サントリーサンゴリアスは、現在、日本最強のラグビーチームである。 昨季は17戦全勝でトップリーグ、日本選手権の2冠を2年連続で達成した。全勝での2冠は2003年のトップリーグ発足以降、初の快挙だった。
今年5月に引退した元プロレスラーの小橋建太が早くも復活した。しかもダンサーとして! なんと人気アイドルグループAKB48の新曲ミュージックビデオで、リングをバックにダンスを踊っているのだ。
「ラグビー界のiPhoneになる」 気の利いた言葉を口にしたのはラグビー日本代表ヘッドコーチのエディー・ジョーンズだ。 さる6月15日、世界ランキング5位のウェールズ代表を23−8で撃破した。 いくら若手主体のメンバーとはいえ、欧州シックスネイションズを連覇中の強豪。日本が世界の上位8カ国・地域の代表を下したのは1989年、宿澤広朗率いるジャパンがスコットランド代表に勝って以来の快挙だった。
1927年(昭和2年)に始まった都市対抗野球は、プロ野球よりも古い歴史を誇る。 都市対抗野球の特徴は補強選手制度だ。出場チームは予選敗退チームから最大で3名までを加えることができる。これによって「地区代表」としてのお墨付きを得るわけである。
上がり3ハロンは33秒5。他の馬が止まっているように見えた。 さる5月26日に行なわれた第80回日本ダービーを制したのは一番人気のキズナだった。鞍上は武豊。2005年のディープインパクト以来5度目のダービー制覇だった。観客数もここ10年では、05年の14万143人に次ぐ13万9806人を記録した。主役の帰還を多くのファンが待っていたのだ。
「みなさん、ありがとぉー」 チーム最年長の遠藤保仁の甲高い声が、2度、埼玉スタジアム2002の夜空に響き渡った。
開幕して20年を迎えたJリーグ最大の立役者が初代チェアマン・川淵三郎であることは言を俟たない。 その川淵は、1年目のシーズンが終わった直後に私が行ったインタビューで、将来のリーグ像について、こう語っている。 「日本における選手の供給源の事情を考えると、トップが16で、2部が16、合計32クラブのプロ制が望ましいと思っている」
5月5日のこどもの日。長嶋茂雄&松井秀喜の国民栄誉賞授与式が行われた東京ドームの4万6000人には及ばなかったが、6キロ近く離れた国立競技場にも1万5000人の観客が訪れた。
金メダルの威光は、かくも凄いものなのか。ロンドン五輪ボクシング男子ミドル級金メダリストの村田諒太がプロに転向した。 転向表明の記者会見会場となった都内のホテルには約100人の報道陣が駆け付けた。テレビカメラは11台。ボクシングにおいては世界戦の調印式でも、これほど多くのメディアが集結することはない。4月16日のプロテストの模様は地上波でゴールデンタイムに放送された。
第3回WBCの頂点に立ったのはドミニカ共和国だった。1次ラウンドから決勝のプエルトリコ戦まで8戦全勝。堂々の“横綱相撲”ならぬ“横綱野球”だった。
WBCはWBCでも、こちらは野球ではなくボクシングの話だ。 WBC世界バンタム級王者の山中慎介が、4月8日、東京・両国国技館で元WBC世界フライ級王者のマルコム・ツニャカオ(フィリピン)相手に3度目の防衛戦を行う。 控え目な印象のある山中だが、公開スパーリングの際には、珍しく強気な言葉がポンポン飛び出した。
昨季のMVP&得点王が躍動した。Jリーグのシーズン開幕を告げる「富士ゼロックス・スーパーカップ」は昨季J1王者の広島が天皇杯覇者の柏を1対0で下し、5年ぶり2度目の優勝を決めた。
NPBは低反発の統一球を導入して3年目のシーズンを迎える。いわゆる“飛ばないボール”の効果はてきめんで、導入初年度の2011年はセ・パ両リーグで前年比41.5パーセント減の939本。2012年は、前年をさらに下回る881本だった。
このチームの充実ぶりを見ていると、4連覇は到達点ではなく、まだまだ通過点ではないかとさえ思えてくる。
「醒新一到」と書いて「せいしんいっとう」と読むそうだ。もちろん、これは「精神一到」をアレンジした造語である。 ロンドン五輪での男子柔道金メダルゼロを受け、昨年11月、全日本男子監督に就任した井上康生が今年のモットーを披露した。
近鉄などでプレーした金村義明の解説は辛口ながらもユーモアがあり、聞き応えがある。 その金村が「この人ならチームを変えられる」と絶賛しているのが、オリックスの新監督に就任した森脇浩司だ。近鉄では金村の3年先輩にあたる。