金子達仁
出版社でアルバイトをするようになった30年前、執筆して下さっている方の自宅なり会社なりに出向き、原稿を受け取るのは新米バイトの重要な仕事だった。自宅にファクスがある方はまだ少数派で、原稿のほとんどは手書きだった時代であ […]
日本か韓国か。02年のW杯開催地を巡る騒動が最終段階に入っていた時だから、21年前のことになる。 FIFA本部のあるチューリヒには、世界中の記者が大挙して押しかけていた。当時バルセロナに住んでいたわたしも、その一人だっ […]
最後にお会いしたのは3年前だった。当時携わっていたFC琉球絡みのことで相談に乗っていただいたのだが、出前のウナギをご馳走になりながら聞いた一言が忘れられない。 「発足時に効果的だったやり方が、いまでも効果的と […]
W杯の本大会出場枠が増える。アジアの枠も増える。ということは、今までよりも本大会出場は簡単になる――と考えたに違いない。80年代から90年代の中東勢は。 20世紀終盤、アジアのサッカーのリーダーは間違いなく […]
いい決勝戦だった。もちろん、天皇杯のことである。 鹿島のしたたかさ、勝負強さは感嘆に値する。12月のチームを牽引した金崎の姿はベンチにすらなく、クラブW杯で世界的注目を集めることになった柴崎も、好調時に比べ […]
長野県諏訪市に住むわたしのいとこは、熱狂的な松本山雅のファンである。社会人になるまで、それほどサッカーに関心がなかったはずなのに、なぜアウェーゲームを追いかけるまでにハマってしまったのか。 「やっぱり、レッズ […]
ナシオナル・モンテビデオ対ノッティンガム・フォレスト。ビクトリーノ対フランシス。ロドリゲス対シルトン。世界最高峰のストライカー対決と、同じく最高峰の守護神対決。第1回のトヨタカップは、高校生だったわたしにとって夢の大会 […]
チュニジアのとあるカフェで水タバコをふかしていた時のこと。何の拍子か、お店のお客さんたちと「史上最高の試合は何か」という話になった。 「やっぱり82年のイタリア対ブラジルだろう」 「いや […]
ご多分に漏れず、きっかけは「あまちゃん」だった。あれから3年がたつが、毎朝8時になるとNHKにチャンネルを合わせる習慣はいまも続いている。 「ファースト・ペンギン」という印象的な言葉と出会ったのは、昨年のいま […]
長年お世話になっている大阪・毎日放送のラジオ番組に呼ばれた時のこと。オンエアが終わると、番組アシスタントを務めるフリーアナウンサーの市川いずみさんに聞かれた。 「小池龍太って選手、ご存じですか?」 […]
ビッグクラブとは何か。結果を残すのは当然として、その上で内容まで問われる存在――というのがわたしの考える定義の一部である。 残念ながら現在のところ、この定義に当てはまるJのクラブは存在しない。可能性を感じさ […]
実は、暗澹たる気持ちになりかけたJリーグ関係者も多かったのではないか。先週末、エコパで決まった浦和レッズのセカンドステージ優勝についてである。 10月31日付のコラム「十字路」には「これほど味気ない優勝セレ […]
アリーゴ・サッキと言えば、靴のセールスマンからイタリア代表の指揮官にまでのし上がった伝説的な人物である。監督就任にあたり、サッカー経験の乏しさを指摘するメディアに対し、「騎手になるからといって、馬に生まれる必要はない」 […]
チームの内情は知らない。ただ、記者との関係に関しては、末期的な状況に陥りつつあるのかもしれない。すべての発言は疑いの目をもって見られ、いとも簡単に反発を招く。ハリルホジッチ監督のことである。 「ハリル迷言」― […]
GKには監督のサッカー観が表れる、と思っている。 先月末、バルセロナのGKテア・シュテーゲンが重大なフィードミスを犯し、チームは手痛い1敗を喫した。当然、メディアやファンはドイツ人GKを激しく非難し、その矛 […]
日本のサッカー界に「海外組」という言葉が定着して久しい。ただ、ハリルホジッチ監督ほど、はっきりとJリーグのレベルにダメだしをした監督はいなかった。Jのレギュラーより、得点王より、海外の補欠。 ふむ、「代わり […]
男子三日会わざれば、というが、確かに、自信とは顔つきや雰囲気を大きく変えるものであるらしい。マンチェスターUに入団した際とレアル・マドリードでのいま。クリスティアーノ・ロナウドの放つオーラは、ほとんど別物といっていい。 […]
リバプール、エバートン、マンチェスターU、アーセナル、トットナム――。いわゆる“ビッグ5”のオーナーたちが、新リーグの設立に向けて密談を重ねていたころ、マンチェスターCは2部リーグの下位でもがいていた。 と […]
聞かれるたびに、ちょっぴり複雑で、懐かしくて、嬉しくもなってしまう。 「パラリンピックを楽しむにはどうしたらいいのですか?」 思うに、これは日本ならではの質問ではないか。本来、スポーツはゲーム。五 […]
初めて仕事で東南アジアを訪れたのは、92年バルセロナ五輪予選が開催されたマレーシアだった。 現在から振り返れば、「日本サッカーの夜明け前」とも言うべき時期だったが、もちろん、当時はそんなことがわかるはずもな […]
出会って間もなかったころの中田英寿さんに聞いたことがある。 「自分のことを、世界で何番目の選手だと思ってる?」 まだ多くの日本人にとってW杯が目標ではなく憧れでしかなかった時代である。だから、返っ […]
本当の自信家は「自分は凄い」などとは言わないものだ、と信じている。なので、昨今“日本礼賛バラエティー”とも言うべき番組が人気を博しているのは、根っこの部分で自信を持てない日本人が多いことの表れか、などと思っていた。&n […]
これがトシというものなのか。はたまた、単なる寝不足の影響か。昼夜逆転で五輪にかぶりつきながら、壊滅的なまでに抵抗力をなくしてしまった自分の涙腺に驚かされている。 水泳。感動した。柔道。感動した。重量挙げ。三 […]
コーポレーション・アイデンティティー(CI)という単語を初めて目にしたのは、確か、学生時代に読んだ自動車雑誌だったと思う。 これからのメーカーは、一目見ただけでどこの会社が作ったものかがわかるようなデザイン […]
かつて、五輪のサッカーは“鉄のカーテン”の向こう側の国によるコンペティションでしかなかった。実質的にサッカーだけで生計を立てていても、“ステート・アマ”なる珍妙な肩書の選手たちは、プロとは見なされなかった。これでは、た […]