NPO法人STAND

公式サイトcopy icon

NPO法人STAND代表の伊藤数子さんと二宮清純が探る新たなスポーツの地平線にご期待ください。

宮本洋一(清水建設代表取締役社長)第2回「共生社会実現のためにすべきこと」

二宮: 障がい者の方を助けるとか、救うという発想ではなく、共生していこうということですね。互いに認め合って行こうという、まさにダイバーシティ(多様性)の考え方が主流になってきています。宮本: 健常者であるがゆえに"これで […]

宮本洋一(清水建設代表取締役社長)第1回「さまざまな社会貢献のかたち」

 2014年から、障がい者スポーツを応援する当WEBサイト「挑戦者たち」のパートナーとなった清水建設株式会社。NPO法人STANDが全国3ヶ所(金沢、東京、仙台)で開催した障がい者スポーツ体験会でも、社員がボランティアと […]

木村敬一(パラ水泳)第4回「リオで金、そして東京へ

二宮: 2度、出場したパラリンピックで金メダルの獲得はまだありません。当然、次のリオデジャネイロパラリンピックでは表彰台の一番高いところに照準を置いていると?木村: そうですね。自国開催の東京で優勝などと、悠長なことは言 […]

木村敬一(パラ水泳)第3回「無欲で掴んだ2つのメダル」

二宮: 北京パラリンピックでは5種目に出場し、3種目での入賞を果たしましたが、いずれも表彰台には届かなかった。それから4年後のロンドンパラリンピックでは、2つのメダルを手にしました。やはり4年前の経験が役に立ちましたか? […]

木村敬一(パラ水泳)第2回「大声援を身体で感じた北京パラリンピック」

二宮: 木村選手は、先天性の疾患で、2歳の時に全盲になったとお聞きしました。木村: そうです。実際、その頃の記憶をはっきりと覚えていないので、ほとんど生まれつき見えていないのようなものですね。 二宮: 途中から […]

木村敬一(パラ水泳)第1回「手応えを掴んだアジアパラ」

 北京、ロンドンと2大会連続でパラリンピックに出場し、ロンドン大会では2つのメダルを手にした水泳日本代表の木村敬一選手。昨年、パラリンピック3大会(アテネ、北京、ロンドン)で金1個を含む計5個のメダルを獲得した鈴木孝幸選 […]

橘香織&上村知佳(車いすバスケ)第4回「千差万別の個性が生み出す化学反応」

伊藤: 上村さんは5大会連続でパラリンピックにも出場し、今では日本の車椅子バスケットボール女子の"レジェンド"だと思いますが、もともとバスケットの選手だったのでしょうか?上村: いえ、私は高校時代、ハンドボールの選手でし […]

橘香織&上村知佳(車いすバスケ)第3回「普及拡大は”見る””する”の実体験から」

伊藤: 競技スポーツにおいて、若手選手の発掘・育成というのは、どのチームも抱えている課題だと思います。若手が育たなければ、世代交代も進まないわけですが、その点において、日本ではどのような取り組みをされているのでしょうか? […]

橘香織&上村知佳(車いすバスケ)第2回「若手の勢いとベテランの重み」

二宮: 車椅子バスケットボール女子がパラリンピックの正式競技として初めて採用されたのは、1984年のアイリスベリー大会(英国)でした。日本は同大会から2008年北京大会まで7大会連続で出場し、アイリスベリー、2000年シ […]

橘香織&上村知佳(車いすバスケ)第2回「若手の勢いとベテランの重み」

二宮: 車椅子バスケットボール女子がパラリンピックの正式競技として初めて採用されたのは、1984年のアイリスベリー大会(英国)でした。日本は同大会から2008年北京大会まで7大会連続で出場し、アイリスベリー、2000年シ […]

橘香織&上村知佳(車いすバスケ)第1回「強豪ぞろいの大阪カップ、世界を知るチャンスに」

  2011年11月、日本の車椅子バスケットボール界は悲嘆に暮れた。たった2枚しかないロンドンパラリンピックへの切符を争ったアジアオセアニア地区予選会で、日本女子はダブルラウンドロビンで戦ったが、得失点率で敗退。パラリン […]

川淵三郎(東京五輪・パラリンピック組織委員会評議員)第4回 ”おらが国の”オリンピック・パラリンピックへ

川淵: 前回の1964年の東京オリンピック・パラリンピックは、「東京」という一都市にすべて集約され、日本のシンボルとして世界に発信されました。しかし、2020年の東京オリンピック・パラリンピックは、東京のみならず、今度は […]

