野村克也によれば、日本のプロ野球は「スペンサー以前」と「以後」に分けられるという。それくらい彼がもたらした本場の野球は斬新にして合理的だった。 野村の著書『プロ野球重大事件』(角川書店)から一例を引く。<打 […]
「99%大丈夫。しかし、今回の件で1%の不安が途轍もなく大きくなっている……」 そう告白したのは、野球・ソフトボールの五輪復活に向けて精力的に活動した、あるアマチュア球界の幹部だ。 周知のように先 […]
今季限りでユニホームを脱いだ山本昌(元中日)が32年間の現役生活で対戦した打者は、のべ1万3862人にのぼる。その中で、最も脅威を感じたのが北海道日本ハムの中田翔だという。「あれは彼がルーキーの時のこと。オープン戦で僕 […]
世界ランキング3位(当時)の南アフリカ相手に34対32。ラグビーW杯史上最大の番狂わせの立役者となったのが日本代表FB五郎丸歩だ。 2ゴール5PG1トライで計24得点。蹴る前の忍者のような仕草は […]
元Jリーガーにして車椅子バスケットボール元日本代表の京谷和幸が、車椅子バスケ日本代表ヘッドコーチの及川晋平から「手伝って欲しい」と頼まれたのは今年5月のことだ。 京谷は城西国際大学サッカー部の外部コーチも務 […]
14年ぶりのリーグ優勝を果たした東京ヤクルトの“縁の下の力持ち”は3人のリリーフピッチャーだった。 クローザーのトニー・バーネット、セットアッパーのローガン・オンドルセク、オーランド・ロマン――。 バーネッ […]
31人の“勇敢な桜の戦士”たちが、歴史を塗り替えた。先日のラグビーW杯イングランド大会で、日本代表は優勝候補の南アフリカから金星を挙げるなど、過去最高の3勝を挙げた。WTB山田章仁はサモア戦で1トライを挙げたほか、体を […]
かつては対立関係にあったゼップ・ブラッター国際サッカー連盟(FIFA)会長と、副会長で欧州サッカー連盟(UEFA)会長でもあるミシェル・プラティニ氏がともに倫理委員会から90日間の活動停止処分を受けた。 F […]
JOCは2020年東京五輪での目標を「世界3位」に置いている。 それを後押しするのが遠藤利明五輪担当相だ。「私は(金メダルを)30個取れと厳命している。取れなかったらクビになる人が出ると思っているが、そのくらいの気持ち […]
14年ぶりのリーグ優勝を果たした東京ヤクルトの犠打数104はリーグ最少だった。そのシンボルが打率3割3分6厘で、自身初の首位打者に輝いた川端慎吾である。 小技が求められる2番ながら、犠打はわずかに2つ。真中満監督は川端 […]
人気球団のゼネラルマネジャー(GM)ともなると、身にのしかかるプレッシャーは尋常ならざるものがあったに違いない。 阪神の中村勝広取締役GMが、去る9月23日、都内のホテルで急死した。享年66。東京ヤクルト、巨人との熾烈 […]
打者としての城島の才能を、工藤は誰よりも高く評価している。ネクスト・バッターズサークルでの素振りを一目見れば、どこが得意でどこが苦手かおおよそ察しがつくと公言してはばからない熟達のサウスポーが、こと城島の攻略法に話が及ぶと、歯切れが悪くなった。 「普通アウトコースに真っすぐを投げておけば、どんな見逃し方をするかで何を狙っているか大体わかるもの。しかし、城島の場合、そのボールを平気で見逃したからといって、同じボールを投げられるというバッターじゃない」
罪なき者、石を持て打て――。姦通の罪で捕まり、石打ちの刑に処されそうな女性を前に、イエスが口にした言葉だ。あなた方は皆、清廉潔白なのか。誰が彼女を裁けよう。新約聖書の有名な一節である。イエスの慈悲深さを象徴する言葉として […]
パラリンピックが下半身不随を意味するパラプレジア(paraplegia)とオリンピックの合成語であることは、今では広く知られている。
アスリートは大きく二つのタイプに分けられる。一つは自らが思い描くパフォーマンスができなくなったと判断した時点で潔く身を引くタイプ。そして、もう一つがボロボロになりながらも、自らの限界に挑戦しようとするタイプ。 [/url]
ぶっちぎりのV2だった。17日、福岡ソフトバンクがパ・リーグ過去最速での優勝を決めた。前任の秋山幸二から背番号と監督の座を引き継いだ工藤公康は、連覇を期待される重責の中、見事に任務を遂行してみせた。プレーヤーとしてセ・パ3球団を日本一に導いた“優勝請負人”は、指揮官としても勝負強さを発揮。現役時代の工藤はキャリア終盤、若手育成に尽力するなど、指導力にも定評があった。中でもメジャーリーガーにもなった捕手・城島健司との師弟関係はよく知られている。2000年の日本シリーズでの直接対決は名勝負のひとつ。2人の物語の一節を当時の原稿で振り返る。
コミッショナーが間違いを認め、正式に謝罪したことで「誤審」ではなく誤審になってしまった。
日本のプロ野球において、三冠王(打率、打点、本塁打)は過去に7人(王貞治とランディ・バースは2回、落合博満は3回)が達成しているが、盗塁王も含めた四冠王となると、ひとりもいない。 過去に三冠を獲ったバッターでも、その年の盗塁となると、1982年の落合博満の8個が最高である。 [/url]
オリンピック・パラリンピックの公式エンブレムは、その大会の精神を象徴するものでなければならない。まるで太陽のように力強い深紅の円の下に描かれた金色の五つの輪。日本のグラフィックデザイナーの草分けと言われる亀倉雄策氏が手がけた1964年東京大会のロゴである。シンプルゆえにそのメッセージの力は圧倒的だ。
柔道ルーツ国の日本にあっても、3大会連続でオリンピックを制した選手は野村忠宏しかいない。 言うまでもなくアトランタ、シドニー、アテネ男子60キロ級のチャンピオンである。 [/url]
ラグビー日本代表(ジャパン)はW杯では1991年のイングランド大会で1勝をあげて以来、2勝目が遠い。4年後に日本開催が迫る中、18日にイングランド大会が開幕する。12年4月から指揮を執るエディー・ジョーンズヘッドコーチ(HC)にとっては、集大成となる大会だ。これまでエディーに率いられたジャパンは、13年6月に強豪ウェールズ代表に初勝利し、同年11月からは日本歴代最多となるテストマッチ11連勝を飾った。世界ランキングも一時、史上最高の9位に上昇(現在は15位)するなど、目標に掲げる「W杯ベスト8」も決して夢ではない。指揮官のフィロソフィーにジャパンのHC就任直前の原稿で迫る。
プロ野球の世界において、球団と衝突してシーズン中に辞任した監督が後任人事に口を挟むことは、まずありえない。ところが、この御仁は良かれと思う人物を球団に推薦し、実際、そのとおりになったのだ。何とも不思議な話である。
巨人のV9は1965年から73年にかけてだ。すなわち今年は、V9がスタートしてから50周年にあたる。 「巨人、大鵬、卵焼き」という流行語でもわかるように、当時の子供たちの大半は巨人ファンだった。
パワーショットを売り物にする車いすテニスプレーヤー眞田卓にとって利き腕の肩にメスを入れることは大きな賭けだった。「できれば手術は避けた方がいい」。そう耳打ちする者もいた。
がんと闘ったプロレスラーは少なくない。新日本プロレスなどで活躍した西村修は1998年9月から、後腹膜腫瘍のため長期欠場を余儀なくされた。1年8カ月後に復帰し、現在は文京区の区議会職員を務めている。