一気に“父”を超えられるか。大相撲初場所で横綱・白鵬の幕内優勝最多記録の更新が懸かっている。先の九州場所では32回目の賜杯を手にし、“角界の父”と慕う大横綱・大鵬の記録に並んだ。大鵬といえば、約10年もの間、角界の頂点に立ち続け、昭和の時代を彩った象徴的存在である。V9を達成した巨人とともに、子供たちの好きなものの代表として「巨人・大鵬・卵焼き」と称されるほど、抜群の人気を誇った。名横綱の圧倒的な強さがうかがえるエピソードを、2005年の原稿で振り返る。
〽虹の地平をあゆみ出て〜。札幌の街に足を踏み入れると、条件反射のようにトワ・エ・モアの「虹と雪のバラード」を口ずさんでしまうのは、もちろん1972年に開催されたアジア初の冬季五輪・札幌大会の影響によるものである。
「当然、今回も(総合優勝を)狙いに行くんですけど、実際のピークは次なんですよ。今回はプレッシャーが少ない中で、勝てればいいなと……」 箱根駅伝の3週間前、青山学院大学陸上競技部の原晋監督は東京・町田の合宿所で、そう語った。 総合優勝を狙えるだけの力は身に付けた。しかし、まだウチが本命だと言い切れるだけの自信はない――。そんなニュアンスだった。
サンフランシスコを本拠地としたフジアスレチックスは米国における日系人初の野球チームと言われている。このチームは強く、ゲームが終わりに近付くと、すぐ球場から逃げ出せるようにと用具類など荷物をまとめてベンチの隅に置くのを常とした。なぜなら、負けたチームが腹いせとばかりに襲いかかってくることがままあったらからである。日系人への偏見が、その背景にはあった。
最速157キロを誇る、東北楽天のドラフト1位ルーキー安樂智大の背番号が「20」に決まった。 当初、本人は田中将大(ヤンキース)が2013年まで背負っていたエースナンバーの「18」を希望していたが、これは球団から却下された。
それで驚いていてはいけない。実は、彼は最大の武器を封印しているのである。 スプリング・トレーニング(春季キャンプ)で、経験豊富なコーチ陣をして「おまえ、そのボールいつ覚えたんだ?」と仰天せしめたD難度のボールである。
放言癖で知られる麻生太郎財務大臣だが、これは珍しく正論である。「オリンピックの種目になるのに税金がかかるのはいかがか」。政府・与党内で検討していたゴルフ場利用税の廃止が、またもや見送られた。
10年も離れて暮らしていれば、空白の時間を埋めるのは容易ではない。元よりこの2人は、人生観も違えば、金銭感覚も異なるのだ。どうすれば元の鞘に収まるのか。 仲違いしたどこかの夫婦のことを言っているのではない。世間を騒がせているbjリーグとNBLのことだ。片や地域密着を理念とするプロリーグ。片や社威発揚、福利厚生を前提とする実業団が主流のリーグ。どこまで行っても水と油の関係だ。
「カープは“たる募金”から生まれた市民球団。そんなファンの善意が実って選ばれた賞。ただの流行ではなく、これからも続いていく。来年は絶対に優勝したい」 広島カープを熱烈に応援する女性ファンを表す「カープ女子」が、その年、話題になった言葉に贈られる「ユーキャン新語・流行語大賞」年間トップ10に選ばれた。 先のセリフは、授賞式での広島県出身のモデル大井智保子から発せられたものだ。
“平成の怪物”が9年ぶりに日本に戻ってくる。松坂大輔が福岡ソフトバンクに入団した。松坂は1999年にドラフト1位でプロ入り。高卒1年目から最多勝、新人王、ベストナイン、ゴールデングラブ賞と数々のタイトルを獲得した。以降も日本代表でWBC連覇に貢献するなど日本のナンバーワンピッチャーとして君臨し続けた。近年は右ヒジの故障で目立った成績を残せていないが、福岡の地で復活を目指す。ルーキー時代の原稿で“怪物”の凄みに改めて迫る。
10周年記念式典の席で、独立リーグの四国アイランドリーグplusが新構想を披露した。来年6月から7月にかけて、リーグ選抜チームを結成して北米をテリトリーとする独立リーグ「キャンナムリーグ」と、米国の「アトランティックリーグ」に参戦するというのだ。
高校通算73本塁打の巨人ドラフト1位・岡本和真(奈良・智弁学園)の背番号が「38」に決定した。 レジェンド長嶋茂雄の「3」と現監督・原辰徳の「8」を組み合わせた数字だ。
