パラスポーツ

中北浩仁(アイススレッジホッケー日本代表監督)第4回「高い日本代表入りの可能性」

二宮: 以前、キャプテンの遠藤隆行選手に聞いたのですが、車椅子バスケットの選手をスカウトに行ったとか...。中北: はい、そのようです。私も日本選手権など、大会会場に行ってバスケット協会の方々にご協力をお願いしたりしてい […]

中北浩仁(アイススレッジホッケー日本代表監督)第3回「ソチへの課題は”新陳代謝”」

二宮: 銀メダルを獲得したバンクーバーパラリンピックの時、日本代表の平均年齢は36歳でした。もちろん、経験が必要な競技ですから、ベテラン選手は不可欠です。と同時に、若い選手の台頭も待たれます。中北: おっしゃる通りです。 […]

中北浩仁(アイススレッジホッケー日本代表監督)第2回「トリノでの失敗を糧に」

二宮: 中北さんは2002年からアイススレッジホッケー日本代表の監督を務めていますが、指導するうえで一番苦労した点は?中北: 選手たちのことを理解するということですね。それをせずに失敗したのが、トリノ大会だったんです。& […]

中北浩仁(アイススレッジホッケー日本代表監督)第1回「銀メダルにつながった”1000分の1の勝利”」

 2010年バンクーバーパラリンピック、日本アイスホッケー界の歴史が大きく変わった。長野大会以来、出場4回目にして初めて決勝ラウンドに進出したアイススレッジホッケー日本代表が、準決勝で地元カナダを破り、決勝進出を果たした […]

第17回 「障がい者スポーツ」という名称の光と影

 最近「障害者スポーツ」という呼称に違和感を持つようになりました。このコラムのタイトルを「障害者スポーツの現場から」とつけたものの、私の中でその違和感がどんどん膨らんできているのです。様々な場面で、パラリンピアンが自身の競技のことを「障害者スポーツ」と言っているのを聞いていても、彼らのトップアスリートぶりと、「障害者スポーツ」という言葉の間に違和感を抱くこともしばしばです。そこで、今回はこの「障害者スポーツ」という言葉について考えてみます。

宮澤保夫(星槎学園創設者)第4回「発達障害に効くスポーツの力」

伊藤: 星槎学園では、独自のカリキュラムで授業が行なわれているそうですね。例えば、どんなものがあるのでしょう?宮澤: 週に1度、1日中、自分の好きなことができる日を設けています。サッカーボールを追いかけている子もいれば、 […]

宮澤保夫(星槎学園創設者)第3回「”認める”ことから始まる教育」

伊藤: 宮澤さんの教育方針は「子どもはみんなそれぞれ違うのだから、教育の方法だっていろいろあっていい」ということですよね。スポーツも全く同じだと思います。障害のある子どもは学校の体育の授業で見学というケースも少なくないよ […]

宮澤保夫(星槎学園創設者)第2回「体験から得る障害者スポーツへのリスペクト」

伊藤: 昨年12月には、宮澤さんとブラインドサッカーのアジア選手権に行ってきました。残念ながら日本はロンドンパラリンピックの出場権を得ることはできませんでしたが、宮澤さんは初めて見たブラインドサッカーに興奮されていました […]

宮澤保夫(星槎学園創設者)第1回「高めたい”特性”への理解度」

 人と人が共に生き、共に育つ学校づくりに勤しんでいる一人の教育者がいる。星槎学園の創設者、宮澤保夫だ。同学園に通う子どもたちには、3つの約束がある。「人を排除しない」「人を認める」「仲間をつくる」。どれもが簡単そうで、難 […]

