日本ボクシングコミッション(JBC)は21日、元世界4階級制覇王者・井岡一翔(志成)のドーピング検査時に採取した検体が禁止物質である大麻成分の陽性反応を示していたと発表した。しかし、世界アンチドーピング機構(WADA)が定めた基準値を下回る量だったため、JBCはドーピング禁止を定めるJBC第97条には違反しなかったと判断した。24日の王者ジョシュア・フランコ(アメリカ)との再戦となるWBA世界スーパーフライ級タイトルマッチは予定通り開催される見通し。なお検体は昨年12月31日、WBA、WBO世界スーパーフライ級王座統一戦後に採取されたものだった。

 以下、井岡の関連記事を掲載する。

 

◆「格の違い」示した王者のレッスン

(この原稿は2013年1月26日号『アサヒ芸能』に掲載されたものです)

 

 昨年暮、アジア初の4団体統一王者(バンタム級)となった井上尚弥に比べると影が薄いが、日本人男子として初の4階級(ミニマム級、ライトフライ級、フライ級、スーパーフライ級)を制覇した井岡一翔も日本ボクシング史を飾る名ボクサーのひとりだ。

 

 井岡の理詰めなボクシングスタイルは、さながら“リング上のチェス”である。

 

 それが最大限、発揮されたのが2020年12月31日、東京・大田区総合体育館で行われた3階級(ミニマム級、ライトフライ級、フライ級)王者の田中恒成をチャレンジャーに迎えてのWBOスーパーフライ級世界戦だ。

 

 年齢は井岡が31歳、田中が25歳(いずれも当時)。井岡が「格の違いを見せたい」と上から目線で話せば、田中は「倒して世代交代したい」と意気込んだ。

 

 ハイレベルな戦いは、先にミスを犯した方が負ける。井岡より6歳若い田中には、前々から指摘されていた欠点があった。打ち終わりに、右のガードが落ちるのだ。

 

 陣営もその欠点に気付いていたが、「角を矯めて牛を殺す」という格言もある。欠点を指摘する余り、持ち前のエネルギッシュなボクシングが影を潜めることを恐れたのだ。

 

 実際、田中には欠点を補って余りある長所があった。日本男子最速となるプロ5戦目で世界のベルトを腰に巻き、ここまで15戦全勝(9KO)。この勢いこそが彼の最大の武器だった。

 

 

 元世界王者の中にも、「僅差の判定で田中恒成」(飯田覚士)、「田中恒成の判定勝ち。もしくは10回TKO勝ち」(江藤光喜)とチャレンジャーを支持する声が少なくなかった。

 

 果たして結末は――。井岡の8回1分35秒TKO勝ち。この勝利で、井岡は自身の持つ日本選手世界戦最高勝利数を17にまで伸ばした。

 

 前半、積極的に前に出たのは田中だった。井岡は熟達のディフェンステクニックでかわし、接近戦では的確なブローを叩き込んだ。

 

 技術の違いを見せつけたのは5回だ。2分40秒過ぎ、ロープに詰まりながら井岡は左フックをカウンターで浴びせた。

 

 もんどり打って仰向けに倒れた田中。ガードを固め、息を潜めるようにチャンスを窺っていた井岡はチャレンジャーのちょっとしたスキも見逃さなかった。

 

 これ以降、田中は大振りが目立つようになる。ダウンで失った2ポイントを取り戻そうとする余り、ボクシングが雑になってきた。

 

 こうなれば井岡の思うツボだ。6回、今度はリング中央で、左のダブル。腰からキャンバスに崩れ落ちた田中は、かろうじて立ち上がったが、表情にはダメージの色が浮かんでいた。

 

 迎えた8回、井岡は仕留めにかかる。ガードが落ち、ガラ空きになった右頬に左フックを叩き込む。これでチェックメイトだ。

 

 これ以上の試合続行は無理、と判断したレフェリーが両者の間に割って入った瞬間、ゴングが打ち鳴らされた。

 

「こんなに差があったのかとびっくりした」。試合後、田中は、きつねにつままれたような表情でつぶやいた。同じパンチで3回も倒されるなど想像もしていなかったはずだ。

 

 一方の井岡は「彼はこれからのボクシングを引っ張っていく選手」と、敗者をいたわるように語った。

 

 チェスの名手を「マスター」と呼ぶが、この日の井岡の手さばきは技芸の極みだった。

 

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