なぜか右手をひらひらとさせながらファーストに送球する。長嶋茂雄のサードの守備には華があった。 少年時代、この“右手ひらひら”を真似したご同輩は少なくないのではないか。 かくも現役時代はサービス精神旺盛なミスターだったが、実はこれ、単なるパフォーマンスではなかった。
角界からプロレス入りし、39年間にわたってリング狭しと暴れ回った天龍源一郎が、今年11月限りでの現役引退を発表した。 引退の理由は65歳という年齢からくる衰えではなく、妻・まき代さんの看病。記者会見では「身をひいて今度は私が支えていく番じゃないかと思った」と静かに語った。
ファーストミットを持つ姿もだいぶ様になってきた。キャッチャーからファーストにコンバートされた巨人・阿部慎之助がキャンプ地の宮崎で、はつらつとした動きを披露している。
ライトフライ級のリミットが48.9キロであるのに対し、スーパーフライ級のそれは52.1キロ。ボクシングの世界において、3.2キロの体重差は大きな意味を持つ。パンチの重みが格段に違うのだ。ひとつの被弾が命取りになりかねない。
「当然、今回も(総合優勝を)狙いに行くんですけど、実際のピークは次なんですよ。今回はプレッシャーが少ない中で、勝てればいいなと……」 箱根駅伝の3週間前、青山学院大学陸上競技部の原晋監督は東京・町田の合宿所で、そう語った。 総合優勝を狙えるだけの力は身に付けた。しかし、まだウチが本命だと言い切れるだけの自信はない――。そんなニュアンスだった。
「カープは“たる募金”から生まれた市民球団。そんなファンの善意が実って選ばれた賞。ただの流行ではなく、これからも続いていく。来年は絶対に優勝したい」 広島カープを熱烈に応援する女性ファンを表す「カープ女子」が、その年、話題になった言葉に贈られる「ユーキャン新語・流行語大賞」年間トップ10に選ばれた。 先のセリフは、授賞式での広島県出身のモデル大井智保子から発せられたものだ。
彼女こそは「氷上のアクトレス」と呼ぶにふさわしいアスリートだった。 2002年ソルトレイクシティ大会5位、06年トリノ大会4位と五輪2大会連続入賞を果たしたフィギュアスケートの村主章枝が引退を表明した。
ニュージーランドの先住民族マオリ族の血を引く選手たちで構成されるラグビーチームを「マオリ・オールブラックス」と呼ぶ。世界6、7番目の実力を誇るといわれている。世界ランキング11位(試合前)の日本代表からすれば、間違いなく格上の相手だ。 このマオリ・オールブラックスをあと一歩のところまで追いつめたのだからエディー・ジャパンの進境は著しい。来年のイングランドW杯、そして5年後の日本W杯が楽しみになってきた。
バレーボールの全日本男子がオリンピックで金メダルを獲ったのは1972年のミュンヘン大会だから、今から42年前のことである。 64年の東京大会で銅、68年のメキシコ大会で銀と着実に力をつけ、ついに表彰台の真ん中に立ったのだ。
成績が下降しているチームなら、大ナタを振るえばいい。新監督に求められる役割は簡単だ。 むしろ、カジ取りが難しいのは上げ潮ムードのチームを任されたケースだろう。前任者の路線を踏襲しながらも、自らの色を加えなければならない。ただ継承するだけなら新監督の意味はない。
掛け値なしのモンスターだ。横綱・白鵬が千代の富士と並ぶ歴代2位となる通算31回目の優勝を果たして幕を閉じた大相撲秋場所、もうひとりの主役はザンバラ髪の21歳だった。 新入幕ながら1横綱(鶴竜)、2大関(稀勢の里、豪栄道)を倒し、13勝2敗の好成績で殊勲賞と敢闘賞に輝いた逸ノ城である。
グランドスラム(全豪、全仏、全英、全米)でのシングルス制覇は、日本テニス界にとって悲願である。 全米オープン準決勝で世界ランキング11位(大会前時点)の錦織圭が同1位で5年連続決勝進出を狙ったノバク・ジョコビッチ(セルビア)を6−4、1−6、7−6、6−3で撃破した瞬間、多くの者がトロフィーを抱く錦織の姿を想像したはずである。かくいう私もそのひとりだった。
上位進出が期待されたブラジルW杯、日本代表はグループリーグで敗退してしまいました。 あと一歩のところでゴールを割れないシーンを見て「釜本邦茂がいればなぁ……」とつぶやいたオールドファンは少なくなかったのではないでしょうか。
