「ビーチテニスを愛する全ての人たちのために、期待と希望を背負ってこの場に来ました」
 高橋は昨年に行われた「第1回マルハンワールドチャレンジャーズ」の最終オーディションの舞台で、こう力強く語った。高橋・中村ペアがこのイベントに参加した理由――それは資金難により、2011年ワールドチャンピオンシップ(WC)の出場を断念したからだ。彼女たちの代わりに出場権を得た日本のペアは、初戦で大会を去った。コートに立つことなく、結果を見ることしかできなかった高橋は「私たちが出場していれば、という思いはありましたね」と悔しそうな表情を浮かべた。その思いがスポンサー獲得活動に本腰を入れるきっかけとなった。

 2人が支援を訴える手紙を送った企業は50を超えた。しかし、待てど暮らせど、“いい返事”が返ってくることはなかった。やはりダメかと2人が気を落としかけていた時、ある企業から返事が届いた。それがマルハンだった。送られてきた手紙には「マルハンワールドチャレンジャーズ」への参加を提案する旨が記されていた。イベント名称、タイミングともに「自分たちとの縁を感じた」と高橋は募集を知った当時を振り返る。そして、2人は迷わず応募を決断した。

 どんでん返しの先に見えた光明

 募集にはビーチテニスのほか、ラートやトランポリンなど、100を超える競技のアスリートが集まった。応募総数は411名にも上った。書類選考を経て最終オーディションに残ったのは14組。高橋・中村ペアもその中に入った。これに高橋は「マイナー中のマイナーですからね(笑)。驚きました」と予想外の選考通過だったことを明かした。

 迎えた10月26日、高橋と中村は最終オーディションに臨んだ。ステージで2人は2つの思いを伝えた。「プレーヤーとしての思い」と、「ビーチテニス普及のためのアピール」である。前者は世界に挑戦したい気持ちであり、後者は少しでも競技人口を増やしたい願いだ。この2つの思いを合わせて表現したものが、冒頭の高橋の言葉だった。

 選考結果は当日に発表された。だが、高橋と中村の名前が呼ばれることはなかった。高橋はオーディション終了後に悔し涙を流したという。
「14組に選ばれた時は驚きました。しかし、そこに残れたのだから、最終選考も『絶対いけるぞ』という気持ちだったんです」

 しかし、彼女たちは立ち止まらなかった。最終オーディションのわずか3日後、福岡で行われた国際大会に出場したのだ。“敗戦ショック”の中での出場について、中村は「私たちには試合しかない。試合で結果を残せば、また新たなチャンスも生まれると思っていました」と理由を語った。
 大会の結果は準優勝。とはいえ、国内初開催のG1(※大会のグレード。G1が最も高く、下にG2、G3、G4と続く。国内で行われる大会はG3やG4が主流。階級が上がるに連れて、獲得ポイントや賞金額も上がる)大会で、世界の強豪も参加する中での準優勝だった。奇しくも同大会がシーズン最終戦であり、高橋・中村ペアは3年連続で日本ビーチテニスツアーランキング1位に輝いた。

 シーズン終了から程なくして、高橋のもとに思いもよらぬ知らせが届いた。マルハンからの特別協賛金として50万円を支給するという連絡だった。高橋は中村にすぐに電話をかけた。中村は「何だか友美のテンションが高いなぁと思って聞いていたら、『えー!?』と。夢かと思いました(笑)」と振り返る。落選後もすぐに前を見据え、歩みを止めなかったことが報われたのだ。

 賞金の使い道はもちろん、2012WCへの遠征費である。
「マルハンさんのおかげで、世界の舞台で戦うことができる。あとはもう、結果を残すだけだと思っています」
 高橋の言葉どおり、一度は途切れた世界一への道が、再び2人の前に現れた。

 武器はポーカーフェイス!?

