ゼニのとれるショートである。プレーを見ているだけでワクワクする。それが福岡ソフトバンクの今宮健太だ。 強肩、俊足、しかも守備範囲が広い。バッターからすれば、彼の周辺は“アリ地獄”のように感じられるのではないか。
今年のプロ野球のドラフト会議では、育成選手も含め、計104名が指名を受けた。果たして、ダイヤモンドの原石たちは、プロの世界で輝けるのか――。各球団のスカウトたちの先見の明が問われる。プロ野球の名スカウトといえば、日本ハムで20年以上に渡り、選手を獲得してきた三沢今朝治(現BCリーグ信濃代表取締役社長)もそのひとりだ。ゴールデングラブ賞6度の島田誠、1988年の最多勝投手・松浦宏明らをスカウトした。その後、球団社長補佐として新庄剛志、稲葉篤紀の入団交渉に深く関わり、北海道に定着した現在のチームの礎を築いた。逸材発掘にかけた三沢の情熱を、23年前の原稿で振り返る。
一説によると人間の集中力は90分が限界らしい。4時間も待たされては、たまったものではない。 23日に行われたアジアパラ競技大会、車いすテニス男子シングルス決勝を制したのは世界ランキング1位の国枝慎吾だった。この優勝により国枝は2016年リオデジャネイロパラリンピックの出場権を獲得した。
成績が下降しているチームなら、大ナタを振るえばいい。新監督に求められる役割は簡単だ。 むしろ、カジ取りが難しいのは上げ潮ムードのチームを任されたケースだろう。前任者の路線を踏襲しながらも、自らの色を加えなければならない。ただ継承するだけなら新監督の意味はない。
長屋の前での父・一徹と息子・飛雄馬の熱のこもった“投球練習”は劇画『巨人の星』になくてはならないシーンである。1960年代から70年代にかけて、日本中のそこかしこでグラブの鳴る音が響き渡っていた。
オフのFA市場の最大の目玉はオリックスのエース金子千尋である。 今季16勝5敗、防御率1.98の好成績で、最多勝、最優秀防御率の2冠を獲得した。奪三振199もリーグ2位だ。
“神の左”再び炸裂なるか。22日、WBC世界バンタム級王者の山中慎介が7度目の防衛戦に挑む。山中は未だプロ23戦負けなし。29歳で王座を奪取し、遅咲きに分類されるが、32歳となった今も進化を遂げている。これまでの15KOを全て左で仕留めているため、その“神の左”にばかり注目が集まるが、抜群の距離感と華麗なステップワークこそ彼の隠れた武器である。2012年の初防衛戦では、リング上で闘牛士のように強敵を翻弄した。山中の冷静な試合運びを、当時の原稿で振り返ろう。
昨年10月、老衰のため93歳で亡くなった川上哲治は14年間の監督生活で「2度ばかり辞めようと思ったことがある」と生前、語っていた。
掛け値なしのモンスターだ。横綱・白鵬が千代の富士と並ぶ歴代2位となる通算31回目の優勝を果たして幕を閉じた大相撲秋場所、もうひとりの主役はザンバラ髪の21歳だった。 新入幕ながら1横綱(鶴竜)、2大関(稀勢の里、豪栄道)を倒し、13勝2敗の好成績で殊勲賞と敢闘賞に輝いた逸ノ城である。
スポーツマンシップに反すると言えば反するかもしれない。一方でプロなのだから、これくらいはありだろう、と思わないこともない。 試合前の西武球場に一瞬、緊張が走ったのは今から32年前、1982年10月9日のことだ。
名前の「鉄也」をもじったわけではないが、彼こそ文字どおりの「鉄人」である。 以下の記録を見ていただきたい。08年=67試合、09年=73、10年=73、11年=60、12年=72、13年=64、14年=60。7年連続で60試合以上に登板したピッチャーは、長い歴史を誇るプロ野球の中で、巨人のセットアッパー山口鉄也だけである。
メジャーリーグでも活躍した岩村明憲が東京ヤクルトから戦力外通告を受けた。本人は現役続行を希望しており、新たな所属先を探すことになる。日米5球団でプレーし、日本代表のWBC連覇(2006年、09年)にも貢献した岩村だが、多くの故障にも悩まされてきた。それでも彼はグラウンドに帰ってきた。特に03年の右手首骨折を期に野球観は一変したという。何事も苦しみが礎となる――。逆境に屈しない岩村の“何苦楚魂”を、10年前の原稿で触れてみよう。
横綱・白鵬が千代の富士と並ぶ歴代2位となる通算31回目の優勝を果たして幕を閉じた大相撲秋場所は、14回も「満員御礼」の垂れ幕が降りた。本場所で14回も満員御礼が出たのは17年ぶりのことだそうだ。