パ・リーグの?争いは福岡ソフトバンクとオリックスの“2強”に絞られた観がある。 開幕前から下馬評の高かったソフトバンクは当然として、オリックスのここまでの奮闘を予想した評論家は少なかったのではないか。
ブラジルW杯が開幕する前のことだ。元日本代表GKの小島伸幸に「GKにとって最も必要な条件は何か?」と質した。 「一番は人間性です」 意外な答えが返ってきた。 「GKは失点した場合、全部、それをひとりで背負い込なければならない。そこで他人のせいにしていたら、仲間から信頼されないんです。当然、仲間からの信頼がなければ、共同作業もできない……」
立場こそチャンピオンだが、実質的にはチャレンジャーと言っていい。下馬評は圧倒的に不利だ。 ボクシングWBC世界フライ級王者・八重樫東が4度目の防衛戦に迎える相手はWBA世界ミニマム級、同ライトフライ級元王者のローマン・ゴンサレス。9月5日、東京・代々木第二体育館で対戦することが決まった。
ブラジルW杯・グループリーグにおけるベストゴールのひとつと言っていいだろう。決めたのはオーストラリア代表FWのティム・ケーヒルだ。 対オランダ戦。0対1で迎えた前半21分、DFライアン・マクゴーワンからの後方からのクロスに合わせ、ケーヒルは左足を鋭く振り抜いた。
創設4年目でのファイナル進出の立役者は弱冠20歳、身長167センチのポイントガード(PG)富樫勇樹だった。 bjリーグ(日本プロバスケットボールリーグ)の2013−2014シーズンファイナルは琉球ゴールデンキングス(沖縄・ウエスタンカンファレンス王者)が秋田ノーザンハピネッツ(イースタンカンファレンス王者)を103対89で下し、2季ぶり3度目の優勝を果たした。
大久保嘉人、岡崎慎司、本田圭佑、香川真司、清武弘嗣、柿谷曜一朗、齋藤学、大迫勇也――。 人事はメッセージである。サッカーのブラジルW杯を戦う日本代表メンバー23人中、8人をFWとして登録したのは、標榜する攻撃サッカーを貫くとのアルベルト・ザッケローニ監督の毅然とした意思表示だろう。
6月に開幕するブラジルでのサッカーW杯を「自分の成長を確かめる意味で楽しみ」と語る代表選手がいる。ドイツ1部リーグ(ブンデスリーガ)のハノーファー96でプレーするサイドバックの酒井宏樹だ。 酒井といえば185センチの長身をいかした右サイドからのダイナミックな攻め上がりが持ち味。ゴールに直結する“高速クロス”は日本代表の秘密兵器でもある。
かつて、高原直泰は日本最強のストライカーだった。ジュビロ磐田時代の2002年には得点王、ベストイレブン、リーグMVPに輝いた。W杯にはドイツ大会に出場した。 ドイツで6シーズンに渡ってプレー、フランクフルト時代の06〜07シーズンは11得点を記録した。
東京ヤクルトの西浦直亨が横浜DeNAとの開幕戦でプロ初打席初ホームランを記録した。これは史上55人目の快挙だ。 ルーキーでの開幕戦初打席アーチとなると1950年の戸倉勝城(毎日)に次いで史上2人目。しかも初球を打ったのは史上初だった。
ソチ冬季パラリンピックで、日本は海外開催の冬季パラリンピック史上最多タイの3つの金メダルを獲得した。そのうちの2つがアルペンスキー(座位)の滑降とスーパー大回転を制した狩野亮だった。
さる3月9日に行なわれた名古屋ウィメンズマラソン。35・7キロを過ぎたあたりで早川英里、田中智美から遅れ始めた時には、「日本人最先着」は無理かと思われた。 失速の理由は左太腿裏のしびれ。15キロ過ぎから異変を感じていたという。 しかし木崎良子は諦めなかった。懸命に追走し、40キロ手前で2人に追いつくと早川とのし烈な3位争いを制して、「最低限の目標」に掲げていた日本人トップでゴールに飛び込んだ。
日本を代表するゴルファーである青木功が、プレーヤー部門で「日本プロゴルフ殿堂」入りを果たした。 式典で71歳の青木は「私に引退はありません。引退しないことを、ここで宣言しますよ」と張りのある声で語った。 「自分にとってゴルフは天職。これしかないと決めているんです。だから、現役はいつまでと決めてしまったら寂しいですよ。いつか、ゴルフができなくなる時が必ず来る。その時に悔いが残らないよう、1日1日、1年1年を大切に過ごしていくつもりです」