28日、第83回選抜高校野球大会の出場32校が決定した。昨秋に行なわれた秋季大会に基づき、各地区から29校が選出。中国地区では創志学園(岡山)が創部1年目で史上最短での出場を決めた。また、21世紀枠には候補9校から大館鳳鳴(秋田)、佐渡(新潟)、城南(徳島)の3校が選出された。いずれも春夏通じて初出場となる。佐渡は離島のハンデを克服し、昨秋の県大会で準優勝。北信越大会に初出場を果たした。大館鳳鳴と城南はともに県内屈指の進学校。大館鳳鳴は昨秋の県大会で準優勝。ボランティア活動にも積極的に参加している。旧制徳島中が前身の城南は、創部113年と県内では最古の歴史をもつ。文武両道を重んじ、昨秋の県大会で初優勝。四国大会に出場したことが評価された。
昨秋のドラフトで、野手ではNo.1という呼び声高かったのが、伊志嶺翔大だ。昨年の全日本大学選手権では打率6割で首位打者となり、チームの準優勝に大きく貢献した。さらに昨夏の世界大学野球選手権では全6試合に出場し、打率4割5分8厘、9打点をマーク。日本選手では唯一の大会オールスターにも輝いた。こうした実績もさることながら伊志嶺の魅力は、その人間性にもある。高校、大学、そして全日本の主将に選ばれるなど、周囲からの信頼は厚い。そんな彼が初めてプロへの憧れを抱いたのは小学1年の時、イチロー(当時オリックス)を見た時だった。それから16年。夢への第一歩を踏み出した伊志嶺に現在の心境を訊いた。
四国・九州アイランドリーグは、2月1日より名称を「四国アイランドリーグplus」に変更すると発表した。アイランドリーグでは昨季限りで長崎セインツが撤退し、参戦する九州のチームがなくなったことに加え、今季から三重スリーアローズがジャパン・フューチャーベースボールリーグから加盟し、リーグの新たな名称を検討していた。
「(東北楽天・田中将大投手から)ホームランを打ちます!」。昨年12月の埼玉西武の新人入団選手発表会見で、集まった大勢のファンや報道陣が最も沸いたのが、林崎遼のホームラン宣言だった。林崎は、東洋大姫路高3年夏、甲子園で田中からホームランを放っている。それだけに4年間、プロの第一線で活躍する同級生と再び対戦する日が待ち遠しいようだ。
缶コーヒーブランド「ジョージア」は、2010シーズンよりプロ野球12球団と提携、さらにNPBパートナー契約を締結し、“チームの勝利のために貢献した素晴らしいプレー”に贈られる「ジョージア魂」賞を創設しています。「ジョージア ベースボールパーク」のサイトでは、二宮清純の書き下ろしコラム「野球探偵007」のコーナーをオフシーズンも月2回更新中。過去の受賞プレーはもちろん、惜しくも受賞を逃したノミネートプレーの中から二宮があらためて取り上げたいものを題材にコラムを執筆しています。
PL学園の河野有道監督は今江を一目見て、「これは将来、プロに行ける素材だ」と確信した。 「体はできていたし、バッティングも飛距離、スイングスピードすべてにおいて素晴らしかった。 当時、同学年に今、西武で活躍している中村剛也(大阪桐蔭)がいた。今江が剛なら中村は柔というイメージでした。 あえて難点をあげるとすれば、いかり肩で、やや力が入りすぎるところがあったんです。でも細かい部分は上(プロ)で直してもらえればいいと思って、余計なアドバイスはしませんでした」
東洋大学硬式野球部。所属する東都大学リーグでは無類の強さを誇り、多くのプロ野球選手を輩出してきた名門校だ。近年では2006年・永井怜(東北楽天)、07年・大場翔太(福岡ソフトバンク)など、エースがドラフトで上位指名され、“投手の宝庫”としても注目されている。そして今年もまた、同大から優秀なピッチャーがプロの世界へと羽ばたいた。乾真大。最速146キロのストレートと大学で磨きをかけたスライダーを武器とするサウスポーだ。高校、大学とエースとして活躍してきた乾だが、大学入学直後には大きな壁にぶつかった。果たしてその壁とは何だったのか。
24日、BCリーグ新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ(BC)は元ヤクルトの高津臣吾投手の入団を発表した。27日には新潟市内で入団記者会見が行なわれる。高津はヤクルト時代、歴代最多の通算286セーブをマーク。その記録は未だに破られてはいない。