水難事故に遭う確率は水着の時よりも着衣の時のほうがはるかに高い。警察庁によると(平成25年調べ)事故発生状況は釣りや魚取りの最中が29・6%、通行中が13・9%、水泳中は10・1%だ。 ならば最初から着衣のまま泳ぎの練習をした方がいいのではないか。そのようにも思うが、体育の水泳の授業は原則として水着が基本である。
グランドスラム(全豪、全仏、全英、全米)でのシングルス制覇は、日本テニス界にとって悲願である。 全米オープン準決勝で世界ランキング11位(大会前時点)の錦織圭が同1位で5年連続決勝進出を狙ったノバク・ジョコビッチ(セルビア)を6−4、1−6、7−6、6−3で撃破した瞬間、多くの者がトロフィーを抱く錦織の姿を想像したはずである。かくいう私もそのひとりだった。
現在開催中のアジア競技大会(韓国・仁川)で、女子マラソンは10月2日に行われる。日本からは木崎良子(ダイハツ)と早川英里(TOTO)が出場予定だ。早川は32歳で初代表。今年になって自己ベストをマークするなど、遅咲きながら更なる成長が期待できるランナーだ。今年の名古屋ウィメンズマラソンで木崎に次ぐ4位に入り、日本人2位で代表権を獲得した。4月に新設されたマラソンナショナルチームにも選出され、2年後のリオデジャネイロ五輪代表も視野に入ってきている。学生時代は無名のランナーだった彼女がここまで走り続けている意義を、2005年の原稿で触れてみよう。
高齢化と人口減少は、この国が抱える最重要問題である。東京への一極集中が加速する中、とりわけ地方への影響は深刻だ。2040年には全国約1800市町村のうち、523の自治体で人口が1万人を割り、消滅の危機に見舞われるとの説もある。
かつて盗塁王と言えば、「足のスペシャリストたちの占有物」というのが相場だった。 NPBのアンタッチャブル・レコードとも言える通算1065盗塁の福本豊(阪急)は1970年から13年連続、計13度、通算596盗塁の広瀬叔功(南海)は1961年から5年連続、計5度、通算579盗塁の柴田勲(巨人)は計6度、このタイトルに輝いている。
誰が最初に口にしたのか定かではないが、テニスをして「ネットを挟んだボクシング」とは言い得て妙だ。サンプラスはライバルのアガシとの対戦について「ヘビー級のボクシングのようだ」と語ったことがある。
上位進出が期待されたブラジルW杯、日本代表はグループリーグで敗退してしまいました。 あと一歩のところでゴールを割れないシーンを見て「釜本邦茂がいればなぁ……」とつぶやいたオールドファンは少なくなかったのではないでしょうか。
2年後のリオデジャネイロ五輪へ再スタートの金メダルだ。8月にロシアで行われた柔道の世界選手権、男子73キロ級は2大会ぶりに中矢力が制した。2011年に初出場で世界選手権を制し、翌年のロンドン五輪に臨んだものの、結果は惜しくも銀メダル。昨年の世界選手権では準々決勝で敗れ、病院送りにさせられる屈辱を味わった。今大会、中矢は再び“世界一”に輝き、復活をアピールした。五輪の借りは五輪でしか返せない。中矢が初めて“世界一”となった際の秘話を、2年前の原稿で振り返ろう。
「あの夜の甲子園は星がよく見えました。お月様も出ていました。もう、あの場面は祈るしかないですからね。きっと女房が味方してくれたんでしょう」。昨日、胆管がんのため67歳で死去した愛媛・済美高監督の上甲正典が、やわらかな笑みを浮かべて語ったのは今から10年前のことだ。
「小さな大打者」と言えば、通算2173安打の若松勉(元ヤクルト)とともに水島新司の漫画「あぶさん」の主人公・景浦安武のモデルとなった永淵洋三の名が真っ先に頭に浮かぶ。 身長168センチの小柄ながら、近鉄時代の1969年には打率3割3分3厘で東映の張本勲と首位打者を分け合った。なお、162安打はこの年のパ・リーグの最多安打だった。 パワーもあった。69年には20本、72年には22本と2度、20本以上のホームランをマークしている。
今夏の甲子園、準決勝で優勝した大阪桐蔭に力負けしたものの、5試合で 58得点を挙げた福井代表・敦賀気比の打棒には恐れ入った。猛打の秘密は、 12月前から2月にかけての一日千本の素振りにあるという。千日ならぬ百日の行だ。しかも6秒刻みでバットを振り続けたというのだから、その過酷さたるや尋常ではない。トレーニングというよりも鍛錬といった趣だ。
パ・リーグの?争いは福岡ソフトバンクとオリックスの“2強”に絞られた観がある。 開幕前から下馬評の高かったソフトバンクは当然として、オリックスのここまでの奮闘を予想した評論家は少なかったのではないか。