パラ競技

宮本洋一(清水建設代表取締役社長)第4回「パラリンピック開催でイノベーションを」

二宮: 前回1964年の東京オリンピック・パラリンピックでは東京・代々木第一体育館などを清水建設さんがつくられて、それがレガシーとして今も残っていますよね。2回目のオリンピック・パラリンピックをどのように迎えられるのでし […]

第55回 一方が“してもらい”、他方が“してあげる”という関係はない

 昨年から「挑戦者たち」をサポートしていただいている清水建設に、パラスポーツと深く関わっている方がいる。その話を聞いた私は、是非ともその方にお会いしたいと思い、ご紹介いただきました。その方とは名古屋支店土木部の所長を務める丸山敏男さんです。名古屋へ、インタビューに行くつもりでいた私に、電話口で丸山さんは「ぜひ現場に見に来てくださいよ!」と一言。「もっともだ」と思い、「雪のつどい」を見学するため、3月、長野県志賀高原のスキー場へ行ってきました。

宮本洋一(清水建設代表取締役社長)第3回「大事なのはおもてなしの心」

伊藤: 北京、ロンドン大会は、ひとつのパークの中にほぼ全ての競技場がありましたから、移動が楽でした。東京の場合は、既存の施設も使いますから、ひとつひとつの競技場ごとに一度外に出て、交通機関を利用しなくてはなりません。一見 […]

宮本洋一(清水建設代表取締役社長)第2回「共生社会実現のためにすべきこと」

二宮: 障がい者の方を助けるとか、救うという発想ではなく、共生していこうということですね。互いに認め合って行こうという、まさにダイバーシティ(多様性)の考え方が主流になってきています。宮本: 健常者であるがゆえに"これで […]

宮本洋一(清水建設代表取締役社長)第1回「さまざまな社会貢献のかたち」

 2014年から、障がい者スポーツを応援する当WEBサイト「挑戦者たち」のパートナーとなった清水建設株式会社。NPO法人STANDが全国3ヶ所(金沢、東京、仙台)で開催した障がい者スポーツ体験会でも、社員がボランティアと […]

第54回 変化する、パラスポーツ競技団体を取り巻く環境

 日本サッカー協会(JFA)は今年1月15日、7種目の障がい者サッカーの競技団体(日本ブラインドサッカー協会、日本脳性麻痺7人制サッカー協会、日本ろう者サッカー協会、日本知的障がい者サッカー連盟、日本電動車椅子サッカー協会、日本アンプティサッカー協会、ソーシャルフットボール協会)へのサポートについて発表しました。  4年前にスポーツ基本法が施行、昨年度から障がい者スポーツの管轄が厚生労働者から文部科学省へと移行、そして2020年東京オリンピック・パラリンピック開催の決定。このような社会の流れの中で、「誰でもサッカーを」というJFAのグラスルーツの理念と、障害者スポーツへの支援が一致し、実現したものです。

森会長が1週間前に肺がん手術 続投には意欲 〜東京五輪・パラリンピック〜

 30日、2020年東京五輪・パラリンピック競技大会組織委員会は都内で理事会を開き、2015年度の事業計画及び収支予算などについて話し合った。新たに設置を決めた文化・教育委員会の委員長には東京芸術大学の宮田亮平学長が務めると報告。組織委員会の森喜朗会長が23日に肺がんの除去手術を行ったことを明かした。理事会には杖をつきながら出席し、冒頭のあいさつで事情を説明した。森会長は02年にも前立腺がんの手術を受けているが、会長職に続投の意向を示した。

木村敬一(パラ水泳)第4回「リオで金、そして東京へ

二宮: 2度、出場したパラリンピックで金メダルの獲得はまだありません。当然、次のリオデジャネイロパラリンピックでは表彰台の一番高いところに照準を置いていると?木村: そうですね。自国開催の東京で優勝などと、悠長なことは言 […]

木村敬一(パラ水泳)第3回「無欲で掴んだ2つのメダル」

二宮: 北京パラリンピックでは5種目に出場し、3種目での入賞を果たしましたが、いずれも表彰台には届かなかった。それから4年後のロンドンパラリンピックでは、2つのメダルを手にしました。やはり4年前の経験が役に立ちましたか? […]

