「日本の球界は現場の指導者に冷たいところがあるので、(殿堂入りは)私には無縁なものと思っていた。手元から巣立っていった選手たちが、球界と社会に貢献したことが認められたのだと思う。こんな名誉なことはありません」 今年1月、特別表彰として殿堂入りを果たした元野球日本代表監督の松永怜一(76)は一言居士らしく皮肉を交えてそう語った。
成果主義という観点で考えれば、ほぼ満点に近い。一軍投手コーチ就任1年目(2006年)のチーム防御率が3.05(リーグ1位)。2年目の今季が3.22(リーグ2位)。しかもチームは2年連続リーグ優勝。投手コーチとしては、およそ考えられる最高の結果を残したと言えるだろう。
来季の巨人の隠し玉なのか、それともでくの坊なのか? 最速100マイル(約161キロ)を誇るという身長201センチ、体重100キロの大男アンディ・シビーロ(31)が巨人の入団テストを受けるため宮崎キャンプに合流した。 シビーロは今季所属していたメキシカンリーグのティファナではクローザーとして30試合に登板、4勝1敗13セーブ、防御率1.83の好成績を残している。
日本シリーズ初戦で北海道日本ハムのダルビッシュ有が中日からシリーズ最多タイの13三振を奪った。先発全員からの奪三振はシリーズ初という快挙。 私が注目したのは13奪三振の内訳。このうちの12個が空振りで、見逃しは、わずかにひとつ。 これは何を意味しているのか。ダルビッシュのボールは「打てそうで打てないボール」ということである。
メジャーリーグのポストシーズンゲームにおいて、日本人初の勝利投手となり、ワールドシリーズ出場を決めたレッドソックスの松坂大輔がこう語った。 「野茂さんの試合結果はネットで確認しました。すべてがすごい。僕なんてまだまだ及びませんよ」
北海道日本ハムのGM・高田繁氏の東京ヤクルト監督就任が決定的になった。現場の指揮を執るのは20年ぶりだ。 思い出すのが故根本陸夫氏の例だ。根本氏は西武の実質的なGMとして黄金期を築き上げた。その根本氏が福岡ダイエー(現福岡ソフトバンク)の監督に就任した時には驚いた。
それはひとつの時代の終わりを告げる象徴的なシーンだった。 さる10月7日、本拠地・神宮球場で東京ヤクルトの古田敦也兼任監督が現役に別れを告げた。試合後、古田は、まるで優勝監督のように5度も宙を舞った。 対戦相手の広島マーティ・ブラウン監督は、古田の最後の打席で、粋な演出をした。同期入団で、同じく今季限りでユニホームを脱ぐ佐々岡真司をマウンドに送ったのだ。
昨季は勢いに乗ったという面もあったが、今季は横綱相撲での優勝だったな。北海道日本ハムファイターズが球団史上初の2年連続リーグ優勝を達成した。MVPは15勝5敗、防御率1.82(10月2日現在)のダルビッシュ有が確実視されている。
自らのことを「闘う政治家」と言っておきながら、国会の代表質問前に辞任し、病院に逃げ込んだ。これが戦場なら「敵前逃亡」である。安倍晋三前首相のことだ。 旧知の自衛隊OBの軍事評論家が手厳しい口調でこう言った。 「敵前逃亡は、軍隊なら銃殺。ましてリーダーの敵前逃亡なんて聞いたことがない。もっと芯のしっかりした人物だと思っていたが、もうがっかりだ」
「田尾(安志)や牛島(和彦)のような1度も指導者としてユニフォームを着たことがない者を理論派と呼ぶのはむずかしい」 かつて楽天・野村克也監督はこう語ったという。
プロ野球の世界には、いわゆる“当たり年”というものがある。 古くは“江川世代”。高校時代から“怪物”の異名をほしいままにした江川卓を筆頭に、掛布雅之、山倉和博、達川光男、大野豊、袴田英利らがプロ野球でも大活躍した。 近年では“松坂世代”か。
1990年代から2000年代にかけて、日本プロ野球には3人の「天才打者」がいた。イチロー(マリナーズ)と松井秀喜(ヤンキース)、そして1日に球界史上36人目の2000本安打を達成した前田智徳(広島)だ。
