FORZA SHIKOKU
昨年12月に行われた天皇杯で、中央大学男子バレーボール部は快挙を成し遂げた。全日本代表メンバーが多く集まるV・プレミアリーグのサントリーサンバースを3対1で下した。番狂わせの一翼を担ったのが、ウィングスパイカーの武智洸 […]
宮崎早織の所属するJX-ENEOSサンフラワーズはWリーグ(バスケットボール女子日本リーグ)で19回、全日本総合選手権大会で20回の優勝を誇る。いずれも最多記録という女子バスケ界屈指の名門チームだ。数多くの日本代表を輩 […]
「お母さん、私上手くなったから」 愛媛での生活をはじめたばかりの頃、宮崎早織は母親に電話で近況を伝えた。母・寿美香によれば、電話越しに聞こえてきた娘の声は自信に満ちていたという。“一色(建志)先生に教わりたい”との思いで […]
宮崎早織にとって、バスケットボールは当たり前のように近くにあったものだった。5歳上の姉・優子がミニバスのチームに入っていたこともあり、物心がつく頃からバスケに見て、触れる機会は幾度もあった。「憧れで、目標だった」という […]
コートネームはユラ。どのような場面でも揺らぐことのない選手になるように名付けられた。Wリーグ(バスケットボール女子日本リーグ)の名門JX-ENEOSサンフラワーズに所属する宮崎早織は、スピードと思い切りの良さが売りのガ […]
故障から見事に復活を遂げた法兼駿だったが、すぐに名門・亜細亜大学のレギュラーを掴めたわけではない。法兼の1学年上には、阪神にドラフト6位指名された板山祐太郎、大学日本代表に選ばれた北村祥治、藤岡裕大など、実力者たちが揃 […]
部員が100人以上所属する四国の強豪・高知高でも、法兼駿は飛び抜けた存在だった。1年から遊撃手としてベンチ入りを果たすと、すぐにレギュラーを掴む。3年になると、県外出身者にもかかわらず主将に指名され、高校球児の“夢の舞 […]
小さい頃から運動神経抜群だった法兼駿は、小学5年まで野球、陸上、少林寺拳法の3つを習っていた。中でも野球は人数合わせでスタートしたものだったが、徐々に真剣に打ち込むようになり、いつしか“全国出場”という目標が生まれる。 […]
結果を残さなければ1部にはいられない。シビアな戦いが繰り広げられる東都大学野球リーグは、「戦国東都」と呼ばれる。全国各地で有数の選手が集まる東都で、昨秋、首位打者に輝いたのは亜細亜大学・法兼駿(3年)である。法兼は昨年 […]
新春の風物詩、「第92回東京箱根間往復大学駅伝競走」の号砲まで、あと1週間を切った。早稲田大学競走部の中村信一郎にとっては、大学最後のレースとなる。「(箱根駅伝は)4年間で1回走れればいい」と、敢えて強豪校に飛び込んだ […]
「東京箱根間往復大学駅伝競走」は、多くの学生長距離ランナーにとって特別である。中村信一郎にとっても、然りだった。小さい頃は姉と一緒に正月の箱根駅伝のTV中継にかじりついていた。順天堂大学の今井正人(現トヨタ自動車九州)に […]
「面白い子がいるなぁ」。中学3年時の中村信一郎を一目見て、当時、高松工芸高校陸上部の顧問を務めていた荒川雅之(現・小豆島高)は惹き付けられた。香川県高松市にある屋島陸上競技場で2人は出会う。そこで荒川は「ノビノビとしたダ […]
「4位で“健闘”と言われるのは嫌です……」 温厚な青年が覗かせた勝ち気な一面。早稲田大学競走部の中村信一郎(4年)は、伝統校の襷を掛けるプライドをにじませた。早大はオリンピック選手を多数輩出している名門である。「東京箱根 […]
