プロ野球
日本シリーズ初戦で北海道日本ハムのダルビッシュ有が中日からシリーズ最多タイの13三振を奪った。先発全員からの奪三振はシリーズ初という快挙。 私が注目したのは13奪三振の内訳。このうちの12個が空振りで、見逃しは、わずかにひとつ。 これは何を意味しているのか。ダルビッシュのボールは「打てそうで打てないボール」ということである。
それは、滋味あふれる光景であった。場所は札幌ドームの3塁側ベンチ(この球場は3塁側がホームチームなんだそうですね)。 ベンチに深々と座った北海道日本ハムの平野謙コーチが、まだ試合中だというのに満面の笑みを浮かべて何やら話している。左腕を相手の肩にまわして、抱きかかえるようにして。 肩を抱かれているのはダルビッシュ有である。平野コーチは、天井を向いたり、何やら指さしたりしながら、実に表情豊かに話し続ける。ダルビッシュは、うん、うん、と何度もうなづく。平野コーチは、ついには歯をむき出して大笑いした――。
メジャーリーグのポストシーズンゲームにおいて、日本人初の勝利投手となり、ワールドシリーズ出場を決めたレッドソックスの松坂大輔がこう語った。 「野茂さんの試合結果はネットで確認しました。すべてがすごい。僕なんてまだまだ及びませんよ」
クライマックスシリーズが終了し、いよいよ27日からは日本シリーズが開幕します。パ・リーグからは球団史上初の2年連続リーグ優勝を果たした北海道日本ハム。そして、セ・リーグはレギュラーシーズン2位ながらもクライマックスシリーズで第1ステージ、第2ステージともに全勝と短期決戦での強さを見せた中日。奇しくも、昨年と同じ対戦カードとなりました。
北海道日本ハムのGM・高田繁氏の東京ヤクルト監督就任が決定的になった。現場の指揮を執るのは20年ぶりだ。 思い出すのが故根本陸夫氏の例だ。根本氏は西武の実質的なGMとして黄金期を築き上げた。その根本氏が福岡ダイエー(現福岡ソフトバンク)の監督に就任した時には驚いた。
それはひとつの時代の終わりを告げる象徴的なシーンだった。 さる10月7日、本拠地・神宮球場で東京ヤクルトの古田敦也兼任監督が現役に別れを告げた。試合後、古田は、まるで優勝監督のように5度も宙を舞った。 対戦相手の広島マーティ・ブラウン監督は、古田の最後の打席で、粋な演出をした。同期入団で、同じく今季限りでユニホームを脱ぐ佐々岡真司をマウンドに送ったのだ。
昨季は勢いに乗ったという面もあったが、今季は横綱相撲での優勝だったな。北海道日本ハムファイターズが球団史上初の2年連続リーグ優勝を達成した。MVPは15勝5敗、防御率1.82(10月2日現在)のダルビッシュ有が確実視されている。
あれは、9月の日曜日の夕方だっただろうか、近所の公園で久しぶりにシャドウピッチングの真似事などをしていると、サッカーボールを蹴っていたはずの小学生らしい男の子たちが、いつの間にか言い争いを始めている。
自らのことを「闘う政治家」と言っておきながら、国会の代表質問前に辞任し、病院に逃げ込んだ。これが戦場なら「敵前逃亡」である。安倍晋三前首相のことだ。 旧知の自衛隊OBの軍事評論家が手厳しい口調でこう言った。 「敵前逃亡は、軍隊なら銃殺。ましてリーダーの敵前逃亡なんて聞いたことがない。もっと芯のしっかりした人物だと思っていたが、もうがっかりだ」
「田尾(安志)や牛島(和彦)のような1度も指導者としてユニフォームを着たことがない者を理論派と呼ぶのはむずかしい」 かつて楽天・野村克也監督はこう語ったという。
日本のプロ野球同様、メジャーリーグもレギュラーシーズンは残すところあとわずかとなり、最後の熾烈な争いが繰り広げられています。そんな中、アメリカン・リーグでは22日(現地時間)、ボストン・レッドソックスがタンパベイ・デビルレイズに逆転勝ちし、2年ぶりのプレーオフ進出を決めました。当然、日本でも注目されることでしょう。
プロ野球の世界には、いわゆる“当たり年”というものがある。 古くは“江川世代”。高校時代から“怪物”の異名をほしいままにした江川卓を筆頭に、掛布雅之、山倉和博、達川光男、大野豊、袴田英利らがプロ野球でも大活躍した。 近年では“松坂世代”か。
