第31回 「できない」と思ったことが「できた」ときに得られるもの 〜キッズチャレンジプロジェクト〜

 3月31日、私たちNPO法人STANDが主催する「キッズチャレンジプロジェクト」では、障害者スキー体験会を行ないました。参加したのは小学2〜5年の8人。その中には身体に障害をもち、ふだん車椅子を使用している子どもたち4人がおり、チェアスキーにチャレンジしたのです。私はそこでまた、スポーツの力を感じることできました。

第30回 誰が決める!? 「できること」と「できないこと」

 もうすぐ入学式の季節ですね。特に小学1年生になる子どもたちは、「学校ってどんなところだろう」「お友達ができるかな」と、ドキドキ、ワクワクしていることでしょう。子どもは好奇心が旺盛です。その対象や度合いは違っても、好奇心のない子どもは皆無と言っても過言ではないでしょう。もちろん、それは障害の有無はまったく関係ありません。そのことを改めて教えてくれたのが、坂口竜太郎くん。以前、このコラムにも登場しましたが、車いすテニスのスーパースター国枝慎吾選手が大好きな9歳の男の子です。今回は彼の新しいチャレンジの話をしたいと思います。

第29回  新たな「デュアルキャリア」モデル

 NPO法人STANDが配信している「モバチュウ」では、2010年から毎年11月に行なわれている全日本視覚障害者柔道選手権大会を生中継しています。初めて中継をした10年、私はある選手と出会いました。その選手は、会場のあちこちでひと際大きな声を出しており、会場に入った時から、私は気になって気になって仕方ありませんでした。タイミングよく、さまざまな選手を鼓舞する姿から発せられるエネルギーが、会場全体を活気づけているように感じられたのです。それは、まるで火山から噴き出るマグマのように、燃えたぎっていたのです。それが、今回紹介する初瀬勇輔さん。北京パラリンピック視覚障害者柔道90キロ代表選手です。

第28回 すべての子どもたちに夢を! 〜キッズ・チャレンジ・プロジェクト〜

 2020年東京五輪・パラリンピックの招致活動も、いよいよ佳境を迎えていますね。今年9月にはアルゼンチン・ブエノスアイレスで行なわれるIOC(国際オリンピック委員会)総会で開催都市が決定します。それに向けて、招致委員会や東京都を中心に、活動が活発化してきており、支持率も上がってきていると言われています。

第27回 企業の意識をかえた車いすテニスプレーヤー

 厚生労働省および文部科学省による2012年度の大学等卒業予定者の就職内定率は、10月1日現在、63.1%となっています。前年度の59.9%から3ポイント改善したとはいえ、厳しい状況であることには変わりありません。生活保護の受給者も増加の一途を辿っていると言われており、雇用の安定が急務とされています。そんな中、来年4月1日からは障害者の法定雇用率が引き上げられます。これまで「従業員56人以上の事業主は全体の1.8%以上の障害者を雇用する」義務がありました。これが「50人以上の事業主は全体の2.0%以上の障害者を雇用する」とかわるのです。そこで今回は、障害者アスリートの雇用について、具体的なエピソードを交えながら述べてまいります。

第26回 障がい者雇用にも及ぶロンドンパラリンピックの影響

 大盛況に終わったロンドンパラリンピックから、もうすぐ3カ月が経とうとしています。これまで日本ではパラリンピックについての報道が少なかったこともあり、一般の人たちがパラリンピックを見る、知る機会は限られたものでした。しかし、近年になって少しずつパラリンピックの認知が進んできています。ロンドンではNHKだけでなくスカパーでも毎日放映され、日本人選手たちの活躍を目にする機会が増えました。私自身、スポーツや福祉に全く関係のない人たちからもパラリンピックの話題がのぼって驚いたことは1度や2度ではありませんでした。そして3カ月経った今、改めて日本におけるパラリンピックへの注目が集まってきている こと を実感しているのです。

第25回 すべての人が好きなスポーツを継続してできる社会へ

 今夏、ロンドンオリンピック・パラリンピックが開催されました。だいぶ時間が経ちましたが、読者の皆さんは、どんな場面を覚えているでしょうか。では、そのたくさんの感動シーンの中に、どれほどパラリンピックのシーンがあるでしょうか。「あれ?そういえばあんまりないなあ」と思う方はたくさんいることでしょう。そうなんです。パラリンピックは、その情報がまだまだ多くの人に届く機会が少ないのです。