幼少時代、加藤貴大の一番のライバルは2歳年上の兄・幹典(東京ヤクルト)だった。しかし、いつの間にか兄との距離は遠くなっていった。名門・慶応大学に進学した兄は六大学の聖地・神宮球場で活躍。大学No.1サウスポーとして2007年の大学・社会人ドラフトで1位指名され、プロ入りを果たした。一方、加藤は高校から挫折の連続だった。大学卒業時には野球を諦めようとさえ考えたこともある。しかし、「こんなもんじゃない」と自分の力を信じ、独立リーグで一念発起。わずか1年目にして夢をつかみとった。ようやく兄と同じ舞台に到達した加藤。ライバルとして、憧れの存在として追い続けてきた兄への思い、そして今後への意気込みを訊いた。
ロッテの新チームリーダーは彼しかいない。 今江敏晃、27歳。今年で節目のプロ10年目を迎える。昨季、史上最大の下剋上を達成したチームはキャプテンの西岡剛がメジャーリーグに移籍し、抑えの小林宏之もFA宣言した。2年連続の日本一を達成するには、西村徳文監督が掲げる「和」の力が何より必要だ。ここ数年伸び悩んでいた個人成績も2010年は自己最高の打率(.331)をマークし、壁を破った。名実ともにロッテの顔になることが期待される2011シーズンに向け、二宮清純が取材を試みた。
“サブマリン”の代表格といえば、古くは元阪急・山田久志、そして現役では千葉ロッテ・渡辺俊介だ。しかし、同じアンダースローでもこの2人はタイプがまるで違う。速球を主体とした山田に対し、渡辺は緩急をつかった技巧派だ。その両者それぞれの良さを併せ持ったサブマリンピッチャーが今季、埼玉西武に入団した。牧田和久、26歳だ。アンダースローに強いこだわりと誇りをもつ牧田が追い求めてきたものとは――。
プロ野球の歴史に新たな大学が加わった。「城西国際大学」。1992年に創立・創部したばかりの同大野球部エース黒沢翔太がプロ1号として千葉ロッテから育成1位指名を受けたのだ。中学、高校と内野手を兼任していたという黒沢。甲子園も未経験の彼が大学では主戦として活躍し、最後にはプロへの扉をこじ開けた。後輩たちをも勇気づける一歩を踏み出した黒沢にプロへの意気込みを訊いた。
缶コーヒーブランド「ジョージア」は、2010シーズンよりプロ野球12球団と提携、さらにNPBパートナー契約を締結し、“チームの勝利のために貢献した素晴らしいプレー”に贈られる「ジョージア魂」賞を創設しています。「ジョージア ベースボールパーク」のサイトでは、二宮清純の書き下ろしコラム「野球探偵007」のコーナーをオフシーズンも月2回更新中。過去の受賞プレーはもちろん、惜しくも受賞を逃したノミネートプレーの中から二宮があらためて取り上げたいものを題材にコラムを執筆しています。
2010シーズン限りで現役を引退した元阪神の矢野燿大。彼は東北福祉大から1991年、ドラフト2位で中日に入団するも、97年オフには阪神へトレードされる。その時の悔しさをバネに阪神では正捕手の座を獲得した。フロントもチーム改革に動き、その甲斐あって、2002年までBクラスに沈んでいた阪神は、03年、05年にリーグ優勝を果たした。今やAクラスの常連となった阪神だが、果たしてどのようにしてチームの再建は行なわれたのか。当サイト編集長・二宮清純がその真相に迫った。
缶コーヒーブランド「ジョージア」は、今シーズンよりプロ野球12球団と提携、さらにNPBパートナー契約を締結し、“チームの勝利のために貢献した素晴らしいプレー”に贈られる「ジョージア魂」賞を創設しています。「ジョージア ベースボールパーク」のサイトでは、二宮清純の書き下ろしコラム「野球探偵007」のコーナーをオフシーズンも月2回更新中。過去の受賞プレーはもちろん、惜しくも受賞を逃したノミネートプレーの中から二宮があらためて取り上げたいものを題材にコラムを執筆しています。
アトランタ・ブレーブスからフリーエージェントになっていた斎藤隆がミルウォーキー・ブルワーズへの移籍に合意した。1年契約で年俸は米メディアによると出来高払いも含め、今季と同等の320万ドル(約2億6000万円)に近い条件という。斎藤隆は今季がメジャーリーグ5年目。41歳となる来季はメジャー4球団目となる新天地でプレーすることになる。
荒木郁也にとって、プロ志望届けを提出したのは、まさに退路を断っての一大決心だった。善波達也監督からは社会人入りを強くすすめられた。しかし、プロへの気持ちは揺らぐことはなく、時間をかけて説得したという。そして、企業チームからの誘いも丁重に断りをいれた。指名されなかった時の保険はかけたくなかったのだ。そんな一本気な荒木の野球観、そして今の彼をつくりあげた過去に迫った。
