パラスポーツ

及川晋平(車いすバスケ日本代表ヘッドコーチ)第1回「リオ行きを懸けた負けられない戦い」

 1年後に迫ったリオデジャネイロパラリンピック。車椅子バスケットボール男子日本代表は、第2回大会からの11大会連続出場を目指す。今年10月には千葉で「三菱電機2015IWBFアジアオセアニアチャンピオンシップ千葉」(三菱 […]

眞田卓(車いすテニス)第4回「自分との闘いに勝ち、更なる高みへ」

二宮: テニスをやっていた下地もあるのでしょうが、眞田選手のショットはパワフルで、プレーはものすごく豪快な印象です。理想の選手像は?眞田: 私は座右の銘に「現状打破」を掲げてやっています。"昨日より、今日。今日より明日" […]

眞田卓(車いすテニス)第3回「車いすテニスとの出合い」

伊藤: 眞田選手は19歳の時に交通事故で、ケガを負われたとお聞きしました。眞田: バイクを運転中に車と正面衝突をしてしまったんです。右足の大腿の2分の1未満を切断しました。 伊藤: そこから車いすテニスとは、ど […]

眞田卓(車いすテニス)第2回「”教訓”となったインチョンアジアパラ競技大会」

伊藤: 昨年のインチョンアジアパラ競技大会では、銀メダルを獲得しました。リオデジャネイロパラリンピックへ大きな手応えを掴めたのではないでしょうか?眞田: 大会ではロンドンパラリンピックの時とは違った気持ちで、日の丸を背負 […]

眞田卓(車いすテニス)第1回「がむしゃらに突っ走ったロンドンパラリンピック」

 2012年ロンドンパラリンピックに25歳で初出場した車いすテニス日本代表の眞田卓選手。本格的にパラリンピックを目指してから、約1年で、その切符を手にした逸材である。2014年にはインチョンアジアパラ競技大会では、決勝で […]

第57回 「障がい者スポーツ」から「パラスポーツ」へ 〜名称変更の理由〜

「障がい者スポーツの現場から」は2010年10月にスタートしました。障がい者スポーツのいろいろな現場から、様々な視点で想いを伝えていこうと始めました。ですから、タイトルは「障がい者スポーツの現場から」。連載5年目を迎え、今回から「パラスポーツの現場から」とタイトルをリニューアルいたします。なぜ「パラスポーツ」という名称に変えたのか、その理由をお話します。

高桑早生(パラ陸上)第4回「広めたいパラスポーツの魅力」

二宮: 今後、日本は高齢化が更に進むと言われています。そんな中で、障がいのある方との親和性を活かし、パラアスリートのノウハウを活かすことができるという話もあります。たとえば義足や義手などの装具類の開発が、この先の社会に役 […]

高桑早生(パラ陸上)第3回「”相棒”とともに、再び世界の舞台へ」

伊藤: 高桑選手は現在、女子100メートルT44クラスの日本記録(13秒69)ホルダーです。昨年10月のインチョンアジアパラ競技大会では、同種目の銅メダルを獲得しましたが、主に下肢に障がいがあるT44と、主に上肢に障がい […]

高桑早生(パラ陸上)第2回「大歓声を体感したロンドンパラリンピック」

 二宮: 高桑選手は、3年前のロンドンパラリンピックで3種目(100メートル、200メートル、走り幅跳び)に出場し、100メートルと200メートルでは、いずれも7位入賞を果たしました。4年に1度の大舞台を経験し […]

高桑早生(パラ陸上)第1回「きっかけは2人のパラアスリート」

 2012年、ロンドンパラリンピックに出場した高桑早生選手。本格的に陸上競技をはじめて5年で、100メートル、200メートルの2種目で入賞を果たした。昨年の7月には100メートルで13秒69をマークし、日本記録を更新。同 […]

第56回 障がい者スポーツを“ツール”にして伝えたいこと 〜体験会を開催する本当の理由〜

 今月23日、広島市でNPO法人STAND主催のゴールボール体験会を行いました。6歳から70歳代まで幅広い年齢層の約120人に参加していただきました。2005年にSTANDを設立して以来、体験会は年に1回は、開催してきました。もっと多くの地域で開催し、多くの人に体験してもらいたいという思いはあったのですが、障がい者スポーツの体験会を開くことは手間や時間もかかるので、そんなに簡単にできることではありません。それが昨年から「挑戦者たち」をサポートしてくださっている清水建設のご協力により、年3回以上の実施が可能になりました。以前は場所も首都圏が多かったのが、全国各地へも展開し、秋には新潟、大阪でも開催を予定しています。

宮本洋一(清水建設代表取締役社長)第4回「パラリンピック開催でイノベーションを」

二宮: 前回1964年の東京オリンピック・パラリンピックでは東京・代々木第一体育館などを清水建設さんがつくられて、それがレガシーとして今も残っていますよね。2回目のオリンピック・パラリンピックをどのように迎えられるのでし […]