第24回 ニッポンよ、今こそ行動すべし! 〜ロンドンパラリンピックからの学び〜

 9日、12日間に渡って熱戦が繰り広げられたロンドンパラリンピックの幕が閉じました。今回、日本は金5、銀5、銅6の計16個のメダルを獲得。「北京以上」という目標は達成することはできませんでしたが、大健闘と言ってもいいのではないでしょうか。パラリンピック全体を見ても、史上最多のチケット販売数を記録するなど、これまで以上の盛り上がりを見せました。成熟社会におけるスポーツの存在というものを見せてもらったような気がしています。

第23回 ロンドン開幕とともに始まるリオへのカウントダウン 〜ハンドサイクル・永野明〜

 12日、17日間の熱戦が繰り広げられたロンドン五輪が幕を閉じました。日本は史上最多となる38個のメダルを獲得したこともあり、2週間経った今もまだその熱気が残っています。改めてスポーツの力を見たような気がしました。しかし、ひとつ残念なことがあります。20日に行なわれたメダリストたちのパレードです。なぜ、これから開幕するパラリンピックを前に行なわれてしまったのでしょうか。「国民の熱が冷めないうちに」、また「2020東京オリンピック・パラリンピック招致を意識した、東京開催への国民の支持率アップのための仕掛け」等々、さまざまな理由があったことでしょう。確かに理解はできるのですが、やはりパラリンピックのメダリストも含めたパレードを見たかったという気持ちは否めません。その一方で五輪閉幕後、メディアがパラリンピック選手を取り上げる回数が増え、北京大会以前にはなかった盛り上がりを感じてもいます。選手たちの多くがそのことに驚きと喜びを感じているようです。パラリンピックも五輪に負けないくらいの熱戦が多く見られることを期待しています。 (写真:中林正太)

第22回 国枝慎吾に見るスーパースターのあるべき姿

 パラリンピック連覇に向けて、いよいよこの選手が本領を発揮し始めました。4年前の北京パラリンピック、シングルスで悲願の金メダルに輝いた車いすテニスプレーヤー・国枝慎吾選手です。国枝選手は昨年9月の全米オープンで4連覇を果たして以降、ヒジの故障に悩まされ続けてきました。今年2月には手術に踏み切り、リハビリを経て、ようやく5月のジャパンオープンで実戦復帰を果たしたばかり。ロンドンに間に合うかどうか、不安の声もあがっていましたが、今月には3大会連続優勝を達成し、本番に向けてどんどん調子を上げてきています。ロンドンで再び、センターポールに日の丸を掲げてくれることでしょう。 (写真:竹見脩吾)

第21回 「モバチュウ」の意義を伝えてくれた一本の電話

 パラリンピックは世界最高峰の競技大会ですが、実はわが国には、「ジャパンパラ」という国内最高峰の大会があります。日本障害者スポーツ協会日本パラリンピック委員会(JPC)と各競技団体が主催する大会で、現在は陸上、水泳、アーチェリー、スキーの4競技で行われています。これまでSTANDでは、ジャパンパラのいくつかの大会のインターネット生中継(モバチュウ)を行ってきました。そこで今回は、2009年7月20日、大阪で行なわれた「ジャパンパラ水泳競技大会」での出来事についてお話します。

第20回 新たな日本のスポーツ史をつくるリーダー 〜車椅子ランナー・廣道純〜

 いよいよロンドンオリンピックまで残り約2カ月、そしてパラリンピックまで約3カ月となりました。各競技で続々と代表選考会や内定選手の発表が行なわれ、オリンピック・パラリンピックへのムードが高まってきています。そこで今回から、このコーナーではロンドンパラリンピックで活躍が期待されるチームや選手について取り上げていきます。今回は車椅子ランナーの廣道純選手です。 (写真:わたなべじん)

第19回 工夫次第で“みんなで”スポーツができる! 〜ハンドサッカー〜

「ハンドサッカー?」「ハンドって、既に反則では?」 これが「ハンドサッカー」と聞いた時の最初の感想です。既存のルールにとらわれた私の、なんて視野の狭い発想でしょう。恥ずかしくなってしまいます。反則なんてとんでもない、実にユニバーサルな新スポーツなのです。今回はこのハンドサッカーをご紹介します。