 今年のWCは6月にブルガリアで開催される。中村は最終オーディションにおいて「世界にチャレンジするからには、勝つ自信がある」と語っている。その自信はどこから来ているのか。
「2年前のWCで世界レベルを肌で感じて、『戦える!』と思ったからです。気持ちだけというのも変ですけど、私たちの実力は国内では比べる相手がいません。世界に出られない分、日々の練習や試合で自信をつけてきました」

 普段のトレーニングは、テニススクールでコーチをしている傍ら、レッスンの合間に腹筋やダッシュなどの基礎体力トレーニングに励む。そして、週に4日ほど打ち込みを行なう。ただ、高橋と中村の居住地が離れているため、ペア練習は月に2、3回程度できればいいほうだという。その時は専ら実戦練習に時間を費やす。実はこの取材当日も、高橋が上京する機会を使って、取材前にペア練習を行っていたという。

 では2人の武器はどういった部分なのか。中村はまず、“連携力”を挙げる。
「海外の選手はペアリングを変えることが多いんです。それに比べて私たちはビーチテニスを始めてから4年近くペアを組んでいます。試合中に修正点が出たとしても、1回、1回確認することはできません。そんな時、確認せずとも、お互いをわかりあえるというのは、大きな強みだと思います」
 思えば、高橋と中村がオーストラリアでのテニス留学で出会ってから今年で11年目となる。強い“連携力”は、出会った当初から育まれてきたものなのだろう。

 2人のプレースタイルの違いも、阿吽の呼吸を生み出す要因だ。中村の役割はドロップショットやロブボールなどでコートを広く使い、相手の陣形を崩すゲームメイキングが主だ。一方の高橋は、中村の崩しによって返ってきたチャンスボールを、パワー溢れるスマッシュで決めきる。一昨年のWCでは、2人のスタイルがうまくかみ合っていた。「高さやリーチのある外国人ペアを崩した時はすごく気持ちがよかったですね(笑)」と中村は語った。

 そして、WCでは2人の武器がもうひとつ見つかった。“平常心”である。喜怒哀楽の表現が豊かな海外の選手に比べ、2人は高橋曰く「サムライのように淡々とプレーしている」という。つまりはポーカーフェイスだ。ただ、これも一昨年のWCに出場して初めてわかったことだという。中村は「(外国人選手から)初めて言われました。そんなの気にしていなかったんですけどね」と語る。今年2月、高橋は単身で海外の大会に出場した。その時も、ペアを組んだ外国人選手から「なぜ、日本人は表情を変えないんだ?」と不思議がられたという。表情が変わらないため、考えが読めないからだ。ペアを組んだ選手でさえわからないのだから、対戦相手はもっと2人の思考を読めないはずだ。そうなると、相手に苛立ちが出始め、プレーも乱れる。一昨年のWCでも、相手の方からミスを連発する場面があった。ポーカーフェイスは立派な武器となっていたのだ。高橋は「6月のWCでもうまく利用していきたい」というプランを明かした。

 1カ月後に迫った大舞台に向け、2人の課題は何なのか。高橋と中村が相談役と信頼を寄せる日本ビーチテニス連盟事務局長の高橋俊也は、“フィジカル強化”と“攻撃パターンの増加”の必要性を挙げた。
「まずは、瞬発力を鍛える必要があります。そうすることで、ドロップショットを打たれた時にもっと楽にボールを拾える。攻撃においては力で対抗するのではなく、柔らかいタッチでコースを狙うといった頭脳的なプレーが求められます」

 一方、高橋と中村は試合中の柔軟性をポイントにしている。男子並みのスピードとパワーを誇る高橋のサーブは、中村が「確実にキープできる」と絶賛するほど、2人の欠かせない武器だ。しかし、硬式テニスボールより軽いボールは、風の影響を受けやすい。予想以上に伸びたり、左右に曲がったりすることもしばしばだ。そんな時は、力をセーブしてコースを狙うなど戦い方を変える必要がある。高橋は「“柔よく剛を制す”というように、私たちは常に柔軟な考えで戦略を立てて戦いたい」と語った。

