今、私は日本代表の合宿地、スイス・サースフェーにいる。
 ジュネーブ空港から鉄道、バスと乗り継いで約4時間かけてたどり着いた小さな村。ガソリン車の乗り入れが禁止されるなど環境の保全が徹底されている。4000m級の荘厳な山々に囲まれ、澄んだ空気のなかで本大会に向けて最後の調整が行なわれている。
 岡田ジャパンがサースフェーをキャンプ地に選んだ最大の理由は高地対策。初戦のカメルーン戦、第3戦のデンマーク戦を1500mほどの高地で戦うことになっており、1800mのサースフェーで体を慣らしておく必要があったためだ。
「本当の高地というのは2000m以上」という話を専門家から聞いていたこともあって私は気軽に考えてしまっていたのだが、酸素が薄くて息がしづらい感覚に陥った。到着初日には頭痛も出たほど。高地に対して過剰に気を配る必要はまったくないのだが、ある程度の対策が必要な懸案事項であることは身を持ってわかった。
 選手の反応も「1、2回ダッシュをやっただけで息が切れてしまう感じ」「蹴ったボールが思ったよりも伸びてしまう」と違和感を口にする者は少なくない。もちろん「まったく気にならない」という猛者もいるが……。
 
 その高地対策のひとつだろうか。岡田ジャパンはこれまでの戦い方を少し変えてきた。
 5月30日のイングランド戦ではアンカーを置く4−1−4−1システムを採用し、持ち味だった前線のプレッシングを弱めてブロック主体の守り方に切り替えた。無駄な体力を使わないために現実的な路線を取ってきたのである。
 アジア相手だとボールを持つ時間が長くなって相手の体力を消耗させることができるし、守備でプレスに出ていっても回復の時間を稼げる。しかし、相手がイングランドクラスになると当然ながらボールが保持する時間が短くなる。プレスでボールを取りきれなかった場合は大きなピンチを招くことになり、カバーするために周囲はそこでも体力を使ってしまう。体力の貯金を考慮したうえで「ブロック」にシフトしたことは十分理解できる。

 もう少し前の時点から、このやり方に切り替えればよかったのではないか、という意見はあるだろう。
 しかし、今までの岡田ジャパンのスタイルを根本的に捨てたわけではないのだ。あくまで今までのやり方をベースにしたうえでのアレンジだということは強調しておきたい。
 前から激しいプレッシングを仕掛ける時間帯はあるし、「運動量」「サポート」「素早いパス回し」という岡田ジャパンのコンセプトをイングランド戦で少し取り戻すことができたのは大きい。試合を観戦した前監督のイビチャ・オシムも「ラウンド制なら判定勝ちだった」と試合内容を高く評価している。
 これまでの不甲斐ない戦いと比べれば、W杯に向けて希望を見い出せるような内容だった。彼らが目指しているのはあくまで効率よく走るための、攻撃に体力を使うための守備のコントロールだということ。つまり守備ありきの変更ではないのだ。ただ、後半に入ってバテてしまったため、さらなるアレンジが求められることも事実だ。
 突き通すところは突き通し、変化させるとことは変化させる。
 絶望に追い込まれた韓国戦から1週間でチームを前に向かせたという点で、岡田武史監督の下した判断はチームにプラスに働いていると言っていい。

 イングランド戦の善戦は、チーム内に明るい雰囲気を取り戻した。難しい表情が多かった指揮官も冗談を飛ばしては、ピッチから笑いも起こるようになった。喧騒から離れ、空気の澄んだこのサースフェーの環境が、日本代表の嫌なムードを変えているように思えてならない。
 4日のコートジボワール戦を終えると、チームはいよいよ南アフリカに入る。大きなケガ人もなく、コンディションを崩していた選手たちの状態も上向いてきた。高地対策にそこまで過敏になっていないことも悪くない。6月1日の練習を午前、午後の2部で内容をハードにしたのも「カメルーン戦を考えて、きょうを1度(練習の)ピークにしておきたかった」と岡田監督は慎重にマネジメントを進めている。
 日本を経ってからの10日間は、まずまずうまくいっている。あとはコートジボワール戦を含めてカメルーン戦までの?最後の10日間?をいかに過ごすか、にかかっている。このマネジメントに成功すれば、きっと岡田ジャパンに希望の灯がともるだろう。

二宮寿朗(にのみや・としお)
 1972年愛媛県生まれ。日本大学法学部卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社。格闘技、ボクシング、ラグビー、サッカーなどを担当し、サッカーでは日本代表の試合を数多く取材。06年に退社し「スポーツグラフィック・ナンバー」編集部を経て独立。携帯サイト『二宮清純.com』にて「日本代表特捜レポート」を好評連載中。