世界の頂点に立ったロンドンパラリンピックから、約2年。ゴールボール女子日本代表は、早くも2016年リオデジャネイロパラリンピックへの切符をかけた戦いに挑む。6月30日〜7月7日の8日間にわたって開催されるIBSAゴールボール世界選手権だ。この大会で3位以内に入れば、リオへの出場権を獲得することができる。勝負の時を目前にして、14、15日と最後の合宿に臨んだ日本代表を追った。
 強さは変化を求める姿勢にあり

 合宿地の国立障害者リハビリセンターを訪れると、世界選手権メンバーは新たな戦略を練るのに必死となっていた。最も時間を割いて行なっていたのは、レフト、ライトの両ウイングがセンターのポジションまで内側へと寄り、そこから相手ディフェンスの手先、足先を狙う戦略だ。その狙いとは何か。

 例えば、ライトがボールを持っているとする。相手は足音やボールの音でそれを察知し、ディフェンスのシフトをライトからのボールに対応できるよう、左へと寄ることになる。そこでライトが中に移動することによって、相手は今度はセンター寄りのシフトへと替えてくる。このように細かくシフトチェンジさせることで、相手にサーチやディフェンスに余裕を与えないようにするのだ。

 相手はボールの出所がどこなのか、どういうボールが投げ込まれたのか、一瞬戸惑いの時間ができる。そして、シフトを修正する最中、まだ手先足先が伸びきっていない状態で対応しなければならない。つまり、動いている状態の手先足先に当たれば、それだけボールの処理は難しくなり、前後に大きく弾く可能性は高くなる。前に弾けば、ボールを取りに行くことで時間のロスができる。そのため、速攻やゆっくりと時間を使っての攻撃ができなくなる。そして、後ろに弾けばゴールだ。

 3人の統率をとることもより難しくなり、ウイングとセンターとの間に穴が開く可能性も出てくる。さらに、この攻撃を繰り返すことによって、相手は内寄りにディフェンスの壁を厚くせざるを得ない。すると、今度は両ポストに穴が開くことになり、そこが狙い目となる。

 また、主にレフトに入ることの多い欠端瑛子に課せられたのは、“忍び移動攻撃”だ。相手から投球されたボールがライト側のサイドラインを割り、ボールアウトとなった場面で、レフトの欠端がそっとライトに移動する。そして、ボールがコートに入れられ、試合再開となると同時に、欠端はボールを持って、忍び足で再びレフトへと戻る。相手は当然、ライトにボールがあると思っているため、レフトから欠端が投球する時には、あわててシフトチェンジをしなければならなくなるのだ。

 今や移動攻撃は珍しくないが、移動する際に最も重要なのが、いかに音を消すかである。選手はアイシェードをしているため、視覚からの情報はない。そのため、移動にはゴールを使う。ゴールの枠の上部をつたって、移動するのだ。だが、これまではつたっていく際、鉄の部分が手でこすられて音が出るために、相手に移動していることが悟られることがしばしばだった。そこで今回、江直樹ヘッドコーチが編み出したのが、ゴールのネットの部分をつたい、音を消すという方法だ。

「考えれば考えただけ、方法はある。まだまだやれることはたくさんあるはず」とは、江ヘッドコーチの口癖だが、常に変化を求めるこの姿勢こそ、日本の強さである。そして、だからこそパワーやスピードに勝る相手に勝つことができるのだ。

 中国に連勝、アジアの頂点に

 さて、世界選手権を前に、チームは波に乗っている。6月3〜11日、10月のアジアパラ競技大会の予選を兼ねて行なわれたアジアカップで、日本は見事優勝したのだ。出場6カ国で総当たりとなった予選では、日本、中国、イランが4勝1敗、勝ち点12で並んだ。得失点差により、1位・中国、2位・日本が決勝に進出した。だが、3位・イランと日本との差はわずか1点。いかに拮抗していたかがわかる。決勝では、日本が中国を1−0で破り、優勝。ロンドンまで長きに渡ってチームを牽引してきた小宮正江が代表を引退して以降、初めて臨んだ国際大会での優勝は、チームとして大きな自信となったに違いない。
(アジアカップの優勝トロフィー)

 加えて、世界で最も強敵である中国を相手に、予選(2−1)、決勝と連勝したことで、日本の強さがホンモノであることが改めて証明されたと言っても過言ではない。実は昨年11月のアジア・パシフィック選手権では0−0のまま延長戦でも決着がつかず、エクストラスローの末に日本は中国に負けを喫している。
「アジア・パシフィックでは失点しなかった代わりに、日本も1点も入れることができなかった。でも、今回は予選で2点、決勝で1点と得点することができました。これで一歩前に進めたかな、という手応えを感じています」
 今年から副キャプテンとして、新キャプテンの浦田理恵とともにチームを牽引する安達阿記子はそう言って、笑顔を見せた。

 そのアジアカップでメンタルの強さを見せたのが、欠端だ。ベンチを温めることが多かったロンドンまでとは一転、今大会では主力のひとりとして臨んだ彼女が、スターティングメンバーに選ばれた中国との決勝戦、試合開始直前に発した言葉は「ワクワクする」だった。この言葉を聞いた江ヘッドコーチは、「これはいけるな」と勝利を確信したという。欠端本人に訊くと、「試合中も、楽しくて仕方がなかったんです」と満面の笑顔を見せた。先輩の後ろに隠れるようにしていたロンドン前とはまるで違う姿に、若手の成長力の強さを感じた。

 一方、欠端同様、ロンドン後に急成長を見せてきたのがチーム最年少、18歳の若杉遥だ。予選リーグでは、中国戦で24分間、ほぼフル出場し、チームの勝利に大きく貢献した。ところが、だ。決勝では途中、欠端と交代したものの、わずか3分で再びベンチに下がっている。決勝となった途端、予選にはなかったプレッシャーが、若杉の動きをかたくしたのだ。

「予選の中国戦では、コントロールも良かったし、得点することもできたので、とても感触は良かったんです。でも、決勝では同じ攻撃は通用しないだろうから、違う攻撃をしかけていこうと言われて、そのことばかりを強く意識し過ぎてしまった。自分で自分を追いつめてしまいました」
 そう悔しさをにじませる若杉。だが、世界選手権を前にして、貴重な経験ができたとも感じている。さらなる成長へのステップアップとなるに違いない。

 さて、世界選手権では、12カ国で3つの切符を争う。まずは2つのプールに分かれて6カ国による総当たりを行ない、各プール上位4チームが準々決勝に進出することができる。日本は米国(世界ランキング4位)、ロシア(同6位)、フィンランド(同8位)、トルコ(同9位)、ドイツ(13位)と対戦する。世界ランキングだけを見れば、3位の日本が上位4カ国に入るのは容易に思える。だが、米国、ロシア、フィンランドが強敵なのはもちろんだが、トルコも成長著しく、得意とする移動攻撃は決してあなどれない。また、実に8年ぶりの対戦となるドイツとは、江ヘッドコーチ就任後、01、07年と2度対戦しているが、0−5、1−3といずれも負けを喫し、1度も勝っていない。今や実力的には日本に分があることは間違いない。しかしながら勝負には相性もある。そのドイツとは初戦で対戦する。過去の嫌なイメージを払しょくさせ、勢いに乗りたいところだ。

 ロンドンで金メダルを手にした4人の精鋭たちが、再び世界に挑む。オリンピック、パラリンピック合わせてリオ代表第1号として帰国の途に着く日が待ち遠しい。

(文・写真/斎藤寿子)