NPO法人STAND

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NPO法人STAND代表の伊藤数子さんと二宮清純が探る新たなスポーツの地平線にご期待ください。

廣瀬隆喜(ボッチャ)第4回「選手寿命の長い生涯スポーツ」

二宮: ボッチャはBC1からBC4まで、4つのカテゴリーに分けられています。廣瀬: その4つがパラリンピックなどの国際大会の対象クラスになっています。私はBC2クラス。上肢での車椅子操作がある程度可能で、自身で投球をする […]

廣瀬隆喜(ボッチャ)第3回「第一人者が感じる海外との違い」

二宮: 普段、トレーニングはどのくらいされるんですか?廣瀬: 通常は週2回、練習しているんですが、平日は午前中、仕事をしてから午後練習なので、3時間くらいですかね。日曜日は休憩を入れて、約5時間やっています。普段は千葉県 […]

廣瀬隆喜(ボッチャ)第2回「自らを成長させるライバルの存在」

二宮: ボッチャを始められたきっかけは?廣瀬: 中学校の頃から、スポーツは好きでした。中学3年間は射撃のビームライフルを、高校に入ってからは陸上競技をやりましたね。高校を卒業してからも、何かスポーツをやりたかった。高校卒 […]

廣瀬隆喜(ボッチャ)第1回「駆け引きが魅力のスポーツ」

 北京、ロンドンと2大会連続でパラリンピックに出場中のボッチャ日本代表の廣瀬隆喜選手。日本選手権ではBC2クラス史上最多の6度の優勝を誇る日本の第一人者である。来年のリオデジャネイロパラリンピックを目指し、国際大会でメダ […]

及川晋平(車いすバスケ日本代表ヘッドコーチ)第4回「2020年に向けた一体感」

  チームの価値を測る上で、重要なローポインター 二宮: 車椅子バスケットボールの試合を見ていると、バスケであると同時に、格闘技でもあるという印象を受けます。ものすごく激しいコンタクトがある。ヒヤッと […]

及川晋平(車いすバスケ日本代表ヘッドコーチ)第3回「ヘッドコーチは”引き出し”で勝負」

二宮: 及川さんが車椅子バスケットボールを始めた時に比べると、現在の競技レベルはどうなのでしょうか?及川: 選手たちにはいつも言っているんですが、「君たちに求めていることで、僕ができることは一切ない」と。選手の頃そんなこ […]

及川晋平(車いすバスケ日本代表ヘッドコーチ)第2回「緻密さを求めるマネジメント」

伊藤: ヘッドコーチ(HC)に就任して、2年が経ちました。チームとして意識していることはあるのでしょうか?及川: 戦略的な要素を積極的に取り入れることは、今の日本代表の一番の特徴にしていますね。例えば、今年bjリーグで優 […]

及川晋平(車いすバスケ日本代表ヘッドコーチ)第1回「リオ行きを懸けた負けられない戦い」

 1年後に迫ったリオデジャネイロパラリンピック。車椅子バスケットボール男子日本代表は、第2回大会からの11大会連続出場を目指す。今年10月には千葉で「三菱電機2015IWBFアジアオセアニアチャンピオンシップ千葉」(三菱 […]

眞田卓(車いすテニス)第4回「自分との闘いに勝ち、更なる高みへ」

二宮: テニスをやっていた下地もあるのでしょうが、眞田選手のショットはパワフルで、プレーはものすごく豪快な印象です。理想の選手像は?眞田: 私は座右の銘に「現状打破」を掲げてやっています。"昨日より、今日。今日より明日" […]

眞田卓(車いすテニス)第3回「車いすテニスとの出合い」

伊藤: 眞田選手は19歳の時に交通事故で、ケガを負われたとお聞きしました。眞田: バイクを運転中に車と正面衝突をしてしまったんです。右足の大腿の2分の1未満を切断しました。 伊藤: そこから車いすテニスとは、ど […]

眞田卓(車いすテニス)第2回「”教訓”となったインチョンアジアパラ競技大会」

伊藤: 昨年のインチョンアジアパラ競技大会では、銀メダルを獲得しました。リオデジャネイロパラリンピックへ大きな手応えを掴めたのではないでしょうか?眞田: 大会ではロンドンパラリンピックの時とは違った気持ちで、日の丸を背負 […]

眞田卓(車いすテニス)第1回「がむしゃらに突っ走ったロンドンパラリンピック」

 2012年ロンドンパラリンピックに25歳で初出場した車いすテニス日本代表の眞田卓選手。本格的にパラリンピックを目指してから、約1年で、その切符を手にした逸材である。2014年にはインチョンアジアパラ競技大会では、決勝で […]

