第41回 「ストライカーはハンターだ。狙った獲物は一発で仕留めろ!」(デットマール・クラマー)

 上位進出が期待されたブラジルW杯、日本代表はグループリーグで敗退してしまいました。  あと一歩のところでゴールを割れないシーンを見て「釜本邦茂がいればなぁ……」とつぶやいたオールドファンは少なくなかったのではないでしょうか。

第39回 人間性と旺盛な野心で頂点に立つ(マヌエル・ノイアー)

 ブラジルW杯が開幕する前のことだ。元日本代表GKの小島伸幸に「GKにとって最も必要な条件は何か?」と質した。 「一番は人間性です」  意外な答えが返ってきた。 「GKは失点した場合、全部、それをひとりで背負い込なければならない。そこで他人のせいにしていたら、仲間から信頼されないんです。当然、仲間からの信頼がなければ、共同作業もできない……」

第38回 最強のチャレンジャーを迎える勇断(八重樫東)

 立場こそチャンピオンだが、実質的にはチャレンジャーと言っていい。下馬評は圧倒的に不利だ。  ボクシングWBC世界フライ級王者・八重樫東が4度目の防衛戦に迎える相手はWBA世界ミニマム級、同ライトフライ級元王者のローマン・ゴンサレス。9月5日、東京・代々木第二体育館で対戦することが決まった。

第37回 これぞ「決定力」のベストゴール(ティム・ケーヒル)

 ブラジルW杯・グループリーグにおけるベストゴールのひとつと言っていいだろう。決めたのはオーストラリア代表FWのティム・ケーヒルだ。  対オランダ戦。0対1で迎えた前半21分、DFライアン・マクゴーワンからの後方からのクロスに合わせ、ケーヒルは左足を鋭く振り抜いた。

第36回 秋田と世界の子供たちに勇気を(富樫勇樹)

 創設4年目でのファイナル進出の立役者は弱冠20歳、身長167センチのポイントガード(PG)富樫勇樹だった。  bjリーグ(日本プロバスケットボールリーグ)の2013−2014シーズンファイナルは琉球ゴールデンキングス(沖縄・ウエスタンカンファレンス王者)が秋田ノーザンハピネッツ(イースタンカンファレンス王者)を103対89で下し、2季ぶり3度目の優勝を果たした。

第35回 勝てる「日本らしさ」への努力(アルベルト・ザッケローニ監督)

 大久保嘉人、岡崎慎司、本田圭佑、香川真司、清武弘嗣、柿谷曜一朗、齋藤学、大迫勇也――。  人事はメッセージである。サッカーのブラジルW杯を戦う日本代表メンバー23人中、8人をFWとして登録したのは、標榜する攻撃サッカーを貫くとのアルベルト・ザッケローニ監督の毅然とした意思表示だろう。

第34回 上げ潮に乗って攻め上がる24歳(酒井宏樹)

 6月に開幕するブラジルでのサッカーW杯を「自分の成長を確かめる意味で楽しみ」と語る代表選手がいる。ドイツ1部リーグ(ブンデスリーガ)のハノーファー96でプレーするサイドバックの酒井宏樹だ。  酒井といえば185センチの長身をいかした右サイドからのダイナミックな攻め上がりが持ち味。ゴールに直結する“高速クロス”は日本代表の秘密兵器でもある。

第30回 五輪の借りは五輪でしか返せない(木崎良子)

 さる3月9日に行なわれた名古屋ウィメンズマラソン。35・7キロを過ぎたあたりで早川英里、田中智美から遅れ始めた時には、「日本人最先着」は無理かと思われた。  失速の理由は左太腿裏のしびれ。15キロ過ぎから異変を感じていたという。  しかし木崎良子は諦めなかった。懸命に追走し、40キロ手前で2人に追いつくと早川とのし烈な3位争いを制して、「最低限の目標」に掲げていた日本人トップでゴールに飛び込んだ。

第29回 「世界」と一対一で渡り合った人間力(青木功)

 日本を代表するゴルファーである青木功が、プレーヤー部門で「日本プロゴルフ殿堂」入りを果たした。  式典で71歳の青木は「私に引退はありません。引退しないことを、ここで宣言しますよ」と張りのある声で語った。 「自分にとってゴルフは天職。これしかないと決めているんです。だから、現役はいつまでと決めてしまったら寂しいですよ。いつか、ゴルフができなくなる時が必ず来る。その時に悔いが残らないよう、1日1日、1年1年を大切に過ごしていくつもりです」

第28回 日本に活を入れる異次元の華やぎ(ディエゴ・フォルラン)

 日本代表が初めて出場したワールドカップ――1998年フランス大会での日本の守りは海外のメディアからも高い評価を受けた。井原正己とともに最終ラインを統率したのが秋田豊である。  初戦のアルゼンチン戦ではエースストライカーのガブリエル・バティストゥータを徹底してマーク。世界屈指の点取り屋と堂々のマッチアップを演じた。

第26回 1000分の1秒を制した男

 スピードスケートの500メートルは、文字どおり1000分の1秒を争う究極のタイムレースである。距離にすると1・5センチ程度だ。  スタートの出遅れは、そのまま致命傷となる。  1998年長野五輪金メダリスト、02年ソルトレイクシティ五輪銀メダリストの清水宏保ほどスタートにこだわった選手を、私は他に知らない。

第24回 「諦めない」それがミラクルの条件(佐藤寿人)

 残り2試合で、首位・横浜F・マリノスとの勝ち点は5差。横浜はひとつでも勝てば優勝だったのに対し、3位・広島は負けはもちろん、引き分けすらひとつも許されないという過酷な状況。これを引っくり返しての優勝だからミラクルと言っていいだろう。

第23回 東京五輪、野球・ソフト復活の可能性

「あれぐらい、はっきり言うと皆、期待しちゃうよね。逆に少々、心配になりましたよ。IOCの会長が、あそこまではっきり言っちゃって大丈夫なのかなって……」  言葉の主は福岡ソフトバンクの王貞治球団会長。続けて、こうも言った。 「僕は2006年のWBCで日の丸をつけて戦った経験(日本代表監督)があるんだけど、普段は日の丸なんて意識していないのに、いざつけるとその重みを実感できるんです。若い選手たちが、本当に純粋に野球をやってくれた。日の丸の力というのは、これはもう想像以上でしたね」

第19回 燃えるサービス魂の「7年後」は?(アニマル浜口)

 今では元プロレスラーと紹介するより、女子レスリングのアテネ、北京五輪銅メダリスト・浜口京子の父親と紹介した方が通りがよいだろう。  2020年夏季オリンピック・パラリンピック開催都市が東京に決まった際も、その翌日、レスリングが20年大会の実施競技に選ばれた際もアニマル浜口(本名平吾)はテレビに引っ張りだこだった。

第18回 競技者として、そして語り部として(佐藤真海)

「私がここにいるのは、スポーツによって救われたからです。スポーツは私に人生で大切な価値を教えてくれました」  さる9月7日、アルゼンチン・ブエノスアイレスで行なわれた2020年夏季オリンピック・パラリンピックの開催都市を決めるIOC総会。最終プレゼンテーションに登場したパラリンピック陸上選手の佐藤真海は、こう切り出した。 「19歳の時に私の人生は一変しました。私は陸上選手で、水泳もしていました。また、チアリーダーでもありました。そして、初めて足首に痛みを感じてから、たった数週間のうちに、骨肉腫により足を失ってしまいました」

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