転移性肝ガンによる肝不全のため、81歳で他界した俳優・菅原文太がパーソナリティーを務めるラジオ番組に呼ばれたのは4年前のことだ。恥ずかしいことに憧れの大スターを前に何を話したか、さっぱり覚えていない。
彼女こそは「氷上のアクトレス」と呼ぶにふさわしいアスリートだった。 2002年ソルトレイクシティ大会5位、06年トリノ大会4位と五輪2大会連続入賞を果たしたフィギュアスケートの村主章枝が引退を表明した。
マラソンの季節がやってきた。福岡国際マラソンは7日正午に号砲が鳴る。来年の世界選手権(北京)日本代表選考会を兼ねており、中本健太郎(安川電機)、藤原正和(ホンダ)ら国内の有力ランナーが出場する。70年近い歴史を持つ福岡国際マラソンは、これまで多くの名勝負やニューヒーローを生んできた。中でも1987年の第41回大会はソウル五輪の代表選考会として注目を集め、中山竹通は独走優勝を果たし、出場権を手にした。“反骨のランナー”呼ばれた彼のキャラクターを、14年前の原稿で振り返ろう。
広島カープを熱烈に応援する女性ファンを表す「カープ女子」が、その年、話題になった言葉に贈られる「ユーキャン新語・流行語大賞」年間トップ10に選ばれた。 授賞式の挨拶で広島県出身のモデル大井智保子は「カープは“たる募金”から生まれた市民球団。そんなファンの善意が実って選ばれた賞。ただの流行ではなく、これからも続いていく。来年は絶対に優勝したい」と語っていた。
相思相愛の関係と見ていいだろう。東京ヤクルトからFA宣言した相川亮二の巨人移籍が決定した。 巨人では来季、正捕手の阿部慎之助の一塁手コンバートが決まっており、その穴埋めとして即戦力の捕手を探していた。
来季から指揮を執る5人の新監督の中に、外野手出身者が2人いる。広島の緒方孝市と東京ヤクルトの真中満だ。4年目を迎える北海道日本ハムの栗山英樹を合わせると、外野手出身者は3人になる。
ニュージーランドの先住民族マオリ族の血を引く選手たちで構成されるラグビーチームを「マオリ・オールブラックス」と呼ぶ。世界6、7番目の実力を誇るといわれている。世界ランキング11位(試合前)の日本代表からすれば、間違いなく格上の相手だ。 このマオリ・オールブラックスをあと一歩のところまで追いつめたのだからエディー・ジャパンの進境は著しい。来年のイングランドW杯、そして5年後の日本W杯が楽しみになってきた。
JBCが、それまで未公認だったWBO、IBFを承認し、加盟したのは昨年4月のことである。これにより、日本もWBA、WBCと合わせて“4団体時代”に突入した。既にIBFでは高山勝成、亀田大毅、WBOでは亀田和毅が世界王座に就いている。
プロ野球が2リーグに分立して以降、日本一を3回以上達成した監督は川上哲治(11回)、森祇晶(6回)、水原茂(5回)、三原脩(4回)、広岡達朗、野村克也、上田利治、原辰徳(3回)と8人いる。
元メジャーリーガーの建山義紀が現役引退を表明した。今季は途中から阪神に入団したものの、登板はわずかに8試合。ポストシーズンのロースター入りを果たせなかったことで、選手生活の幕引きを決断した。右サイドハンドの建山はドラフト2位で1999年に日本ハムに入団。主に中継ぎとして、2007年の日本一に貢献した。11年には米国に渡り、レンジャーズでリーグ優勝を経験している。日米で活躍したリリーバーとしての誇りを、2年前の原稿で見てみよう。
社会人野球の二大タイトルは夏の都市対抗と、秋の日本選手権である。2005年創部のセガサミーは、これまで都市対抗に7回出場しているが、最高の成績は2回戦(08年、09年、12年)。初戦負けが4回もある。日本選手権は過去2回の出場で、いずれも初戦負け。今年の日本選手権も戦前の評価は高くなかった。
バレーボールの全日本男子がオリンピックで金メダルを獲ったのは1972年のミュンヘン大会だから、今から42年前のことである。 64年の東京大会で銅、68年のメキシコ大会で銀と着実に力をつけ、ついに表彰台の真ん中に立ったのだ。
福岡ソフトバンクの3年ぶりの日本一で幕を閉じた日本シリーズ。チームに流れを引き寄せたのは2戦目に先発した武田翔太だった。放物線を描くように落ちるカーブを武器に6回2死までひとりの走者も許さなかった。 阪神打線は3戦目以降も武田のカーブの残像に悩まされる。5安打(3戦)、4安打(4戦)、5安打(5戦)。狂った歯車は最後まで戻らなかった。