木村敬一(パラ水泳)第2回「大声援を身体で感じた北京パラリンピック」

二宮: 木村選手は、先天性の疾患で、2歳の時に全盲になったとお聞きしました。木村: そうです。実際、その頃の記憶をはっきりと覚えていないので、ほとんど生まれつき見えていないのようなものですね。 二宮: 途中から […]

木村敬一(パラ水泳)第1回「手応えを掴んだアジアパラ」

 北京、ロンドンと2大会連続でパラリンピックに出場し、ロンドン大会では2つのメダルを手にした水泳日本代表の木村敬一選手。昨年、パラリンピック3大会(アテネ、北京、ロンドン)で金1個を含む計5個のメダルを獲得した鈴木孝幸選 […]

第53回 2020年東京で踏み出す「オリパラへの新たな一歩」

 2013年に2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催が決定したことを契機に、パラリンピックを取り上げるメディアも増え、パラリンピックに触れる機会が増えてきました。そのことによって、これまで低かったパラリンピックへの関心度も徐々に高まってきているように感じられます。そんな中、「オリンピックとパラリンピックをひとつにして開催しよう」という意見をよく耳にするようになりました。皆さんはどう思いますか。

橘香織&上村知佳(車いすバスケ)第3回「普及拡大は”見る””する”の実体験から」

伊藤: 競技スポーツにおいて、若手選手の発掘・育成というのは、どのチームも抱えている課題だと思います。若手が育たなければ、世代交代も進まないわけですが、その点において、日本ではどのような取り組みをされているのでしょうか? […]

橘香織&上村知佳(車いすバスケ)第2回「若手の勢いとベテランの重み」

二宮: 車椅子バスケットボール女子がパラリンピックの正式競技として初めて採用されたのは、1984年のアイリスベリー大会(英国)でした。日本は同大会から2008年北京大会まで7大会連続で出場し、アイリスベリー、2000年シ […]

橘香織&上村知佳(車いすバスケ)第1回「強豪ぞろいの大阪カップ、世界を知るチャンスに」

  2011年11月、日本の車椅子バスケットボール界は悲嘆に暮れた。たった2枚しかないロンドンパラリンピックへの切符を争ったアジアオセアニア地区予選会で、日本女子はダブルラウンドロビンで戦ったが、得失点率で敗退。パラリン […]

IOC、「大きな前進」と進捗状況を高評価 〜東京五輪・パラリンピック〜

 2020年東京五輪・パラリンピック大会競技組織委員会と国際オリンピック委員会(IOC)の調整委員会は、大会準備に向けた事務折衝となる「第3回プロジェクトレビュー」を2日間行った。最終日となった5日、都庁で合同会見を開いた。IOC副会長を務めるジョン・コーツ調整員会委員長は、「前回11月に参りました時以来、大きな前進を遂げられている。好位置につけていると思います」と、進捗状況を高く評価した。昨年12月にIOCが総会で「五輪アジェンダ2020」を採択してから初の事務折衝。組織委の森喜朗会長は「『五輪アジェンダ2020』を我々としては全面的に支持している。IOCとともにオリンピック改革を進め、東京2020をアジェンダ2020の実現の場にしたい」と語った。森会長は会場計画や種目追加に関して言及。馬術会場は仮設施設の建設を取りやめ、既存施設の活用を変更することを明かした。追加種目については、設置を決めた種目追加検討会議の第1回を9日に行うことを発表した。

川淵三郎(東京五輪・パラリンピック組織委員会評議員)第4回 ”おらが国の”オリンピック・パラリンピックへ

川淵: 前回の1964年の東京オリンピック・パラリンピックは、「東京」という一都市にすべて集約され、日本のシンボルとして世界に発信されました。しかし、2020年の東京オリンピック・パラリンピックは、東京のみならず、今度は […]

第52回 2015年春、「STANDボランティアアカデミー」スタート!