終戦の日、たまたま私は広島市民球場で広島対巨人17回戦をゲスト解説していた。 7回表、1対1と同点の場面。巨人は代打・清水隆行の送りバントが決まり一死二、三塁。 ここで三塁ベースコーチの伊原春樹は、三塁走者の李承に「敬遠もあるぞ」と告げた。一塁ベースコーチの西岡良洋もボールから目を切っていた。
ジャイアンツのバリー・ボンズが日本時間8月8日、通算756本塁打を記録し、ハンク・アーロンが保持していたメジャーリーグ通算最多本塁打記録を31年ぶりに更新した。 記念すべきインタビューでボンズは興味深いことを言った。 「父がよく言っていた言葉を思い出した。重心を後ろに乗せろ、と言っていたのをね」
カープの前田智徳が8月12日、プロ野球史上31人目の通算1000打点を達成した。 「2000本安打を達成した方(35人)より(1000打点を達成した方のほうが)少ないので驚いた。ありがとうの気持ちでいっぱいです。チャンスをくれた皆さんに感謝したい」 無口な男が珍しく表情をほころばせて答えた。
44歳の工藤公康(横浜)が7月24日、古巣の巨人から勝ち星をあげ、プロ野球6人目の全球団勝利を達成した。 その工藤よりも一足先に全球団勝利を達成していたのが42歳の吉井理人(千葉ロッテ)である。
「日本経済新聞」朝刊の名物コラム「私の履歴書」で読売巨人軍終身名誉監督・長嶋茂雄氏の連載が始まったのは7月1日のことだ。 選手、監督時代を通じて劇的なエピソードには事欠かない長嶋氏だが、最大のハイライトシーンは1980年オフの「解任」事件である。
レッドソックスの松坂大輔には及ばないが、移籍金2600万ドル(約30億円)、年俸総額2千万ドル(約23億6千万円=5年)ながら7月17日(現地時間)現在、10試合に登板して2勝2敗、防御率6.97。ヤンキースの井川慶が苦しんでいる。
37歳の斎藤隆(ドジャース)と31歳の岡島秀樹(レッドソックス)がミッドサマー・クラシック――米オールスターメンバーに選出された。 岡島は登板機会に恵まれなかったが、斎藤は1回を三者凡退に封じた。気合が乗っていたのか、MAXは96マイル(約155キロ)を計測した。その投球はとても37歳には見えなかった。
クローザー永川勝浩の1軍登録抹消(12日に再登録)とともに、広島カープのクライマックス・シリーズ出場の可能性も消えてしまったように感じられる。 7月1日の巨人戦、永川は6−4と2点リードの9回表、クローザーとしてマウンドに上がった。ところが、味方のエラーでリズムを崩し、一挙に5点も奪われてしまう。“ガラスの抑え”を象徴するようなシーンだった。
球団創設初年度の勝率は打率程度の2割8分1厘。2年目は3割5分6厘。「パ・リーグのお荷物」と呼ばれていた楽天が今季は大健闘だ。7月1日現在、31勝39敗2分、勝率4割4分3厘で4位西武から3.5ゲーム差の5位。クライマックスシリーズ(3位以内)出場も夢ではない。
広島カープは5勝18敗1分の戦績で交流戦最下位に終わった。交流戦開幕前は3位につけていたが、交流戦で13も負け越したことにより、現在(6月28日)は3位と8.5ゲーム差の5位。クライマックスシリーズに出場するためには3位以内を確保しなければならないが、きわめて厳しい状況になってきた。
パイレーツの桑田真澄が6月14日(日本時間15日)、ホームでのレンジャーズ戦に登板し、負け試合ながら9回の1イニングを三者凡退に切ってとった。 11球中「レインボール」と名付けたカーブを4球も投げた。カーブは桑田がメジャーリーグで生き残るための生命線だろう。
誰が38歳の爆発を予測できただろう。 6月13日現在、25本塁打、57打点でパ・リーグの2冠王。長打率にいたっては7割3分3厘と驚異的な数字である。 楽天のベテラン、山崎武司のバットが火を噴き続けている。
人事はバランスが大事である。生え抜き、FA(フリーエージェント)組、外国人、ルーキー、トレード組――出自の違う選手たちがそれぞれの分野で活躍しているのが今季の巨人である。