1990年代から2000年代にかけて、日本プロ野球には3人の「天才打者」がいた。イチロー(マリナーズ)と松井秀喜(ヤンキース)、そして1日に球界史上36人目の2000本安打を達成した前田智徳(広島)だ。
「老大はたいした奴だった」 「天をたたきかえしたよな」 「でも、勝ったのは誰だよ」 「老大にとっちゃそんなこと、もう問題じゃない。やることはやったんだから」 ――「柿たち」より
終戦の日、たまたま私は広島市民球場で広島対巨人17回戦をゲスト解説していた。 7回表、1対1と同点の場面。巨人は代打・清水隆行の送りバントが決まり一死二、三塁。 ここで三塁ベースコーチの伊原春樹は、三塁走者の李承に「敬遠もあるぞ」と告げた。一塁ベースコーチの西岡良洋もボールから目を切っていた。
ジャイアンツのバリー・ボンズが日本時間8月8日、通算756本塁打を記録し、ハンク・アーロンが保持していたメジャーリーグ通算最多本塁打記録を31年ぶりに更新した。 記念すべきインタビューでボンズは興味深いことを言った。 「父がよく言っていた言葉を思い出した。重心を後ろに乗せろ、と言っていたのをね」
現在、パ・リーグは北海道日本ハムと千葉ロッテ、そして福岡ソフトバンクが首位を争っています。なかでも日本ハムは8月に8連勝するなど、昨年と同じような勢いが感じられ、優勝候補の筆頭に挙げられます。
カープの前田智徳が8月12日、プロ野球史上31人目の通算1000打点を達成した。 「2000本安打を達成した方(35人)より(1000打点を達成した方のほうが)少ないので驚いた。ありがとうの気持ちでいっぱいです。チャンスをくれた皆さんに感謝したい」 無口な男が珍しく表情をほころばせて答えた。
44歳の工藤公康(横浜)が7月24日、古巣の巨人から勝ち星をあげ、プロ野球6人目の全球団勝利を達成した。 その工藤よりも一足先に全球団勝利を達成していたのが42歳の吉井理人(千葉ロッテ)である。
「日本経済新聞」朝刊の名物コラム「私の履歴書」で読売巨人軍終身名誉監督・長嶋茂雄氏の連載が始まったのは7月1日のことだ。 選手、監督時代を通じて劇的なエピソードには事欠かない長嶋氏だが、最大のハイライトシーンは1980年オフの「解任」事件である。
タイロン・ウッズは藤川球児を打てませんでしたね。7月26日の阪神−中日戦。3−2と阪神1点リードで迎えた8回裏、久保田智之が2死満塁まで攻め立てられて、打席にはこの時点でのホームラン王・ウッズ。ここで救援した藤川は、アウトローにストレートを投げ込んで、ものの見事に三振に仕留めた。
レッドソックスの松坂大輔には及ばないが、移籍金2600万ドル(約30億円)、年俸総額2千万ドル(約23億6千万円=5年)ながら7月17日(現地時間)現在、10試合に登板して2勝2敗、防御率6.97。ヤンキースの井川慶が苦しんでいる。
“夢の球宴”、オールスターも終わり、プロ野球は24日からは後半戦に突入しました。今季はセ・パ両リーグともにダンゴ状態が続いており、どちらも最後まで目が離せそうにありません。特にセ・リーグは最後の最後に大どんでん返しが待っているかもしれません。
37歳の斎藤隆(ドジャース)と31歳の岡島秀樹(レッドソックス)がミッドサマー・クラシック――米オールスターメンバーに選出された。 岡島は登板機会に恵まれなかったが、斎藤は1回を三者凡退に封じた。気合が乗っていたのか、MAXは96マイル(約155キロ)を計測した。その投球はとても37歳には見えなかった。
クローザー永川勝浩の1軍登録抹消(12日に再登録)とともに、広島カープのクライマックス・シリーズ出場の可能性も消えてしまったように感じられる。 7月1日の巨人戦、永川は6−4と2点リードの9回表、クローザーとしてマウンドに上がった。ところが、味方のエラーでリズムを崩し、一挙に5点も奪われてしまう。“ガラスの抑え”を象徴するようなシーンだった。