「毎試合、点を取れるような選手になりたい」 藤本佳希は明治大学体育会サッカー部に入り、守備意識は格段に高まったとはいえ、根っこの部分はやはりストライカーである。「ほかでは味わえないです。サッカー以外の何と比べても、それは […]
高校卒業後、藤本佳希は更なるレベルアップを目指し、故郷の愛媛を離れた。関東の強豪校・明治大学へと進むために上京したのだった。明大は、東京五輪銅メダルの立役者の杉山隆一、FKの名手として知られる“ミスターマリノス”木村和 […]
「“全国大会に絶対行きたい”との気持ちは半端なくありました。もし行けなかったら“一生後悔する”と思っていました」と藤本佳希(現・明治大)は高校時代を振り返る。中学では辿り着けなかった道へ、県内の強豪である済美高校に進むこ […]
明治大学体育会サッカー部に所属する藤本佳希のルーツを辿る時、避けては通れないのが小学生時代である。本格的にサッカーを始めたのは、彼の2年生時。そして6年生時には、“速くて強い”現在のプレースタイルに多大なる影響を与える […]
1921年創部の明治大学体育会サッカー部。今季は5名のJリーグ内定者を揃えるタレント集団において、大きな存在感を放つのが、FW藤本佳希(4年)である。94年の歴史を誇る伝統校で、背番号11を付けるストライカーは1日現在 […]
二宮: 今年の夏の甲子園は、四国勢が全て1回戦で敗退しました。昔に比べてレベルが落ちているように感じます。杉村: 最近、四国勢は弱いですね。四国の子は他の地域の子と比べて体が小さいという印象があります。他の地域をみると、 […]
二宮: 昔に比べ、カットボール、ツーシームと変化球も多彩になってきましたね。杉村: 最近は落ちるボールを投げるピッチャーがすごく増えてきましたね。これらのボールに145キロ以上の速球を組み合わせてくる。対応するためには、 […]
二宮: 主に3番を任された山田哲人選手はトリプルスリー(打率3割2分9厘、本塁打38、盗塁34)を達成しました。本塁打、盗塁、最高出塁率の3部門でリーグトップ。昨年の成績をさらに上回る活躍です。3番への起用がうまくハマっ […]
史上稀にみる大混戦のセ・リーグを制したのは、東京ヤクルトである。今季、14年ぶり7度目のリーグ優勝に輝いた。一昨年から2年連続で最下位に低迷していたチームを優勝に導いたのは、セ・リーグ随一の打撃力だろう。主軸である山田 […]
2012年冬、泉武志はオリンピックという夢を再び追いかける決意をした。背中を押す者もいれば、反対する者もいた。それでも彼は迷わなかった。東京から故郷の愛媛まで走って帰る中で、夢への想いは一層強くなった。帰郷した泉は母校・八幡浜工高を訪ねた。約9カ月のブランクを埋めるために選んだ場所は、競技を始めた原点だった。
2008年春、高校時代に目標としていた全国大会出場を叶えた泉武志は、日本一を目指し、日本体育大学に進学した。日体大といえば、レスリングにおいても1964年東京五輪男子グレコローマン・フライ級金の花原勉、76年モントリオール五輪男子フリースタイル52キロ級金の高田裕司ら数々のメダリスト、オリンピアンを輩出した名門中の名門である。しかし、泉に待っていたのは順風満帆な競技生活ではなかった。
泉武志(一宮グループ)は、愛媛県八幡浜市で食品卸業を営む一家の3人兄弟の末っ子として生まれ育った。父親に武士の志を持って欲しいと名付けられた子供は、わんぱくに成長していった。彼には、血の繋がった兄以外にも2人の“兄”がいる。近所に住む竹口家の2人兄弟だ。泉家と竹口家の子供たちは、よく5人で近くの公園で遅くまで遊んだ。“兄”たちを追いかけながら、負けん気の強い武志少年は大きくなっていった。しかし、年の離れた“兄”の背中は遠かった。