 いよいよ「STANDボランティアアカデミー」がスタートします。まず2月25日を皮切りに、3月4日、同11日の3日間にわけて、全5回のトライアルプログラムを開催いたします。これはボランティアスタッフを養成するということに限ったものではありません。20年東京オリンピック・パラリンピックを見据え、ともに考え、行動し、「盛り上げていこう」「支えていこう」という“スピリット”を広めていくことを理念としたアカデミーです。

川淵三郎(東京五輪・パラリンピック組織委員会評議員)第3回「”おもてなし”から生まれるレガシー」

二宮: 前回、東京オリンピック・パラリンピックが開催された1964年当時は、日本では障がい者が仕事に就いたり家庭を持ったりするということは、非常に困難な時代でした。その頃と比べると、日本の社会もだいぶ進歩してきたように思 […]

組織委、大会開催基本計画案を承認 〜東京五輪・パラリンピック〜

 2020年東京五輪・パラリンピック競技大会組織員会が都内で理事会を開き、大会開催基本計画案が承認された。理事会では、これまで理事を務めていた丹羽秀樹文部科学副大臣を副会長に選定。街づくり・持続可能性委員会、文化・教育委員会、経済・テクノロジー委員会と新たな3つの専門委員会の設置を決めた。大会開催基本計画は、2月上旬の国際オリンピック連盟(IOC)との事務折衝「第3回プロジェクトレビュー」で調整した後、IOCに提出する。

川淵三郎(東京五輪・パラリンピック組織委員会評議員)第2回「2020年をきっかけに真の”共生社会”へ」

二宮: 川淵さんが障がい者スポーツを初めて見たのはいつ頃ですか?川淵: 1960年、まだ私が早稲田大学の学生だった頃、日本代表の一員として、合宿でドイツ・デュイスブルクのスポーツ・シューレ(スポーツの研修施設)を訪れた時 […]

追加種目検討会議を設置 〜東京五輪・パラリンピック〜

 14日、2020年東京五輪・パラリンピック競技大会組織委員会が都内で2015年最初の調整会議を開き、大会開催基本計画等について話し合った。組織委は国際オリンピック委員会(IOC)が開催都市に種目追加を提案する権利を認めたことを受け、追加種目の選定を行う検討会議の設置を決めた。メンバーは日本経済団体連合会の御手洗冨士夫名誉会長が座長を務め、日本オリンピック委員会(JOC)の青木剛副会長兼専務理事、東京都の秋山俊行副知事、遠山敦子元文部科学相、日本レスリング協会の福田富昭会長ら7人。オブザーバーとして組織委の室伏広治スポーツディレクター、JOCの高橋尚子理事、文部科学省の久保公人スポーツ・青少年局長の3人が選ばれた。今後は大会開催基本計画の概要を19日のアスリート委員会とメディア委員会、23日の理事会を経て承認される見通し。IOCとの大会準備に向けた事務折衝の第3回プレジェクトレビューは2月4日から開催される。

川淵三郎(東京五輪・パラリンピック組織委員会評議員)第1回「サッカーはボールひとつで壁を越えられる」

 公益財団法人日本サッカー協会(JFA)最高顧問の川淵三郎キャプテンが、初めて障がい者スポーツを目にしたのは、1960年のことだ。サッカー日本代表として訪れたドイツの地で、車椅子に乗った人たちがボールを使って楽しんでいた […]

村尾信尚(キャスター)第4回「”違い”を受け入れる多様性社会へ」

二宮: アジア初開催となった1964年の東京オリンピック・パラリンピックには、本当にたくさんの外国人が日本を訪れました。日本にとっては初めての経験でしたから、とまどいもあったと思います。しかし、それをきっかけにして、東京 […]

第51回 2020東京パラリンピックのレガシーとは?

 10月、東海道新幹線50周年の行事が様々なところで催されました。その際、必ずと言っていいほど、1964年の東京オリンピックの話題や写真が見られました。2014年は、64年に開催された東京オリンピック・パラリンピックから、ちょうど50年というメモリアルイヤーでもあったからです。

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