏)が金メダルを獲得し、2大会連続優勝を達成した。フリーダイビングは素潜りで、潜る深さや水平に泳ぐ距離、息を止める時間の3要素を争う競技だ。本場のヨーロッパ勢を退けての連覇は快挙である。

 実は、この「人魚ジャパン」を支えたのは山本化学工業のウェットスーツ素材なのだ。
「2年連続の優勝は日本人の実力が世界レベルに達した証拠。社員一同、喜んでいます」
 山本富造社長は、そう表情をほころばせる。

 山本化学工業とウェットスーツ素材の関わりは古い。戦後、潜水服の国内生産を目指し、同社が素材開発に携わり始めたのは1960年。潜ることを生業とする海女の意見を取り入れながら、試行錯誤を重ねてウェットスーツ素材「ヤマモト#45」が誕生した。立気泡のクロロプレンラバーを使用し、保温性にも優れたヤマモト#45は、国内のみならず、海外でも高い評価を受け、各国の海軍や沿岸警備隊、水産業者などに広く愛用されるようになった。これがスキューバダイビングや、フリーダイビングなどのマリンスポーツにも転用されたというわけだ。今や競技で使われるウェットスーツのほとんどは同社の素材が採用されている。

「誰の助けも得られない深海において、一番求められるのは安心感。ヤマモト#45をはじめとする当社のウェットスーツ素材は肌触りも人間の皮膚に近く、着用していて違和感がない。まるで“お母さんに抱っこされているような”感覚になるようです」
 そんな同社のウェットスーツ素材が長年、世界から信頼を集めてきた背景には、絶え間ない技術革新がある。

「潜っている人間が進化しているなら、それに伴って素材も進化させなくてはならない」
 このポリシーの下、同社では実際に現場の声を取り入れながら、素材を年々改良させてきた。S.C.S.(スーパー・コンポジット・スキン)では表面にミセル構造を施し、空気中では水をはじき(撥水)、水中では水になじませる(親水)ことで流水抵抗を限りなくゼロに近づけることに成功。浮沈の際の抵抗が大幅に軽減された。

 今回の人魚ジャパンが使用したウェットスーツ素材も選手たちの声を取り入れ、細かい改善が行われている。
「表面だけでなく潜っていて体がひっかかるという話が出れば、内側の素材を滑りやすいものに加工したり、素材自体の厚みや裁断・縫製の仕方を変えてみる。要望を聞いては手直しをする作業を積み重ねていきました」

 山本社長は彼女たちからヒアリングする際、ひとつお願いしていることがあるという。「なんとなくでもいいから感覚を率直に伝えてほしい」
 それはなぜか。
「彼女たちは限界に近いところで勝負をしている。限界に行ったからこそ分かる微妙な感覚もあるでしょう。それが我々にとっては、とても貴重な情報なんです。だから言葉にするのが難しいような些細なことでも、遠慮せずに教えてほしいと話をしています。その感覚的なものを汲み取って、形にするのが我々の仕事ですから」

 人魚ジャパンが潜水のプロであるなら、山本化学工業は素材のプロ――。そんなプロフェッショナル同士の高いレベルでの試行錯誤が、技術革新につながり、ひいては記録の更新にもつながるのだ。

 目標は「体と一体化する素材、着用していることを感じていない素材をつくる」こと。山本社長は「我々の素材の特徴を一言でアピールしてほしいと言われたら、“セカンドマッスル(第2の筋肉)”と答えます。つまり、筋肉のように体と同化しつつ、かつパフォーマンスを上げてくれる力になるもの、というわけです」と明かす。これは、まさに究極のウェアである。

 連覇を経験した人魚ジャパンが、深い水中での極限状態でどんな感覚を抱いたのか。山本社長は彼女たちから改めて話を聞ける日を楽しみにしている。
「当社の強みは単に素材の性能の高さだけではないと感じています。現場の声に耳を傾けながら長年やってきた蓄積が、使う人たちの安心感につながっている。この部分は今後も大切にしていきたいと思っています」
 究極のウェア素材を目指す山本化学工業の進化は、選手たちとともにこれからも続いていく。 

 山本化学工業株式会社