7月17・18日に行われたオールスターゲーム。メジャーリーグから8年ぶりにNPBに復帰した広島・黒田博樹がファン投票投手部門では史上最年長の40歳で選出された。
ニックネームは「ベンちゃん」。今は亡きNHKの名物ディレクター和田勉に由来する。 ナゴヤドームの外野スタンドに「輝く男」の横断幕が掲げられるベンちゃんこと和田一浩(中日)が“輝ける記録”を樹立した。
春3回、夏2回。甲子園で5度の全国制覇を誇る横浜の渡辺元智監督が、今季限りでの退任を発表した。 母校のコーチになったのが20歳の時だから、50年以上の人生を高校野球に捧げてきた。
セ・リーグを、いや日本を代表する2人のセカンドについて話そう。ひとりはカープの菊池涼介。もうひとりはスワローズの山田哲人である。
3球も体近くに投げられれば、誰だって怒る。米国なら乱闘に発展していたかもしれない。 4月25日、マツダスタジアムでの広島―阪神戦。2回裏に“事件”は起きた。
福岡ソフトバンクの新監督・工藤公康は「報道ステーション」のキャスターを務めていたこともあり、若いファンの間には爽やかなイメージが浸透している。 球場でも笑顔を絶やさず、選手を呼び捨てにはしない。メディアの評判も上々だ。
「グラウンドにはゼニが落ちとる」 との名言で知られる南海の元監督・鶴岡一人が生きていたら、「守備だけでゼニが取れる選手やな」と目を丸くしたのではないか。 広島のセカンド菊池涼介の守備は、見ているだけで視線が痙攣する。名セカンドといえば、高木守道や土井正三、辻発彦、近年では荒木雅博(中日)や藤田一也(東北楽天)らの名前が思い浮かぶが、菊池のプレーは異次元である。
対戦するバッターの多くは、自らの子どもくらいの年齢である。今年の高卒ルーキーとは31も齢が違う。 中日の山本昌が32年目のシーズンを迎えた。この8月11日で50歳になる。
ゴツンからスパンへ――。 現役では最長となる8年連続打率3割以上を目指す福岡ソフトバンク内川聖一の今のテーマがこれだ。
昨季のプロ野球の公式戦平均試合時間は3時間17分(9回)で、東日本大震災に見舞われ、電力不足が懸念された2011年と比較すると、11分も長い。
「バッター一本でも成功するのは大変なのに二刀流なんて……。私の本音は“ふざけんじゃないよ!”ですよ」 憤懣やる方ない表情で、こう吐き捨てたのはノムさんこと野村克也である。今から2年前、大谷翔平の北海道日本ハム入りが決まった直後のことだ。
指導者経験のない者が、いきなり監督(1軍)をやっても成功しない――。 プロ野球の世界では、それが定説だったが、近年は必ずしもそうとは言えないようだ。
プロ野球における名投手コーチと言えば、真っ先に頭に浮かぶのが元中日コーチの権藤博である。 中日、近鉄、ダイエー、横浜、中日とのべ5球団でコーチを務めた。 1998年にはバッテリーチーフコーチから監督に昇格し、チームを38年ぶりのリーグ優勝、日本一に導いた。
最速157キロを誇る、東北楽天のドラフト1位ルーキー安樂智大の背番号が「20」に決まった。 当初、本人は田中将大(ヤンキース)が2013年まで背負っていたエースナンバーの「18」を希望していたが、これは球団から却下された。
高校通算73本塁打の巨人ドラフト1位・岡本和真(奈良・智弁学園)の背番号が「38」に決定した。 レジェンド長嶋茂雄の「3」と現監督・原辰徳の「8」を組み合わせた数字だ。
相思相愛の関係と見ていいだろう。東京ヤクルトからFA宣言した相川亮二の巨人移籍が決定した。 巨人では来季、正捕手の阿部慎之助の一塁手コンバートが決まっており、その穴埋めとして即戦力の捕手を探していた。
プロ野球が2リーグに分立して以降、日本一を3回以上達成した監督は川上哲治(11回)、森祇晶(6回)、水原茂(5回)、三原脩(4回)、広岡達朗、野村克也、上田利治、原辰徳(3回)と8人いる。
ゼニのとれるショートである。プレーを見ているだけでワクワクする。それが福岡ソフトバンクの今宮健太だ。 強肩、俊足、しかも守備範囲が広い。バッターからすれば、彼の周辺は“アリ地獄”のように感じられるのではないか。
オフのFA市場の最大の目玉はオリックスのエース金子千尋である。 今季16勝5敗、防御率1.98の好成績で、最多勝、最優秀防御率の2冠を獲得した。奪三振199もリーグ2位だ。
名前の「鉄也」をもじったわけではないが、彼こそ文字どおりの「鉄人」である。 以下の記録を見ていただきたい。08年=67試合、09年=73、10年=73、11年=60、12年=72、13年=64、14年=60。7年連続で60試合以上に登板したピッチャーは、長い歴史を誇るプロ野球の中で、巨人のセットアッパー山口鉄也だけである。
かつて盗塁王と言えば、「足のスペシャリストたちの占有物」というのが相場だった。 NPBのアンタッチャブル・レコードとも言える通算1065盗塁の福本豊(阪急)は1970年から13年連続、計13度、通算596盗塁の広瀬叔功(南海)は1961年から5年連続、計5度、通算579盗塁の柴田勲(巨人)は計6度、このタイトルに輝いている。
「小さな大打者」と言えば、通算2173安打の若松勉(元ヤクルト)とともに水島新司の漫画「あぶさん」の主人公・景浦安武のモデルとなった永淵洋三の名が真っ先に頭に浮かぶ。 身長168センチの小柄ながら、近鉄時代の1969年には打率3割3分3厘で東映の張本勲と首位打者を分け合った。なお、162安打はこの年のパ・リーグの最多安打だった。 パワーもあった。69年には20本、72年には22本と2度、20本以上のホームランをマークしている。
23年ぶりのリーグ優勝を目指す広島にとっては、大きな痛手である。 8月9日の阪神戦で4番のブラッド・エルドレッドがスタメン落ちした。今季、これで3度目のスタメン落ちだが、不振が理由での措置は今回が初めてだ。 前日は4打席連続三振。しかも、この日の先発が苦手の能見篤史とあっては無理もない。
オールスターゲームに、投手と野手の両方で選ばれたのは関根潤三(1951年、53年=投手。59、60、62、63年=野手)以来、実に55年ぶりだった。 言うまでもなく北海道日本ハムの“二刀流”大谷翔平のことである。
沢村賞を2度も受賞しながら肩の故障に泣き、6年間のブランクの後、昨季限りで福岡ソフトバンクを退団した斉藤和己に「一番やり甲斐のあったバッターは?」と問うと、間髪入れずに「小笠原さんですね」という答えが返ってきた。 このオフ、巨人を退団し、今季から中日のユニホームを着る小笠原道大のことである。