野球少年なら誰もが憧れるプロ野球選手。しかし、少年期の北野洸貴にとってプロは遠い存在。彼はただ大好きな野球を楽しいから続けてきただけのことだった。そんな彼が、プロを意識するようになったのは、大学3年時に日本代表候補に選ばれたことがきっかけだった。全国から優秀な選手たちが集う代表合宿に参加し、そこでさまざまな刺激を受けたことで、それまでになかった気持ちが沸々とわいてきたのだ。しかし、自らの性格を「(よくも悪くも)気にしないタイプ」と語る北野だが、そんな彼にも野球を辞めたくなるほどの挫折があった。果たして、彼に何が起きたのか。そして、彼を支えたものとは――。
「齊藤勝」――6年前の夏、2年生エースながら2試合連続で完封勝ちを収め、チームをベスト8に導いたのが彼だ。修徳高校の先輩である高橋尚成(エンゼルス)の再来と言われ、高校野球ファンに強い印象を与えた。順風満帆だと思われた野球人生だったが、その後はケガに泣かされ、満足のいくピッチングはできなかった。そして社会人でも泣かず飛ばずのシーズンを送り続けた。そんな彼が入社5年目にして、ようやく主戦として活躍した今シーズン、プロのスカウトの目にとまった。ピッチングスタイルも自身の性格も5年前とはまるで違うという齊藤。これまでで一番強かったという今シーズンにかける思いを訊いた。
2年前までは、控え捕手にすぎなかった男が今、プロへの切符をつかんだ。オリックス3位・宮崎祐樹だ。亜細亜大学時代はケガに泣かされ、ほとんど試合に出場することのなかった宮崎だが、セガサミー入社後は外野手に転向。思いっきりのいいスイングが自慢のバッティングで花を咲かせた。果たして社会人時代につかんだものとは何なのか。セガサミーでの2年間に迫った。
ポスティングによるメジャーリーグ移籍を目指していた千葉ロッテ・西岡剛との独占交渉権を得たミネソタ・ツインズは現地時間17日、西岡と正式契約を結んだことを発表した。年俸総額900万ドル(約7億5000万円)の3年契約で、4年目は球団に選択権がある。背番号は「1」に決まった。
「巨人の沢村栄治」といえば、指導者、選手、ファン……野球を愛する者なら、この名を知らぬ者など一人もいないであろう。威力ある直球と懸河のドロップカーブを武器にノーヒットノーランを2度達成するなど、プロ野球の歴史に残る大投手だ。彼が没して66年。今、再び「巨人の沢村」が誕生した。大学球界最速の157キロを誇る剛腕・沢村拓一だ。ドラフト前、ほとんどの選手が「12球団OK」という中、彼が巨人入りを熱望していることは周知の事実であった。その思いが通じ、ドラフトでは巨人に単独指名を受ける。球団から用意された背番号は「15」。「14」(永久欠番)だった沢村栄治を超えて欲しい、という球団からの願いが込められている。しかし、高校時代は3番手投手だった沢村。ほぼ無名に近かった彼が、なぜここまで成長できたのか。その真相に迫った。
缶コーヒーブランド「ジョージア」は、今シーズンよりプロ野球12球団と提携、さらにNPBパートナー契約を締結し、“チームの勝利のために貢献した素晴らしいプレー”に贈られる「ジョージア魂」賞を創設しています。「ジョージア ベースボールパーク」のサイトでは、二宮清純の書き下ろしコラム「野球探偵007」のコーナーをオフシーズンも月2回更新中。過去の受賞プレーはもちろん、惜しくも受賞を逃したノミネートプレーの中から二宮があらためて取り上げたいものを題材にコラムを執筆しています。
ロサンゼルス・エンゼルスからフリーエージェントになっていた松井秀喜が、オークランド・アスレチックスに移籍することが確実になった。日米のメディアが報じており、現地時間14日にも入団発表が行われる。契約は1年で年俸は約500万ドル(4億2000万円)とみられている。アスレチックスは今季、松井が所属していたエンゼルスと同じア・リーグ西地区。日本人選手では今年の終盤に岩村明憲(現東北楽天)がプレーしていた。また、今オフはポスティングシステムでメジャーリーグ挑戦を希望していた岩隈久志(東北楽天)の独占交渉権を落札したものの交渉がまとまらず、獲得を断念している。
では、“21世紀の魔球”とも呼べるレアボールはいかにして生まれたのか。 岸によれば縫い目に沿って中指と親指をかけ、その間からボールを抜く。その際、人指し指は使わない。手首をひねったり、こねたりもしない。 「誰かに教わったわけじゃないんです。小学生の頃、遊びで投げているうちに覚えた。最初はポワーンとした軌道でした。少年野球では審判から“カーブはダメだ”ってよく注意されましたけど(笑)」