第18回 覚悟を示した「Sports of Heart」

 3月3、4日、東京・恵比寿でというイベントを開催しました。これは健常者と障害者の枠を越えて、みんなでパラリンピックを応援しようという発想から誕生したものです。会場となった「恵比寿ガーデンプレイス」ではスポーツ、音楽、アート界から著名人たちが集まり、パラリンピックへの応援宣言、メッセージを送っていただくとともに、トークショーやライブをしていただきました。さらに付近の加計塚小学校のグラウンドや体育館では高橋尚子さんによる「かけっこ教室」、車椅子バスケットボールやブラインドサッカー、車いすテニスなど、障害者スポーツ競技の体験会が行なわれました。2日間での来場者は1万3000人、集まった募金額は約320万円でした。たくさんの方々のご協力のもと、第1回目を開催できたことに感謝しています。

第17回 「障がい者スポーツ」という名称の光と影

 最近「障害者スポーツ」という呼称に違和感を持つようになりました。このコラムのタイトルを「障害者スポーツの現場から」とつけたものの、私の中でその違和感がどんどん膨らんできているのです。様々な場面で、パラリンピアンが自身の競技のことを「障害者スポーツ」と言っているのを聞いていても、彼らのトップアスリートぶりと、「障害者スポーツ」という言葉の間に違和感を抱くこともしばしばです。そこで、今回はこの「障害者スポーツ」という言葉について考えてみます。

第16回 「他人事」から「国民スポーツ」へ 〜2012年パラリンピアンズ応援イベント〜

 いよいよ待ちに待ったロンドンパラリンピックイヤーとなりました。オリンピック同様、今後は出場権をかけた争いが本格化し、各競技において代表選手が誕生していきます。パラリンピックは英国の医師ルードヴィッヒ・グットマン博士が、脊損患者のリハビリの一環としてロンドンオリンピック(1948年)の開会式の日にスポーツ大会を行なったことが始まりです。つまり、ロンドンはパラリンピック発祥の地。開会式が行なわれる8月29日に向けて緊張が高まっています。

第15回 新たな時代の幕開け――多様化する障害者スポーツの形態

 今年6月「障害者スポーツ基本法」が制定され、障害者スポーツの推進について初めて明文化されました。これは日本の障害者スポーツにとって、非常に大きな一歩と言えるでしょう。世界では今夏、義足スプリンター、オスカー・ピストリウスが世界陸上の舞台に登場し、注目を集めました。このように障害者スポーツの置かれている状況は、刻一刻と変化しています。特に今年は、そんな新しい時代へと向かっている障害者スポーツに関わる一人であることに喜びを強く感じることができた1年でした。

第14回 18歳の日本代表選手が示唆したもの

 2010年サッカーW杯では“サムライブルー”が国外開催の大会では初めて決勝トーナメントに進出しました。さらに今年の女子サッカーのW杯では“なでしこ”が並みいる強豪を倒し、初優勝に輝きました。こうした日本代表の実績もあいまって、日本では「サッカーのW杯」はオリンピックに並ぶ人気を誇っていますね。では、記念すべき第1回大会が日本で開催されたサッカーのW杯があることを皆さんはご存知でしょうか。実は今から4年前の07年、電動車椅子サッカーのW杯が日本でその歴史をスタートさせたのです。

第13回 矛盾が生じている全国障害者スポーツ大会

 10月22日から3日間にわたって、山口県で全国障害者スポーツ大会(全スポ)が開催されました。毎年国民体育大会(国体)の1カ月後に同じ会場で開かれているこの大会は、2001年に従来別々に行なわれてきた「全国身体障害者スポーツ大会」と「全国知的障害者スポーツ大会」を統合したものです。今回の話題は その全スポについてです。

第12回 激変の時代へ突入した日本の障がい者スポーツ

 9月24、25日、大分市営陸上競技場でジャパンパラリンピック陸上競技大会が開催されました。全国から177名の選手が集い、各競技で障害者アスリートたちの熱戦が繰り広げられました。そして、その模様は26、27日と2日間にわたってTBS『みのもんたの朝ズバッ!』で全国放送されました。嬉しいのは同番組のスポーツコーナーで取り扱われていること。「以前にもましてスポーツとして扱われるようになってきたなぁ……」。 番組を観ながら、そう思わずにはいられませんでした。そして、それは現地でも感じたことだったのです。

