山本化学工業の取り組みに対する考え方、新しい開発について、このほど山本富造社長が1冊の本にまとめた。題して『「1人1億」稼ぐ会社の鉄則』(ダイヤモンド社)。「イヤなことは一切しない!」「手形は絶対に切らない」「自転車操業もOK」などなど、小さな会社で世界の大企業を顧客に持ち、トップアスリートが「着たい!」と口をそろえるウェア素材を手掛ける会社の哲学がちりばめられている。全編が関西弁で綴られており、ビジネス書としては珍しく親しみやすい内容に仕上がっている。

書籍では北京五輪での高速水着騒動から始まり、山本化学工業の歴史や社長の半生などがつづられ、その中で培われた会社の経営哲学が語られている。今回はそのさわりの部分を紹介しよう。

 まず山本化学工業では自社の製品において「顧客満足度300%」を目標にしているという。100%ではなく、300%を目標にしている理由はどこにあるのか。

<小学生でもわかることだけど、顧客満足度は最大でも100%。実際には全員が100%満足することはまずないから、平均して80%か85%くらい行けたらいいほうじゃないかな。だって、一人が「すごいわあー、100%満足やわあー」って言ってくれても、もう一人が「わるくないねんけどなあ、ま、50%くらいにしときましょか」って顔をしかめたら、平均すると75%に落ちてしまう。常識の範囲で考えれば、100を超えることは絶対にない。でも、本当にそうかな。ここでも、ちょっと常識を疑ってみる。

 ひと口に「顧客満足度」と言っても、その中身はさまざま。たとえば、ウエットスーツを買ってくれた人が3人いたとしたら、「着心地がええから、好きやねん」と言う人もいれば、「ぽかぽかしてホンマに温かいから、好きやねん」と誉めてくれる人もいる。それから、「タイムが速くなるから、好きやねん」と喜んでくれる人もいるはず>

 商品開発においてニーズをひとつに絞るようなことはしない。ひとつの機能に絞ることで、ある対象にとっては100%満足するものであっても、それ以外の人たちにとっては満足できないものになってしまう可能性があるからだ。

<同じウエットスーツでも、用途によってニーズは全然違う。もちろん、それぞれのニーズに合わせていろんな商品を作るのもありかもしれないけど、ウチはやらない。そうではなくて、全部のニーズをいっぺんに満たせるものを作る。プロのトライアスロンの選手も、海女さんも、素人のダイバーも、みーんなが満足できるようにする。その場合、特徴は1つじゃなくて、最低2つ、3つ、できれば4つ、5つあるといい。というのも、どの特徴がどのニーズにマッチするかわからないから。

 しかも、いろんなニーズを取り込めば、それだけいろんな評価をもらえるようになる。「温かいほうがいい」というニーズだけに応えてたら、評価は「○、×、△」くらいしかない。でも、もっと複雑な特徴を持った商品だったら、実際の値段は1000円でも「1500円の価値があった」「3000円の価値があった」から「10万円の価値があった」まで、評価の幅はグンと広がっていく。これなら、満足度300%だって実現できないことじゃない。
(中略)

 顧客満足度というのは、よく使われる言葉だけど、こうして考えてみると結構複雑。ただ上げればいいわけじゃない。「顧客」とは何か? 「満足度」とは何か? 「上がる」とはどういうことか? 逆に「下がる」とはどういうことか? 顧客満足度が上がった、下がったと一喜一憂するんじゃなくて、自分の頭でちゃんと考えないと、いつまで経っても100%のなかで勝負することになっちゃうよ>

 山本化学工業においてユニークなのは人材活用術だ。70名ほどの会社で大事にしているのは社長曰く「ヘンなやつ」と「アホなやつ」だという。

<会社に限らず組織っていうのは、社員みんなを同じ色に染めようとする。よその会社を訪ねると、若手から中堅、古参までみーんなどことなく似ている。たぶん、そういう会社は採用の段階から似たような人ばかりを採るようにしているんだろうし、入社してからも、ちょっとでもまわりと違っていたら、注意したり教育したりして直していくんだろうな。だから、何年かしたら年寄り夫婦みたいに似てくる。

 だけど、ウチの会社はそれをしない。「ヘンなやつ」はヘンなままにしておく。「アホ」にも通じるけど、「ヘンなやつ」とは平たく言えば、型にはまってない人のこと。物事を見たり考えたりする時に、いろんな方向から捉えられる人を、僕は「ヘンなやつ」と呼んでかわいがってる。矯正しようとしない。のびのびさせておく。まあ、僕自身が相当ヘンってこともあるけど、ウチは日本一「ヘンなやつにフレンドリーな会社だと思うよ。だから、そういうやつが隅で小さくなっていたり、奥に引っ込んでいたりしないで、結構存在感を放ってる>

 社長や社員のアイデアに対して、否定的な意見を述べる人材であっても、山本化学では問題にしない。むしろ重宝がる。

<たとえば、僕が何を提案しても、ひと言目には「社長、それは非科学的ですわ」と言うやつ。セリフだけを聞くと、ずいぶん非常識なやつに思えるかもしれないけど、実は全然そんなことはない。僕がさらに「じゃあ、何が科学的なん?」「じゃあ、これはどうやって説明するん?」と聞いていくと、そいつは「……ん、それは私にもわかりませんけど……」と黙り込んでしまう。

 要は人が言うことを否定するのが好きなだけ(笑)。こういうやつは世間ではきらわれる。たぶん、普通の会社に就職してたら、すぐに上司と衝突して、どこか日の当たらない部署に左遷されてたんじゃないかな。

 でも、ウチでは大いに役に立つ。というのも、そいつを黙らせることができれば、よそに持っていってもまず大丈夫なものができあがるから。逆にこいつが「社長、それは非科学的ですわ」と否定してくるあいだはダメ。よそでも何かケチをつけられる可能性がある。だから、ウチの会社では新製品のアイデアが浮かんだり、試作品が完成したりしたら、そいつのところに持っていって、そいつが黙り込むまで何度でもやり直す。社内で一度「厳しい洗礼」を浴びせるというわけだ>

 山本社長によると「ヘンなやつ」「アホなやつ」と、その道で専門にやってきた常識人=「プロ」の比率を4:3くらいにすると、斬新な発想が実現できる組織が生まれるという。そのため社内に特定の商品開発者は置かない。それぞれの社員が他の業務を兼務しながらアイデアを出し合い、製品化していく。

 山本社長は、全国はもちろん世界中を飛び回る多忙な中、半年間かけて本をまとめた。
「この本も顧客満足度300%になるよう、いろんな方をターゲットにして書いています。高速水着騒動の舞台裏を知りたいスポーツファンはもちろん、若い起業家のヒントになればと思いました。手に取っていただいた方には何か感じていただける本になったのではないでしょうか」
 このように社長は本に込めた思いを語る。大企業に負けない技術力と発想力を持った山本化学工業の秘密が、この一冊には凝縮されている。

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