 世界挑戦が唯一の道

 前述のとおり、今年2月には高橋が単独で海外遠征を経験した。その時に訪れたイタリアでは、日本では見られない光景に遭遇した。練習の合間に何気なく立ち寄ったビーチに、ビーチテニスのコートがびっしりと50面ほど並んでいたのだ。そこでは幅広い年齢層の人々が、一様に競技を楽しんでいた。平日であるにもかかわらずである。イタリアには、日常の風景としてビーチテニスがあった。
 高橋はさらに競技環境の差を目の当たりにしたという。イタリアではインドアコートも多数存在していたのだ。
 日本国内ではインドアコートはもとより、常設されている屋外のコートも、まだまだ少ない。
「私たちが世界で活躍すれば、メディアにも取り上げてもらえることが増えると思うんです。普及の足がかりになれれば嬉しいですね」
 こう語る高橋には、日本のパイオニアとしての自覚が感じられた。2人が世界の舞台で活躍することが、日本ビーチテニス界の発展にもつながるのだ。

 今や高橋・中村ペアに国内で右に出るものはいない。そのため、国内大会では、普段は高橋が左側で中村が右側というプレーサイドを敢えて変えるなどして戦う時もある。世界を見据え、どんな展開でも戦えるようにするためだ。この状況を高橋は「試合も練習の一環になってしまっている」と嘆く。2人にとって、日本での活動は現状のレベルを維持するだけといえる。さらなる経験値を得るためにはやはり、世界での戦いが必要だ。「私たちは世界で戦うしかない」と高橋が語れば、中村も「海外でいろいろな大会に出場し、様々な選手と対戦することが、さらなる自信につながると思うんです」と語気を強めた。

 今後の目標を聞くと、高橋は「世界一です!」と即答した。WCでの優勝と世界ビーチテニスツアーランキングの1位獲得である。G1大会に優勝すれば200ポイントを獲得できる。だが、国内でのG1大会は1大会のみ。主流のG4大会では優勝しても40ポイントだ。中村は語る。「どんなに国内で頑張っても、世界ランク1位にはなれないと思います。世界を獲るためには、私たちが世界に出て行くしか道はないと考えています」

 WCに向けて、2人は大会の1週間前に日本を離れる予定だ。そして、イタリアで調整し、ブルガリアでの本番に臨む。2年ぶりの大舞台に向けて、準備にぬかりはない。自分たち、そしてビーチテニスを愛する全ての人たちのため、高橋・中村ペアは世界制覇に挑む。

(次回は射撃・小西ゆかり選手への二宮清純のインタビューをお届けします。前編は6月6日更新予定です)
>>前編はこちら


高橋友美(たかはし・ともみ)プロフィール>
1979年5月26日、静岡県生まれ。ビボーンテニスクラブ所属。愛知学院大時代に、インカレで女子ダブルスベスト8。大学卒業後は、静岡のビボーンテニスクラブでテニススクールのコーチを務めている。男子並みの力強い攻撃と大事な場面でポイントを取れる勝負強さが武器。世界ビーチテニスツアーランキング17位(4月25日時点)。身長159センチ。

中村有紀子(なかむら・ゆきこ)【右】プロフィール>
1984年6月9日、東京都生まれ。ビボーンテニスクラブ所属。99年からオーストラリアにテニス留学。01年に留学先で高橋と知り合う。02年に帰国後、関東のテニススクールグループでコーチとして勤務。粘り強い守備と多彩な攻撃で試合を組み立てるのを得意とする。世界ビーチテニスツアーランキング27位(4月25日時点)。身長157センチ。

2008年にビーチテニスに出合い、ペアを結成。翌年から本格的にビーチテニスプレーヤーとして国内外の試合に出場。10年には初のワールドチャンピオンシップに出場してベスト16に進出した。09年から3年連続日本ビーチテニスツアーランキング1位。昨年10月の第1回『マルハンワールドチャレンジャーズ』では最終オーディションに残り、特別協賛金50万円を獲得。今年6月に行われる「ワールドチャンピオンシップ2012」(ブルガリア)で優勝を目指す。

 夢を諦めず挑戦せよ! 『第2回マルハンワールドチャレンジャーズ』開催決定!
 公開オーディション(8月28日、ウェスティンホテル東京)で、世界に挑むアスリートを支援します。



※このコーナーは、2011年10月に開催された、世界レベルの実力を持ちながら資金難のために競技の継続が難しいマイナースポーツのアスリートを支援する企画『マルハンワールドチャレンジャーズ』の最終オーディションに出場した選手のその後の活躍を紹介するものです。

(鈴木友多)
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