第11回 歴史に名を刻んだピストリウス

 両足義足ランナーのオスカー・ピストリウスが、世界の舞台を駆け抜けました。韓国・大邱で開催中の陸上世界選手権、男子400メートルに出場したピストリウスが見事、予選を突破し、準決勝に進出したのです。この結果には称賛の声とともに、疑問視する声があがっていることは事実です。しかし、世界の舞台を堂々と走り抜けた彼の姿に、私は感動せずにはいられませんでした。「こうやって、新たな歴史の扉を開いていく人がいるんだな」。彼の並々ならぬ努力を思うと、そう思わずにはいられなかったのです。

第10回 義足ランナー・オスカーよ、世界の舞台を駆け抜けろ!

 今月19日、イタリアから嬉しいニュースが飛び込んできました。パラリンピックで4個の金メダルを獲得した両足義足ランナー、オスカー・ピストリウス(南アフリカ)が世界陸上選手権の出場資格を得たというものです。イタリアで行なわれた陸上大会に出場したオスカーは、男子400メートルで自己記録を0秒54上回る45秒07をマーク。見事、参加標準記録を突破しました。今後、南アフリカ代表に入れば、8月27日から韓国・大邱で開催される世界選手権に出場することができます。実現すれば、世界のスポーツの歴史が変わる、それくらい大きな出来事です。

第9回 「車いすテニスのイイヅカ」を世界に発信!

 現在、熱戦が繰り広げられているテニスのウィンブルドン選手権では15年ぶりの勝利を飾ったクルム伊達公子選手や、予選から勝ち上がり、初出場ながら今大会日本人最高の3回戦進出を果たした土居美咲選手など、日本人選手の活躍が目立ちましたね。連日、寝不足になりながら楽しんでいる人も多いことでしょう。周知の通り、ウィンブルドンはグランドスラムの中でも最も人気がある大会で、世界中のテニスプレーヤーの憧れとなっています。実は日本にも海外のプレーヤーに絶大なる人気を誇るテニスの国際大会があります。NEC車いすテニスツアー「飯塚国際車いすテニス大会」、通称「ジャパンオープン」です。

第8回 競技大会としてのあるべき姿 〜大分陸上2011〜

 いよいよロンドンオリンピック・パラリンピックまで約1年。先日は卓球で代表選手が決定するなど、スポーツ界は徐々に“ロンドンモード”に突入していますね。障害者スポーツ界でもパラリンピックを目指すアスリートたちがロンドンの切符を獲得するため、国内外の大会に出場しています。そこで今回は、14、15日に開催されたIPC(国際パラリンピック委員会)公認の「新日本製薬大分陸上2011」(大分市営陸上競技場)へ行ってきました。そこで私が見たのは、真のスポーツ大会を目指す大会運営者の強い思いでした。

第7回 被災者に届け! 障害者アスリートの“諦めない姿”

 東日本大震災から約1カ月半が経ちました。死者・行方不明者はあわせて2万5000人を超え、その被害の大きさは戦後最大と言われています。少しずつ復興への兆しを見せ始めてはいるものの、被災地が元の姿に戻るにはまだまだ時間がかかることでしょう。今回の震災では「自分には何ができるのか」「今、何をすべきなのか」を考えた方々も少なくなかったと思います。私自身もその一人でした。障害者スポーツに関わる人間として、何をすべきか……。その答えは3月29日に行なわれたサッカーのチャリティーマッチ「日本代表vs.Jリーグ選抜」にありました。「自分たちの最後まで諦めない姿を見てほしい」という選手のコメントを耳にした時に、「これだ!」と思ったのです。多くの困難を乗り越え、逆境を糧にさえして生きてきた障害者アスリートそのものが、最後まで諦めない姿の象徴です。そうであるならば、彼らと触れ合うことで、被災者の方々に何かを伝えられるのではないか。私はそう信じ、多くの方々のご協力のもと、障害者アスリートとともに今月23日、宮城県石巻市に訪問・炊き出しに行ってきました。

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