第16回 「他人事」から「国民スポーツ」へ 〜2012年パラリンピアンズ応援イベント〜

 いよいよ待ちに待ったロンドンパラリンピックイヤーとなりました。オリンピック同様、今後は出場権をかけた争いが本格化し、各競技において代表選手が誕生していきます。パラリンピックは英国の医師ルードヴィッヒ・グットマン博士が、脊損患者のリハビリの一環としてロンドンオリンピック(1948年)の開会式の日にスポーツ大会を行なったことが始まりです。つまり、ロンドンはパラリンピック発祥の地。開会式が行なわれる8月29日に向けて緊張が高まっています。

丸山弘道(車いすテニスナショナルコーチ)第4回「指導者に必要な2つの”たんきゅうしん”」

二宮: 現在、日本では車いすテニスの指導者はどのくらいいるのでしょう?丸山: 具体的な数字まではわかりませんが、結構いると思いますよ。ただ、車いすテニスのコーチだけでは生計は立てられないので、いわゆるボランティアという感 […]

丸山弘道(車いすテニスナショナルコーチ)第3回「選手の身体を知ることの大切さ」

二宮: 車いすテニスの選手には、骨肉腫などの病気で足を切断した選手もいれば、交通事故などで頚椎損傷、脊椎損傷を負い、下半身不随になった選手もいます。指導者は単にテニスを教えるだけでなく、こうしたそれぞれが抱えている事情を […]

丸山弘道(車いすテニスナショナルコーチ)第2回「一目ぼれだった国枝慎吾との出会い」

二宮: 今や車いすテニスと言えば、世界のトップまで上りつめた国枝慎吾選手なしでは語ることはできません。2007年には車いすテニス界では史上初のグランドスラム(全豪、ジャパンオープン、全英、全米の4大大会を制覇)を達成。翌 […]

丸山弘道(車いすテニスナショナルコーチ)第1回「”出会い”と”発見”の連続」

 2008年北京パラリンピックではシングルスで悲願の金メダルに輝いた車いすテニスプレーヤー国枝慎吾。彼をジュニア時代から育成し、世界王者へと導いたのが丸山弘道だ。丸山が車いすテニスの指導を始めたのは今から14年前。あるプ […]

第15回 新たな時代の幕開け――多様化する障害者スポーツの形態

 今年6月「障害者スポーツ基本法」が制定され、障害者スポーツの推進について初めて明文化されました。これは日本の障害者スポーツにとって、非常に大きな一歩と言えるでしょう。世界では今夏、義足スプリンター、オスカー・ピストリウスが世界陸上の舞台に登場し、注目を集めました。このように障害者スポーツの置かれている状況は、刻一刻と変化しています。特に今年は、そんな新しい時代へと向かっている障害者スポーツに関わる一人であることに喜びを強く感じることができた1年でした。

乙武洋匡 第4回「障害児にも夢の選択肢を!」

伊藤: ある新聞が小学1年生に将来の夢についてアンケートをとったところ、スポーツ選手は男の子では1位、女の子でも7位にランクインしているんです。しかし、これはいわゆる健常者の子どもたちであって、ここに障害児は含まれていま […]

乙武洋匡 第3回「子どもの発想は無限大!」

二宮: 乙武さんは教員として実際、小学校の現場で子どもたちと触れ合ったわけですが、「乙ちゃんルール」のような柔軟な発想をする子どもはいましたか?乙武: 僕が受け持ったのは小学3、4年生でしたから、まだ自分たちからルールを […]

乙武洋匡 第2回「問われるルールのセッティング能力」

伊藤: 現在、乙武さんは練馬区の保育園の運営に携わっています。子どもたちの教育にスポーツが担う役割は大きいのではないでしょうか?乙武: そうですね。スポーツは個人競技であれ団体競技であれ、共通しているのはルールを守るとい […]

乙武洋匡 第1回「障害は「個性」ではなく「特徴」のひとつ」

 大ベストセラー『五体不満足』の著者、乙武洋匡。彼がこの国の社会に与えた影響は計り知れない。「障害とは何か」「障害者との共生」......。それまでお茶の間ではほとんど語られることがなかったテーマを我々に突きつけた。早稲 […]

