格闘技

垣原賢人、「病を必ず克服する」とリング上で決意 ~応援大会「Moving On」~

 悪性リンパ腫で闘病中の元プロレスラー垣原賢人氏を応援する大会「Moving On 〜カッキーエイド〜」が18日、東京・後楽園ホールで開催された。イベントには主催したカッキー応援隊の山崎一夫氏の呼びかけの下、船木誠勝、鈴木みのる、冨宅飛駈、高山善廣らUWFやUWFインターナショナル時代の同僚が集結。垣原氏にパワーを送るべく、熱い闘いを繰り広げた。大会のラストには垣原氏本人もリングに登場。「僕の体の中に潜んでいる悪性リンパ腫はしつこく、長い長い戦いになります。でも、僕は絶対に負けません」とがんに打ち克つ決意を表明した。

垣原賢人の人気コラムが単行本に! 『Uの青春 カッキーの闘いはまだ終わらない』

 二宮清純の携帯サイト「二宮清純.com」、スマートフォンサイト「ニノスポ」にてコラムコーナー「マル秘ファイター列伝」を連載中の垣原賢人氏が、初の著書を出版する。『Uの青春 カッキーの闘いはまだ終わらない』(廣済堂出版)。垣原氏が自身のプロレス人生を振り返りつつ、伝説となったUWF、Uインターへの思いや、印象に残るレスラーたちとのエピソード、悪性リンパ腫との闘病生活まで、これまでに執筆したコラムを厳選して構成している。

“革命戦士”の半生に迫る、新刊『真説・長州力 1951-2015』

 昭和、平成と時代は変わっても、プロレスリングの中心に君臨し続ける長州力。そんな“革命戦士”のこれまでの人生を余すところなく綴った長編ノンフィクション『真説・長州力 1951-2015』(集英社インターナショナル)が出版された。著者は当サイトで「国境なきフットボール」を連載中の田崎健太氏だ。このほど都内書店でベストセラー祈願決起集会が行われ、長州本人が「書店員の皆さんの多くの力を借りて、たくさんの人に読んでいただければ」と書籍をアピールした。

川島郭志(ボクシングWBC世界スーパーフライ級元王者/徳島県海陽町出身)×二宮清純 最終回「叩き上げのチャンピオンを育てたい」

: 現役引退後、ジムを立ち上げました。ジム開設から何年になりますか。 : 15年です。会員は150人くらいで、そのうち、プロのライセンスを持っているのは15名ほどです。

川島郭志(ボクシングWBC世界スーパーフライ級元王者/徳島県海陽町出身)×二宮清純 第4回「無敵だったリカルド・ロペス」

: 17戦目でホセ・ルイス・ブエノ(メキシコ)に挑戦して、WBC世界スーパーフライ級王座を獲得します。ようやく夢が叶ったという喜びは大きかったのでは? : なんか現実味がなかったですね。チャンピオンになったという感覚は後から湧き出てくるものです。地元に帰ったりして、注目度が高まったり、周りがチャンピオンとして認めてくれるうちに実感が出てきました。

三浦隆司、“ボンバー”誕生秘話

 ボクシング界の“ボンバー”といえば、WBC世界スーパーフェザー級王者の三浦隆司だ。5月の防衛戦では元IBF世界フェザー級王者のビリー・ディブ(オーストラリア)に得意の左が炸裂。3RTKO勝ちを収め、4度目の防衛に成功した。これで3戦連続KO勝ちと、ニックネームにふさわしい倒しっぷりをみせている。三浦本人と、担当の葛西裕一トレーナーに“ボンバー”と呼ばれるまでのいきさつを二宮清純が訊いた。

川島郭志(ボクシングWBC世界スーパーフライ級元王者/徳島県海陽町出身)×二宮清純 第3回「エリートではなく“雑草”」

: プロデビューから3連続KO勝利を収めましたが、フライ級の東日本新人王決定戦でピューマ渡久地さんにKO負けを喫してしまいます。最初につまずいたのはショックだったのでは? : そうですね。田舎から出てきて、都会の生活に慣れなくて、心身ともにコンディションは良くなかったですね。それから減量もきつかった。全部、言い訳になっちゃいますけど、すべてがダメな状態で試合に臨んでしまいました。言い訳をつくってリングに上がると絶対に負けちゃいますよ。

川島郭志(ボクシングWBC世界スーパーフライ級元王者/徳島県海陽町出身)×二宮清純 第2回「父からの英才教育」

: 川島さんはお父さんの影響で小さい頃からボクシングを始めました。お父さんのボクシング経験は? : 本人はやっていないんです。オヤジは理容師で、その勉強で東京にいた時にボクサーと知り合ったそうです。それからボクシングに興味を持ったと聞きました。

