確かに劇的な一戦ではあった。アジアの頂を争う戦いで、相手は韓国で、しかも0-2からの逆転である。間違いなく前代未聞にしてひょっとしたらもう二度とお目にかかれないぐらいに稀有な戦いでもあった。 だが、感動はな […]
苦しい試合だった。負け試合に等しい内容だった、と言ってもいい。それでも厳しい時間帯をしのぎきり、何とか勝利をつかむことができたのは、試合後の手倉森監督が口にしたように、チームに「大和魂」が宿っていたからなのだろう。リオ […]
五輪の出場資格が23歳以下に限定されたのは、92年のバルセロナ五輪からである。 わたしの勤めていたサッカー専門誌では、その4年前、ソウル五輪予選までは編集部のエースが特集を一手に引き受けていたが、出場資格に […]
大会終了後に発表された高校サッカー選手権の優秀選手のリストを見て驚いた。 FWがたった5人しかいなかったのである――GKは4人もいたのに! 高校サッカーの優秀選手を決定するのは、長く […]
毎年毎年この時期になると感じることを、今年もまた感じている。 選手が、小さい――。 高校野球を見ていると、そんなことはまるで感じない。昨年夏の話題をさらった清宮ジュニアに限らず、甲子園に出場して […]
98年からスポニチで仕事をさせていただいているが、大晦日に載るコラムとなると、ちょっと書いた記憶がない。いい機会なので、今年一年を振り返ってみよう。 代表に関して言えば、かつてないほど失望させられることの多 […]
水球の“ポセイドン・ジャパン”がリオ五輪への切符を勝ち取った。実に32年ぶりの出場である。サッカーが28年ぶりの出場を決めた時、わたしはメキシコでの銅メダルを江戸時代並みに遠く感じていたから、水球関係者の喜びと感慨はひ […]
相撲にあてはめてみればよくわかる。果たしてどれだけの相撲ファンが、92年から行われている世界相撲選手権に注目しているか――。 本家、本場と言われる地域は、えてして自分たちのスポーツが国境を越えて世界に広がっ […]
ロンドンの中心地を歩いていたら、見慣れないユニホームを着た集団に出くわした――という原稿を、数年前に書いたことがある。 あの時わたしが見た“見慣れないユニホーム”は、昇格プレーオフに出場する2部だか3部だ […]
東京ドームができた年、わたしは水道橋にある出版社に勤務する社会人1年生だった。どこか薄汚れた印象のあった街が、新しいスタジアムの誕生を機に、一気に生まれ変わったような印象を受けたことを覚えている。 初めて足 […]
イタリアは、青だった。フランスはトリコロールで、アルゼンチンは水色と白――先のラグビーW杯において、ほとんどの国はサッカーの代表チームと同じカラーリングのユニホームを身につけていた。 だが、桜をイメージした […]
正直なところ、カンボジア戦のお寒い試合内容のことなどどうでもよくなってしまうほど、衝撃を受けている。 サッカーだけは大丈夫だと思っていたのに――。 五輪はテロに見舞われたことがある。けれども、言 […]
武藤がハットトリックを演じたかと思えば、宿敵とのダービーで香川が先制ヘッドをたたき込むなど、ブンデスリーガでは今季も日本人選手の好調が続いている。 そんな中、わたしが瞠目させられている選手がいる。ハノーバー […]
マンチェスターUで指揮を執っていたアレックス・ファーガソンが、テレビのインタビューで「監督にとって重要な資質は何か」と聞かれ「人心掌握の能力だ」と答えているのを見たことがある。実に四半世紀以上も世界のトップクラスに君臨 […]
なでしこがW杯で優勝した4年前、ひとしきり続いたお祭り騒ぎの外側では、危機感を募らせている人たちがいた。 これから先、有望な人材は一気にサッカーへ流れてしまうかも――他の競技の関係者たちだった。 […]
ちょうど20年前の今頃だった。覚え始めたばかりのスペイン語で、おっかなびっくりインタビューをしたことがある。相手は、次代のスターと目されていた18歳だった。 「僕らの世代は、いままでの世代とは違う」  […]
今回ばかりは日本サッカー協会に同情する。 W杯ブラジル大会後、選手の中から「過酷な状況での真剣勝負が足りない」という声があがった。そうした意見に耳を傾けたがゆえに、昨年シンガポールでのブラジル戦や今回のイラン戦が実現し […]
窃盗は犯罪。殺人も犯罪。どちらも罰に処せられるのは当然のこと。 違法賭博は犯罪。八百長も犯罪。どちらも罰に処せられるのは、これまた当然のこと。 ただ、窃盗と殺人では求刑の重さに違いがあるように、国によっては […]
「何をいまさら」と言われてしまいそうな気もするが、この夏、高校野球の都大会を取材して気づいたことがある。「高校球児は、全員が野球場で試合できるんだ……」高校時代、わたしはサッカー部だった。だが、サッカー場で試合をしたこと […]
何でも食べ、何でも呑むトルシエが「それは食べない」と言ったものがある。
わたしが中学生だったころ、W杯は16カ国で行われていた。欧州のクラブナンバーワンを決める大会は、最初から最後までトーナメント形式で行われていた。欧州の国々はそれぞれが独自の通貨を持ち、国境では厳密なパスポート・コントロールが行われていた。
若い頃の苦労は買ってでもしろ、と言う。可愛い子には旅をさせろ、とも言う。まったくもってごもっとも。これ以上の金言はないな、と思う。人生についてはともかく、サッカーについて、であるならば。
マリーシア――恥ずかしながら、わたしなんぞは完全にカブれたクチである。 初めて耳にしたのは、90年代に入った直後だっただろうか。日本にやってきたブラジル人の選手たちが頻繁に口にするようになった。それこそが、日本に足りないものだ、と。
いささか古い話になってしまい恐縮だが、東アジア杯で驚かされたことがあった。スタジアム内に設置されている立て看板について、である。
そのスタイルがいよいよゲルト・ミュラー的になってきた、と書いたのはちょうど1年ほど前のことである。ほぼ時を同じくして、ドイツのメディアにも同様の記事が目立つようになった。高くもなければ強くもなく、速くもなければ巧みなドリブルがあるわけでもないのに、なぜかゴールは量産する。確かに、マインツでの岡崎は“爆撃機”と呼ばれた男のスタイルを彷彿させるものだった。