川淵三郎(東京五輪・パラリンピック組織委員会評議員)第3回「”おもてなし”から生まれるレガシー」

二宮: 前回、東京オリンピック・パラリンピックが開催された1964年当時は、日本では障がい者が仕事に就いたり家庭を持ったりするということは、非常に困難な時代でした。その頃と比べると、日本の社会もだいぶ進歩してきたように思 […]

川淵三郎(東京五輪・パラリンピック組織委員会評議員)第2回「2020年をきっかけに真の”共生社会”へ」

二宮: 川淵さんが障がい者スポーツを初めて見たのはいつ頃ですか?川淵: 1960年、まだ私が早稲田大学の学生だった頃、日本代表の一員として、合宿でドイツ・デュイスブルクのスポーツ・シューレ(スポーツの研修施設)を訪れた時 […]

川淵三郎(東京五輪・パラリンピック組織委員会評議員)第1回「サッカーはボールひとつで壁を越えられる」

 公益財団法人日本サッカー協会(JFA)最高顧問の川淵三郎キャプテンが、初めて障がい者スポーツを目にしたのは、1960年のことだ。サッカー日本代表として訪れたドイツの地で、車椅子に乗った人たちがボールを使って楽しんでいた […]

村尾信尚(キャスター)第4回「”違い”を受け入れる多様性社会へ」

二宮: アジア初開催となった1964年の東京オリンピック・パラリンピックには、本当にたくさんの外国人が日本を訪れました。日本にとっては初めての経験でしたから、とまどいもあったと思います。しかし、それをきっかけにして、東京 […]

村尾信尚(キャスター)第3回「オリンピック・パラリンピック効果を地方にも」

村尾: 実は私は、石原慎太郎さんが都知事時代に行った、2016年東京オリンピック・パラリンピックの招致には、正直言ってあまり賛成ではありませんでした。というのも、当時は「財政の無駄遣いになるのではないか」「日本がやるべき […]

菅義偉(内閣官房長官)第2回「期待高まるパラリンピックへの後方支援」

伊藤: 自国開催となると、やはり結果が求められます。実は夏季パラリンピックにおける日本のメダル獲得数は、北京以降、減少傾向にあります。特にロンドンでは北京の金メダル12個から4個と激減しました。今後は強化施設をはじめ、国 […]

村尾信尚(キャスター)第2回「パラリンピックではかられる成熟度」

二宮: ちょうど50年前の1964年に東京オリンピックが開催されました。これまであまり知られていませんでしたが、実はその約1カ月後にはパラリンピックも行われているんですよね。その時に出場したある選手がこう語っています。「 […]

村尾信尚(キャスター)第1回「現場から届けられる障がい者スポーツの魅力」

 昨年9月、2020年東京オリンピック・パラリンピック開催決定を機に、パラリンピックへの報道が増加している。その影響でパラリンピックや障がい者スポーツの認知度も徐々に高まっているが、その急先鋒に立っているのが、ニュース報 […]

舛添要一(東京都知事)第4回「人生をも変えるオリンピック・パラリンピック」

二宮: 舛添さんは先月、ロンドンを視察されました。そこで感じた2012年オリンピック・パラリンピックのレガシーとは? 舛添: 帰りの飛行機でこんなことがありました。英国人の客室乗務員の方が「私の人生は2012年を機に大き […]

舛添要一(東京都知事)第3回「大事なものは、気持ち=”心のバリアフリー”」

二宮: ひと昔前に比べれば、日本でもユニバーサルデザインの施設が増えてきました。しかし、それでも障がいのある人からすれば、まだまだという声は少なくありません。舛添: ひと言でユニバーサルデザインと言っても、果たしてどんな […]

舛添要一(東京都知事)第3回「大事なものは、気持ち=”心のバリアフリー”」

二宮: ひと昔前に比べれば、日本でもユニバーサルデザインの施設が増えてきました。しかし、それでも障がいのある人からすれば、まだまだという声は少なくありません。舛添: ひと言でユニバーサルデザインと言っても、果たしてどんな […]

舛添要一(東京都知事)第2回「ノーマライゼーションの実現へ」

二宮: 2020年東京オリンピック・パラリンピックまで、あと6年を切ったわけですが、私はオリンピックは今の日本なら十分に成功させられると思っています。問題はパラリンピックです。これを成功させてこそ、成熟都市と言えるのでは […]

舛添要一(東京都知事)第1回「ノーマライゼーションへ導くパラリンピック」

 今年10月10日、1964年に開催された東京オリンピック・パラリンピックから50年目を迎えた。半世紀前、アジア初の開催となった東京大会は、戦後の復興、目覚ましい発展を遂げた日本の姿を世界に発信した。では2020年東京オ […]

Back to TOP TOP