川島郭志(ボクシングWBC世界スーパーフライ級元王者/徳島県海陽町出身)×二宮清純 第1回「日本から本物のチャンピオンを」

 川島郭志といえば、“アンタッチャブル”の異名をとった1990年代の名ボクサーだ。卓越した攻守で世界王者に昇りつめ、WBC世界スーパーフライ級王座を6度防衛した。だが、その道のりは決して平坦ではなかった。ライバル対決での敗戦や、思わぬケガ……。現在は都内にジムを開設し、未来の王者育成に力を注ぐ川島に、これまでの人生を振り返ってもらいつつ、日本ボクシング界のこれからについて、二宮清純がインタビューした。その模様を4回にわたってお届けする。

第184回 新生K-1、-70kg級初代王座トーナメントへの期待

 新生K-1、4度目の大会が近付いてきた。『K-1 WORLD GP 2015 〜-70?初代王座決定トーナメント〜』は、7月4日、東京・国立代々木競技場第二体育館で行われる。  これまでの3大会では-65kg、-60kg、-55kgの初代チャンピオンが決定した。  -65?級=ゲーオ・フェアテックス(タイ)  -60?級=卜部功也(日本/チームドラゴン)  -55?級=武尊(日本/チームドラゴン)

中村ジュニア(第6代修斗環太平洋ライト級王者/愛媛県宇和島市出身)最終回「今度は世界のベルトを」

 2015年1月25日、東京・後楽園ホール。環太平洋ライト級王座決定戦。中村ジュニアは39歳の宇野薫とベルトをかけて激突した。 「宇野選手の試合はよく観ていました。逆転勝ちも多くて、試合を観ていると興奮する。ファンだったので、まさか実際に戦うとは思いませんでしたね」

田中、日本人最速5戦目で世界王者! 〜ボクシング世界戦〜

 ボクシングのWB0世界ミニマム級王座決定戦が30日、愛知・パークアリーナ小牧で行われ、同級2位の田中恒成(畑中)が、同級1位のフリアン・イエドラス(メキシコ)を3−0の判定で下し、世界王座を獲得した。プロ5戦目での戴冠は、井上尚弥(大橋)の6試合を塗り替える日本人最速記録。田中は序盤、左右の連打で攻勢をみせたが、中盤は被弾して足が止まるシーンもあり、激しい打ち合いとなる。しかし、終盤は再び盛り返し、プロデビューからわずか1年半で世界ベルトを手にした。

中村ジュニア(第6代修斗環太平洋ライト級王者/愛媛県宇和島市出身)第3回「転機は連敗の屈辱」

「とにかく、プロになるまでは帰れないと思っていました。成人式も愛媛には戻らなかったんです」  マッハ道場に入門後、同級生がキャンパスライフを満喫している時期、中村ジュニアはただひたすら格闘技に打ちこんだ。

中村ジュニア(第6代修斗環太平洋ライト級王者/愛媛県宇和島市出身)第2回「柔道、レスリングから格闘技へ」

 1990年代後半から2000年代前半にかけて、日本の格闘技は一大人気を集めていた。K-1やPRIDEの大会は地上波でも放送され、ファンを増やしていった。愛媛の片田舎で育った中村ジュニアも、そのひとりだった。 「テレビで試合を観ていて、ピピッとくるものがあったんです。“格闘技をやりたい”って」

中村ジュニア(第6代修斗環太平洋ライト級王者/愛媛県宇和島市出身)第1回「失冠からの再スタート」

 初防衛戦はタイトルを奪うより難しい――。  格闘技の世界で昔から唱えられている王者にとっては“呪いの言葉”である。「勝たなくてはいけない」「ベルトを守らなければいけない」……目に見えないプレッシャーが初めて防衛戦を闘うファイターには、のしかかる。当然、挑戦者は、これをチャンスとばかりに徹底して王者を研究し、襲いかかる。初防衛戦の呪縛を自らの力で解き放ってこそ、王者は真のチャンピオンとなれるのだ。

内山、KOでV10 田口もKOで初防衛 〜ボクシングW世界戦〜

 ボクシングのWBA世界ダブルタイトルマッチが6日、東京・大田区総合体育館で行われ、スーパーフェザー級では王者の内山高志(ワタナベ)が、挑戦者で同級3位のジョムトーン・チューワッタナに2R1分15秒TKO勝ちを収め、10度目の防衛に成功した。日本人の2ケタ防衛はライトフライ級の具志堅用高(13度)、バンタム級の長谷川穂積(10度)に次ぎ、史上3人目。ライトフライ級では王者の田口良一(ワタナベ)が、同級14位の挑戦者クワンタイ・シスモーゼン(タイ)から5度のダウンを奪った末、8R36秒TKOで破り、初防衛に成功した。

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