辻口博啓(パティシエ)第4回「夢はスイーツを通じた世界平和」

伊藤: 辻口さんは2011年に日本スイーツ協会を立ち上げ、現在もスイーツ文化の発展・向上に貢献されています。辻口: 今では当たり前のようにスイーツと呼ばれていますが、実は「スイーツ」という言葉は、フランスはもちろん、アメ […]

辻口博啓(パティシエ)第3回「スイーツもアスリートも地産地消」

二宮: スポーツ界は現在、2020年東京オリンピック・パラリンピックに向け、強化を進めています。日本トップレベルの競技者用施設ナショナルトレーニングセンター(NTC)は東京都北区にある。NTCで長期間合宿を行う競技団体も […]

辻口博啓(パティシエ)第2回「食のイノベーションには”タネ”がある!?」

二宮: オリンピック、パラリンピックのたびにいろいろなジャンルでイノベーションが起きています。食の分野においても、前回の1964年の東京オリンピック・パラリンピックでは、選手村の大量の食糧を短時間で賄うために冷凍食品を開 […]

辻口博啓(パティシエ)第1回「世界を目指すことで得られる視点」

 世界的パティシエの辻口博啓氏。モンサンクレール(東京・自由が丘)をはじめ、コンセプトの異なる12ブランドを展開し、一般社団法人日本スイーツ協会代表理事を務めるなど、スイーツ文化の発展・向上に貢献してきた。また障がい者に […]

高桑早生(パラ陸上)第4回「広めたいパラスポーツの魅力」

二宮: 今後、日本は高齢化が更に進むと言われています。そんな中で、障がいのある方との親和性を活かし、パラアスリートのノウハウを活かすことができるという話もあります。たとえば義足や義手などの装具類の開発が、この先の社会に役 […]

高桑早生(パラ陸上)第3回「”相棒”とともに、再び世界の舞台へ」

伊藤: 高桑選手は現在、女子100メートルT44クラスの日本記録(13秒69)ホルダーです。昨年10月のインチョンアジアパラ競技大会では、同種目の銅メダルを獲得しましたが、主に下肢に障がいがあるT44と、主に上肢に障がい […]

高桑早生(パラ陸上)第2回「大歓声を体感したロンドンパラリンピック」

 二宮: 高桑選手は、3年前のロンドンパラリンピックで3種目(100メートル、200メートル、走り幅跳び)に出場し、100メートルと200メートルでは、いずれも7位入賞を果たしました。4年に1度の大舞台を経験し […]

高桑早生(パラ陸上)第1回「きっかけは2人のパラアスリート」

 2012年、ロンドンパラリンピックに出場した高桑早生選手。本格的に陸上競技をはじめて5年で、100メートル、200メートルの2種目で入賞を果たした。昨年の7月には100メートルで13秒69をマークし、日本記録を更新。同 […]

星野仙一(東北楽天シニアアドバイザー)第3回「ともに戦い、叱咤激励で育成・強化」

二宮: 星野さんは、小学生の頃に障がいのある同級生が近所にいて、その友達を背負って学校まで行かれたという話をお聞きしました。これにはどういう事情があったんですか?星野: 小学4年の時、同級生で時々、学校に通ってきていた子 […]

星野仙一(東北楽天シニアアドバイザー)第2回「ティーボールを通して伝えたかったこと」

二宮: 1964年東京オリンピック・パラリンピックは、高度成長期の真っただ中でした。伸び行く東京、発展する日本のシンボルとして、「成長」をアピールしました。現在、日本は超高齢社会となり、2020年東京オリンピック・パラリ […]

星野仙一(東北楽天シニアアドバイザー)第1回「障がい者スポーツから得た刺激」

 東北楽天ゴールデンイーグルスの星野仙一シニアアドバイザー(SA)は、中日ドラゴンズ、阪神タイガース、東北楽天ゴールデンイーグルスとの3つのチームで監督を務め、いずれの球団もリーグ優勝に導いた実績を持つ。監督通算1181 […]

宮本洋一(清水建設代表取締役社長)第4回「パラリンピック開催でイノベーションを」

二宮: 前回1964年の東京オリンピック・パラリンピックでは東京・代々木第一体育館などを清水建設さんがつくられて、それがレガシーとして今も残っていますよね。2回目のオリンピック・パラリンピックをどのように迎えられるのでし […]

宮本洋一(清水建設代表取締役社長)第3回「大事なのはおもてなしの心」

伊藤: 北京、ロンドン大会は、ひとつのパークの中にほぼ全ての競技場がありましたから、移動が楽でした。東京の場合は、既存の施設も使いますから、ひとつひとつの競技場ごとに一度外に出て、交通機関を利用しなくてはなりません。一見 […]

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