第55回 一方が“してもらい”、他方が“してあげる”という関係はない

 昨年から「挑戦者たち」をサポートしていただいている清水建設に、パラスポーツと深く関わっている方がいる。その話を聞いた私は、是非ともその方にお会いしたいと思い、ご紹介いただきました。その方とは名古屋支店土木部の所長を務める丸山敏男さんです。名古屋へ、インタビューに行くつもりでいた私に、電話口で丸山さんは「ぜひ現場に見に来てくださいよ!」と一言。「もっともだ」と思い、「雪のつどい」を見学するため、3月、長野県志賀高原のスキー場へ行ってきました。

宮本洋一(清水建設代表取締役社長)第3回「大事なのはおもてなしの心」

伊藤: 北京、ロンドン大会は、ひとつのパークの中にほぼ全ての競技場がありましたから、移動が楽でした。東京の場合は、既存の施設も使いますから、ひとつひとつの競技場ごとに一度外に出て、交通機関を利用しなくてはなりません。一見 […]

宮本洋一(清水建設代表取締役社長)第2回「共生社会実現のためにすべきこと」

二宮: 障がい者の方を助けるとか、救うという発想ではなく、共生していこうということですね。互いに認め合って行こうという、まさにダイバーシティ(多様性)の考え方が主流になってきています。宮本: 健常者であるがゆえに"これで […]

宮本洋一(清水建設代表取締役社長)第1回「さまざまな社会貢献のかたち」

 2014年から、障がい者スポーツを応援する当WEBサイト「挑戦者たち」のパートナーとなった清水建設株式会社。NPO法人STANDが全国3ヶ所(金沢、東京、仙台)で開催した障がい者スポーツ体験会でも、社員がボランティアと […]

第54回 変化する、パラスポーツ競技団体を取り巻く環境

 日本サッカー協会(JFA)は今年1月15日、7種目の障がい者サッカーの競技団体(日本ブラインドサッカー協会、日本脳性麻痺7人制サッカー協会、日本ろう者サッカー協会、日本知的障がい者サッカー連盟、日本電動車椅子サッカー協会、日本アンプティサッカー協会、ソーシャルフットボール協会)へのサポートについて発表しました。  4年前にスポーツ基本法が施行、昨年度から障がい者スポーツの管轄が厚生労働者から文部科学省へと移行、そして2020年東京オリンピック・パラリンピック開催の決定。このような社会の流れの中で、「誰でもサッカーを」というJFAのグラスルーツの理念と、障害者スポーツへの支援が一致し、実現したものです。

木村敬一(パラ水泳)第4回「リオで金、そして東京へ

二宮: 2度、出場したパラリンピックで金メダルの獲得はまだありません。当然、次のリオデジャネイロパラリンピックでは表彰台の一番高いところに照準を置いていると?木村: そうですね。自国開催の東京で優勝などと、悠長なことは言 […]

木村敬一(パラ水泳)第3回「無欲で掴んだ2つのメダル」

二宮: 北京パラリンピックでは5種目に出場し、3種目での入賞を果たしましたが、いずれも表彰台には届かなかった。それから4年後のロンドンパラリンピックでは、2つのメダルを手にしました。やはり4年前の経験が役に立ちましたか? […]

木村敬一(パラ水泳)第1回「手応えを掴んだアジアパラ」

 北京、ロンドンと2大会連続でパラリンピックに出場し、ロンドン大会では2つのメダルを手にした水泳日本代表の木村敬一選手。昨年、パラリンピック3大会(アテネ、北京、ロンドン)で金1個を含む計5個のメダルを獲得した鈴木孝幸選 […]

第53回 2020年東京で踏み出す「オリパラへの新たな一歩」

 2013年に2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催が決定したことを契機に、パラリンピックを取り上げるメディアも増え、パラリンピックに触れる機会が増えてきました。そのことによって、これまで低かったパラリンピックへの関心度も徐々に高まってきているように感じられます。そんな中、「オリンピックとパラリンピックをひとつにして開催しよう」という意見をよく耳にするようになりました。皆さんはどう思いますか。

橘香織&上村知佳(車いすバスケ)第3回「普及拡大は”見る””する”の実体験から」

伊藤: 競技スポーツにおいて、若手選手の発掘・育成というのは、どのチームも抱えている課題だと思います。若手が育たなければ、世代交代も進まないわけですが、その点において、日本ではどのような取り組みをされているのでしょうか? […]

橘香織&上村知佳(車いすバスケ)第2回「若手の勢いとベテランの重み」

二宮: 車椅子バスケットボール女子がパラリンピックの正式競技として初めて採用されたのは、1984年のアイリスベリー大会(英国)でした。日本は同大会から2008年北京大会まで7大会連続で出場し、アイリスベリー、2000年シ […]

橘香織&上村知佳(車いすバスケ)第1回「強豪ぞろいの大阪カップ、世界を知るチャンスに」

  2011年11月、日本の車椅子バスケットボール界は悲嘆に暮れた。たった2枚しかないロンドンパラリンピックへの切符を争ったアジアオセアニア地区予選会で、日本女子はダブルラウンドロビンで戦ったが、得失点率で敗退。パラリン […]

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