野球は数字のスポーツだ。試合を観なくても、いくつかの数字を提示してもらえれば、その選手がどういうタイプか、おおよその見当はつく。 近年、米メジャーリーグにおいて「クオリティ・スタート」(QS)という野球用語が、先発投手の安定度をはかる数字として重要視されている。
2年前のオフ、FAで阪神に移籍した新井貴浩の人的補償として広島にやってきた時、まさか彼が3番を打つことになろうとは誰も予測しなかったに違いない。 5月24日の埼玉西武戦から、赤松真人が広島の3番に座っている。貧打の広島にとっては窮余の一策だ。 3番に座ってからの赤松の打撃成績は30打数9安打の3割、1本塁打、5打点(6月4日現在)。よくやっている方だ。
ここまで打ちまくれば、もはや「春の椿事」と一笑に付すことはできまい。 5月10日現在、115打数43安打、打率3割7分4厘。巨人の坂本勇人が当たるを幸いとばかりに打ちまくっている。
メジャーリーグ、ナショナル・リーグ西地区で首位を快走するドジャースの指揮官、ジョー・トーリといえばメジャーリーグを代表する名将だ。 ヤンキース時代、4度の「世界一」と6度のリーグ制覇を成し遂げている。 1998年から00年にかけての3連覇は今も記憶に新しい。ポストシーズンゲームでは98年=11勝2敗、99年=11勝1敗、00年=11勝5敗と圧倒的な強さを誇った。
4月18日の東京ヤクルト対広島戦、好投のマエケンこと前田健太は、ヤクルト宮本慎也に1発を浴びただけで敗戦投手になった。7回を、わずか5安打におさえたにもかかわらず……。
WBCで連覇を果たした侍ジャパン。侍大将の原辰徳監督を総合コーチとして支えたのが元西武監督の伊東勤である。 伊東といえばキャッチャーとして8度の日本一を誇る名捕手である。監督としても2004年に日本一を達成した。
上原浩治(オリオールズ)に続き、川上憲伸(ブレーブス)もメジャーリーグデビューを白星で飾った。 二人ともコントロールがいいから大崩れしない。今後もローテーションの柱としての期待が持てる。
メジャーリーグで日本人初の開幕4番を務めたヤンキースの松井秀喜が高らかに復活を告げる開幕アーチを放った。
ノーコンと聞けば、真っ先に思い浮かぶのが一場靖弘だ。ストライクが入らない。四球で塁上を埋め、ストライクを取りにいったところを狙い打ちされる。4年間、その繰り返しだった。「再生工場」の異名をとる東北楽天・野村克也監督も、こと一場に関してはお手上げだった。
イチローの劇的なタイムリーで2連覇を達成した侍ジャパン。韓国との決勝戦の平均視聴率は関東地区で36.4%、関西地区で36.5%だった。日本人はいかに野球が好きかということを改めて証明した形だ。
ゆっくり投げているように見えるが、ボールはバッターの手元でビュッと伸びているようだ。好投手の証拠である。 初戦の鵡川(北海道)戦で152キロをマークした花巻東(岩手)の大型サウスポー菊池雄星の評価がうなぎ上りだ。故障でもしない限り、今秋のドラフトで1位指名を受けるのは、ほぼ間違いあるまい。
いつだったか、東北楽天・野村克也監督が懐かしそうな口ぶりでこう語ったことがあった。
「春の椿事」といったら怒られるだろうか。 目下(3月16日現在)、打率4割6分9厘、4本塁打、12打点でオープン戦の3冠王。中日の藤井淳志が当たるを幸いとばかりに打ちまくっている。
1980年代から90年代にかけて、最強のプロ野球チームは西武だった。8度の日本一と13度のリーグ優勝を達成している。西武王朝を築き上げたのは森祇晶だ。チームを6度の日本一と8度のリーグ優勝に導いた。
レッドワーブラーズの出身と聞いて、すぐに「あそこか」とわかる人は、余程の野球ファンである。大概の人は「どこ、それ? アメリカの独立リーグ?」と戸惑うのではないか。
「無視します。そんなのは勝手にボールにすればいい」 これはもう審判団への宣戦布告と言ってもいいだろう。
大物ルーキー大田泰示(巨人)の紅白戦デビューをキャンプ地の宮崎で見た。 周知のように結果は3打数無安打2三振。第3打席は下手投げの会田有志の前に全て見逃しの3球三振に仕留められた。
3月に開催されるWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)にビデオ判定が導入されることになった。ホームランに限っての判定だが歓迎したい。
中日・落合博満監督は投手にしろ野手にしろ即戦力を好む。昨オフのドラフトでも社会人野球で活躍する野本圭(日本通運)を1位指名した。 落合がプロ入りしたのは26歳の時だ。社会人野球(東芝府中)時代は全日本の4番を打っていた。 レギュラーを掴んだのは3年目。打率3割2分6厘で自身初の首位打者を獲得した。ホームランは33本。打点90。三冠王に輝くのは、その翌年のことだ。
千葉ロッテマリーンズの“顔”だったボビー・バレンタイン監督が今季限りでチームを去る。 先頃、千葉ロッテの瀬戸山隆三球団社長が明らかにしたもので2010年以降は契約を更新しないという。 ボビーは2005年にチームを31年ぶりの日本一に導き、ファン獲得にも貢献したと自負していただけに、この通告にはショックを受けた様子。
「(監督として)日本一になった経験もあるし、人間的にも申し分ない」 巨人・原辰徳監督が第2回WBC日本代表監督に就任する前、王貞治コミッショナー特別顧問が代表監督に推薦していたのが、先頃、野球殿堂入りを果たした若松勉だった。若松はヤクルト監督時代の2001年、日本一を達成している。
去就が注目されていた横浜ベイスターズのエース三浦大輔の横浜残留が決定した。 三浦が奈良の出身ということもあって、地元の阪神タイガースが猛アタックをかけていたが、結局は元のサヤにおさまった。 「高校時代(奈良・高田商)も打倒天理や打倒智弁学園で甲子園に出たいと思ってやっていた。(横浜は)今年優勝から一番遠い位置だった。三浦大輔の原点に戻ってもう一度強いチームとやって勝ちたい」 残留記者会見の席で、三浦はこう語った。
中日からFA宣言していた中村紀洋の東北楽天入りが決まった。 入団発表の記者会見で、中村は「クライマックスシリーズに出場し、優勝して野村監督を胴上げしたい」と語った。
NHKが先頃放送した「プロ魂〜王監督のメッセージ」という番組は、本人自らの言葉や関係者の証言を通して王貞治という人物の内面に迫る、見応えのある番組だった。 巨人V9時代の同僚で、王より6つ年上の国松彰がこんな証言をしていた。
韓国の三星ライオンズが2009シーズン、前中日作戦兼外野守備走塁コーチの長嶋清幸を打撃コーチとして迎えることになった。 三星はこの3年間、打撃不振に悩まされてきた。06年は2年連続で韓国王者になったにもかかわらず、チーム打率は2割5分5厘と低迷した。