格闘技
「暑いところで悪いけど、2時からじゃないと中には入れないよ」『カッキーエイド』の当日、誰よりも早く会場に到着していた僕に後楽園ホールの関係者は申し訳なさそうな顔で、こう話しかけてきた。「スミマセン、来るのが早過ぎました」 […]
がんと闘ったプロレスラーは少なくない。新日本プロレスなどで活躍した西村修は1998年9月から、後腹膜腫瘍のため長期欠場を余儀なくされた。1年8カ月後に復帰し、現在は文京区の区議会職員を務めている。
悪性リンパ腫で闘病中の元プロレスラー垣原賢人氏を応援する大会「Moving On 〜カッキーエイド〜」が18日、東京・後楽園ホールで開催された。イベントには主催したカッキー応援隊の山崎一夫氏の呼びかけの下、船木誠勝、鈴木みのる、冨宅飛駈、高山善廣らUWFやUWFインターナショナル時代の同僚が集結。垣原氏にパワーを送るべく、熱い闘いを繰り広げた。大会のラストには垣原氏本人もリングに登場。「僕の体の中に潜んでいる悪性リンパ腫はしつこく、長い長い戦いになります。でも、僕は絶対に負けません」とがんに打ち克つ決意を表明した。
二宮清純の携帯サイト「二宮清純.com」、スマートフォンサイト「ニノスポ」にてコラムコーナー「マル秘ファイター列伝」を連載中の垣原賢人氏が、初の著書を出版する。『Uの青春 カッキーの闘いはまだ終わらない』(廣済堂出版)。垣原氏が自身のプロレス人生を振り返りつつ、伝説となったUWF、Uインターへの思いや、印象に残るレスラーたちとのエピソード、悪性リンパ腫との闘病生活まで、これまでに執筆したコラムを厳選して構成している。
昭和、平成と時代は変わっても、プロレスリングの中心に君臨し続ける長州力。そんな“革命戦士”のこれまでの人生を余すところなく綴った長編ノンフィクション『真説・長州力 1951-2015』(集英社インターナショナル)が出版された。著者は当サイトで「国境なきフットボール」を連載中の田崎健太氏だ。このほど都内書店でベストセラー祈願決起集会が行われ、長州本人が「書店員の皆さんの多くの力を借りて、たくさんの人に読んでいただければ」と書籍をアピールした。
最後のPRIDEの大会、『PRIDE34』が、さいたまスーパーアリーナで開かれたのは2007年4月8日だから、PRIDE消滅からもう8年以上が経つことになる。日本における総合格闘技人気は低迷したままだ。
: 現役引退後、ジムを立ち上げました。ジム開設から何年になりますか。 : 15年です。会員は150人くらいで、そのうち、プロのライセンスを持っているのは15名ほどです。
: 17戦目でホセ・ルイス・ブエノ(メキシコ)に挑戦して、WBC世界スーパーフライ級王座を獲得します。ようやく夢が叶ったという喜びは大きかったのでは? : なんか現実味がなかったですね。チャンピオンになったという感覚は後から湧き出てくるものです。地元に帰ったりして、注目度が高まったり、周りがチャンピオンとして認めてくれるうちに実感が出てきました。
「スゴイ! 芥川賞とったんだぁ」 お笑いタレントの又吉直樹が書いた作品『火花』が、芥川賞を受賞したと大きく報じられた。この受賞作は、かつての自分を重ねた青春小説だという。『火花』は、文学作品だとの思いから少し腰が引けてい […]
ボクシング界の“ボンバー”といえば、WBC世界スーパーフェザー級王者の三浦隆司だ。5月の防衛戦では元IBF世界フェザー級王者のビリー・ディブ(オーストラリア)に得意の左が炸裂。3RTKO勝ちを収め、4度目の防衛に成功した。これで3戦連続KO勝ちと、ニックネームにふさわしい倒しっぷりをみせている。三浦本人と、担当の葛西裕一トレーナーに“ボンバー”と呼ばれるまでのいきさつを二宮清純が訊いた。
: プロデビューから3連続KO勝利を収めましたが、フライ級の東日本新人王決定戦でピューマ渡久地さんにKO負けを喫してしまいます。最初につまずいたのはショックだったのでは? : そうですね。田舎から出てきて、都会の生活に慣れなくて、心身ともにコンディションは良くなかったですね。それから減量もきつかった。全部、言い訳になっちゃいますけど、すべてがダメな状態で試合に臨んでしまいました。言い訳をつくってリングに上がると絶対に負けちゃいますよ。
: 川島さんはお父さんの影響で小さい頃からボクシングを始めました。お父さんのボクシング経験は? : 本人はやっていないんです。オヤジは理容師で、その勉強で東京にいた時にボクサーと知り合ったそうです。それからボクシングに興味を持ったと聞きました。