第14回 18歳の日本代表選手が示唆したもの

 2010年サッカーW杯では“サムライブルー”が国外開催の大会では初めて決勝トーナメントに進出しました。さらに今年の女子サッカーのW杯では“なでしこ”が並みいる強豪を倒し、初優勝に輝きました。こうした日本代表の実績もあいまって、日本では「サッカーのW杯」はオリンピックに並ぶ人気を誇っていますね。では、記念すべき第1回大会が日本で開催されたサッカーのW杯があることを皆さんはご存知でしょうか。実は今から4年前の07年、電動車椅子サッカーのW杯が日本でその歴史をスタートさせたのです。

第13回 矛盾が生じている全国障害者スポーツ大会

 10月22日から3日間にわたって、山口県で全国障害者スポーツ大会(全スポ)が開催されました。毎年国民体育大会(国体)の1カ月後に同じ会場で開かれているこの大会は、2001年に従来別々に行なわれてきた「全国身体障害者スポーツ大会」と「全国知的障害者スポーツ大会」を統合したものです。今回の話題は その全スポについてです。

第12回 激変の時代へ突入した日本の障がい者スポーツ

 9月24、25日、大分市営陸上競技場でジャパンパラリンピック陸上競技大会が開催されました。全国から177名の選手が集い、各競技で障害者アスリートたちの熱戦が繰り広げられました。そして、その模様は26、27日と2日間にわたってTBS『みのもんたの朝ズバッ!』で全国放送されました。嬉しいのは同番組のスポーツコーナーで取り扱われていること。「以前にもましてスポーツとして扱われるようになってきたなぁ……」。 番組を観ながら、そう思わずにはいられませんでした。そして、それは現地でも感じたことだったのです。

第11回 歴史に名を刻んだピストリウス

 両足義足ランナーのオスカー・ピストリウスが、世界の舞台を駆け抜けました。韓国・大邱で開催中の陸上世界選手権、男子400メートルに出場したピストリウスが見事、予選を突破し、準決勝に進出したのです。この結果には称賛の声とともに、疑問視する声があがっていることは事実です。しかし、世界の舞台を堂々と走り抜けた彼の姿に、私は感動せずにはいられませんでした。「こうやって、新たな歴史の扉を開いていく人がいるんだな」。彼の並々ならぬ努力を思うと、そう思わずにはいられなかったのです。

第10回 義足ランナー・オスカーよ、世界の舞台を駆け抜けろ!

 今月19日、イタリアから嬉しいニュースが飛び込んできました。パラリンピックで4個の金メダルを獲得した両足義足ランナー、オスカー・ピストリウス(南アフリカ)が世界陸上選手権の出場資格を得たというものです。イタリアで行なわれた陸上大会に出場したオスカーは、男子400メートルで自己記録を0秒54上回る45秒07をマーク。見事、参加標準記録を突破しました。今後、南アフリカ代表に入れば、8月27日から韓国・大邱で開催される世界選手権に出場することができます。実現すれば、世界のスポーツの歴史が変わる、それくらい大きな出来事です。

第9回 「車いすテニスのイイヅカ」を世界に発信!

 現在、熱戦が繰り広げられているテニスのウィンブルドン選手権では15年ぶりの勝利を飾ったクルム伊達公子選手や、予選から勝ち上がり、初出場ながら今大会日本人最高の3回戦進出を果たした土居美咲選手など、日本人選手の活躍が目立ちましたね。連日、寝不足になりながら楽しんでいる人も多いことでしょう。周知の通り、ウィンブルドンはグランドスラムの中でも最も人気がある大会で、世界中のテニスプレーヤーの憧れとなっています。実は日本にも海外のプレーヤーに絶大なる人気を誇るテニスの国際大会があります。NEC車いすテニスツアー「飯塚国際車いすテニス大会」、通称「ジャパンオープン」です。

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