新型コロナウイルスの影響により2020東京オリンピック・パラリンピックの延期が決定しました。この知らせを聞いた多くの人がまだ戸惑いの中にいることでしょう。今回の延期がパラリンピックにどう影響するのか。実は準備期間が延びたというポジティブな一面もあるのではないでしょうか。


 東京での開催が決定してから、2020年夏を目指し様々な準備が行われてきました。オリンピック・パラリンピックは社会変革活動です。今年の東京大会では、その後の社会を共生社会に変えるための準備も行われてきました。組織委員会からは「Tokyo2020アクセシビリティガイドライン」が示され、様々な視点での提案がされています。しかし、これは法的根拠を持ちません。強制はできないのです。また、全ての仕組みや物を新しくつくるわけではなく、これまでの社会の上につくり込んでいくものです。すべてが理想というわけにはいかないのです。

 

 例えばスタジアム、交通手段、駅、道路、宿泊・観光、建物などに関し、障害のある人が快適に移動し観戦できるかどうか。これらの点についてもまだまだ改善の余地がありました。

 

 新幹線の車いすに対する取り組みを例にあげましょう。最初に断っておきますが、私は新幹線が大好きです。

 

 現状、東海道新幹線の総席数は約1300席ですが、そのうち車いす用は2席。2020年に導入される新型車両では1席増えて3席。いずれにしても全体の0.15~0.23%です。また車両内のスペースが狭く、電動車いすは通路にはみ出したり、荷物を置くスペースも十分とは言えません。チケットに関してはウェブでの購入ができず、窓口での購入は数時間かかります。専用電話で予約ができるものの、受け取りは予約した駅のみです。新幹線に限らず様々な仕組みは、車いすの人同士が団体で外出しない、車いすの人は単独でなく介助者が一緒に外出することを前提につくられていることが多いのです。例えば車いすの人が10人で新幹線に乗ろうとすると3人ずつに分かれて別の列車に乗るしかありません。また車内では隣同士で景色を楽しんだり一緒にお弁当を食べたりすることはできません。

 

 このように車いすで新幹線を利用しようとした際に改善点は多く、それを望む声はオリパラ開催が決定する前からありました。開催決定を機に改善が進むことを多くの人が期待しました。

 

 国土交通省の有識者会議「新幹線のバリアフリー対策検討会」は昨年12月から開かれており、3月3日に中間とりまとめを発表しました。
<東京オリンピック・パラリンピックで目指す真の共生社会の実現に向け、その象徴としてこの取り組みを進めていく。障害者当事者の声を聞きながら、ハード・ソフト両面でバリアフリー対策を推進、世界最高水準のバリアフリー環境を有する高速鉄道の実現を目指す。>としています。

 

 基本方針を踏まえた取組(可及的速やかに実施するもの)として以下を挙げています。
1. 車椅子に乗ったまま利用できる席数や車内のレイアウトの考え方等について、車椅子使用者も参加する実車等を用いた実証実験を行い、検討したうえで決定する
2. 全新幹線において車椅子対応座席のウェブ申込みを導入する。

 

 新幹線に限らず、社会の仕組みにはまだ検討が必要なものがあります。こうしたことを見ると、今回の開催延期はさらなる共生社会への動機づけに1年の追加時間が得られたと考えることができます。

 

 もともと2020年の大会に関わったり見たりした私たちが、その後に共生社会を意識していくことが大きなレガシーです。改革を進める追加の時間を与えられました。「よし、これに取り組もう」。私もやる気が出てきました。

 

 

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>

新潟県出身。パラスポーツサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。スポーツ庁スポーツ審議会委員。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会顧問。STANDでは国や地域、年齢、性別、障がい、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション事業」を行なっている。その一環としてパラスポーツ事業を展開。2010年3月よりパラスポーツサイト「挑戦者たち」を開設。また、全国各地でパラスポーツ体験会を開催。2015年には「ボランティアアカデミー」を開講した。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ~パラリンピックを目指すアスリートたち~』(廣済堂出版)がある。

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