川島郭志といえば、“アンタッチャブル”の異名をとった1990年代の名ボクサーだ。卓越した攻守で世界王者に昇りつめ、WBC世界スーパーフライ級王座を6度防衛した。だが、その道のりは決して平坦ではなかった。ライバル対決での敗戦や、思わぬケガ……。現在は都内にジムを開設し、未来の王者育成に力を注ぐ川島に、これまでの人生を振り返ってもらいつつ、日本ボクシング界のこれからについて、二宮清純がインタビューした。その模様を4回にわたってお届けする。
先月半ばに、マーク堀越ことマーク・ブリックスが病死したことを知人から聞かされる。すでに1年あまり前に他界していたそうだ。死亡直後に日本で報じられることはなかった。悲しく、また、とても寂しい気持ちになった。まだ52歳、早すぎる。
「がんを克服したプロレスラーは、身近でも小林邦昭さんや藤原喜明さん、西村修さん、小橋建太さんとたくさん居ます。だから絶対大丈夫ですよ!」 僕の病気を知った上井文彦さんから連絡があったのは年を越して間もない頃だった。上井さ […]
新生K-1、4度目の大会が近付いてきた。『K-1 WORLD GP 2015 〜-70?初代王座決定トーナメント〜』は、7月4日、東京・国立代々木競技場第二体育館で行われる。 これまでの3大会では-65kg、-60kg、-55kgの初代チャンピオンが決定した。 -65?級=ゲーオ・フェアテックス(タイ) -60?級=卜部功也(日本/チームドラゴン) -55?級=武尊(日本/チームドラゴン)
2015年1月25日、東京・後楽園ホール。環太平洋ライト級王座決定戦。中村ジュニアは39歳の宇野薫とベルトをかけて激突した。 「宇野選手の試合はよく観ていました。逆転勝ちも多くて、試合を観ていると興奮する。ファンだったので、まさか実際に戦うとは思いませんでしたね」
ボクシングのWB0世界ミニマム級王座決定戦が30日、愛知・パークアリーナ小牧で行われ、同級2位の田中恒成(畑中)が、同級1位のフリアン・イエドラス(メキシコ)を3−0の判定で下し、世界王座を獲得した。プロ5戦目での戴冠は、井上尚弥(大橋)の6試合を塗り替える日本人最速記録。田中は序盤、左右の連打で攻勢をみせたが、中盤は被弾して足が止まるシーンもあり、激しい打ち合いとなる。しかし、終盤は再び盛り返し、プロデビューからわずか1年半で世界ベルトを手にした。
「世紀の一戦」として世界中の注目を集めたボクシングのWBA・WBC・WBO世界ウェルター級王座統一戦はWBA・WBC王者フロイド・メイウェザー(米国)がWBO王者マニー・パッキャオ(フィリピン)相手に判定勝ちを収めた。
「とにかく、プロになるまでは帰れないと思っていました。成人式も愛媛には戻らなかったんです」 マッハ道場に入門後、同級生がキャンパスライフを満喫している時期、中村ジュニアはただひたすら格闘技に打ちこんだ。
「素顔での撮影はちょっと……」 5歳からマスクを被って僕と一緒にイベント活動している息子のつくしは、素顔をさらすのを極度に嫌がる。彼はマスクマンとしてのポリシーが人一倍強いのだ。同業者にすら素 […]
1990年代後半から2000年代前半にかけて、日本の格闘技は一大人気を集めていた。K-1やPRIDEの大会は地上波でも放送され、ファンを増やしていった。愛媛の片田舎で育った中村ジュニアも、そのひとりだった。 「テレビで試合を観ていて、ピピッとくるものがあったんです。“格闘技をやりたい”って」
初防衛戦はタイトルを奪うより難しい――。 格闘技の世界で昔から唱えられている王者にとっては“呪いの言葉”である。「勝たなくてはいけない」「ベルトを守らなければいけない」……目に見えないプレッシャーが初めて防衛戦を闘うファイターには、のしかかる。当然、挑戦者は、これをチャンスとばかりに徹底して王者を研究し、襲いかかる。初防衛戦の呪縛を自らの力で解き放ってこそ、王者は真のチャンピオンとなれるのだ。
今年のゴールデンウィークは、イコール、ボクシングウィークだった。 5月に入ってからの6日間で日本人が絡んだプロボクシングの世界戦(男子に限る)が4試合も行われた。
ボクシングのWBA世界ダブルタイトルマッチが6日、東京・大田区総合体育館で行われ、スーパーフェザー級では王者の内山高志(ワタナベ)が、挑戦者で同級3位のジョムトーン・チューワッタナに2R1分15秒TKO勝ちを収め、10度目の防衛に成功した。日本人の2ケタ防衛はライトフライ級の具志堅用高(13度)、バンタム級の長谷川穂積(10度)に次ぎ、史上3人目。ライトフライ級では王者の田口良一(ワタナベ)が、同級14位の挑戦者クワンタイ・シスモーゼン(タイ)から5度のダウンを奪った末、8R36秒TKOで破り、初防衛に成功した。