玉春日(愛媛県東宇和郡野村町出身)最終回「再び夢へ向かって挑戦」<1999年7月>

 新入幕の平成8年初場所ではいきなり10勝を挙げて敢闘賞を受賞。初土俵からの連続勝ち越しも13場所まで伸ばした。玉春日の故郷の野村町は相撲の盛んな土地だけに、沸きに沸いた。場所中は商店街に「玉春日がんばれ」ののぼりが並び、町役場には星取表が設置された。そして、玉春日の勝敗は取組が終わると同時に有線放送で町民に伝えられた。酪農と養蚕を主産業とする人口約1万2000人の小さな町は、まさに玉春日一色。入幕2場所目に初の負け越しを喫しても、応援態勢がしぼむことはなかった。

玉春日(愛媛県東宇和郡野村町出身)第4回「後輩・出島への挑戦状」<1999年7月>

 大相撲の名古屋場所では関脇の出島が劇的な逆転優勝を果たして、場所後に大関昇進を決めた。その出島は中大相撲部出身で、玉春日の2年後輩に当たる。出島は学生時代に11冠を獲得したこともあって、プロ入り前から活躍が期待されていた。  それに比べ、玉春日の個人タイトルは体重別135キロ未満で優勝しただけ。言うなれば「エリート」と「雑草」。当時の中大監督の羽瀬重幸氏も「出島は確実に関脇にはなるが、玉春日は十両止まりかもしれない」と考えていた。玉春日自身も「どこまで通用するか分からない」と疑心暗鬼だった。

玉春日(愛媛県東宇和郡野村町出身)第3回「雑草魂で前人未到の大記録達成へ」<1999年7月>

 大相撲において学生相撲出身の力士の活躍は目覚ましい。現在、熱戦を展開している名古屋場所では幕内40人中14人が学生出身、十両を含めた関取は22人にも上がっている。愛媛の期待を一身に背負っている玉春日もまた、中央大学出身の学生力士である。

玉春日(愛媛県東宇和郡野村町出身)第2回「本当は相撲が嫌いだった」<1999年7月>

 100年以上の伝統を持つ乙亥相撲が開催されている野村町だけに、全国大会で活躍した松本良二少年は中学生ながら一目置かれる存在だった。  だからこそ「相撲をやめたい」という寝耳に水の言葉は周囲を驚かせた。だが、それは突然の心変わりではなかった。

玉春日(愛媛県東宇和郡野村町出身)第1回「乙亥相撲で培った勝負魂」<1999年7月>

 1999年6月1日の開設以来、当サイトでは膨大な量のインタビュー記事、コラムを更新してきました。今回はサイト10周年を記念して1カ月間、過去の傑作や貴重な内容のものをセレクトし、復刻版として毎日お届けします。記事内容は基本的に当時のままを掲載する予定です。現在は名称や所属が異なる場合もありますが、ご了承ください。第1弾は今月ので編集長・二宮清純がスペシャルインタビューを行っている玉春日の特集(99年7月更新)をお送りします。

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