プロ野球
四国アイランドリーグ(今季から四国・九州アイランドリーグ)は昨秋の大学生・社会人ドラフトで三輪正義(香川オリーブガイナーズ−東京ヤクルト)をはじめ、過去最多の6選手をNPB(日本プロ野球組織)に送り出した。 これで同リーグ出身のNPBプレーヤーは11名。NTT西日本やトヨタ自動車などの9名を上回り、社会人の出身母体としてはNPB最大勢力となった。
オープン戦初戦の初打席で大ホームラン、というまたまたド派手な話題を提供してくれた北海道日本ハムのルーキー中田翔(3月1日、横浜戦)。今や日本一のスーパースターといっても過言ではないですね。
松坂は松坂でも、こちらはダイスケではなくケンタだ。 中日にFA移籍した和田一浩の後釜として西武・渡辺久信監督が最も期待を寄せているのがプロ5年目の松坂健太である。
昨季、埼玉西武ライオンズは26年ぶりのBクラス(5位)に転落した。その再建を任されたのが前2軍監督の渡辺久信だ。 渡辺監督は西武時代、6度の日本一と10度のリーグ優勝を経験している。 投手として1986年(16勝)、88年(15勝)、90年(18勝)と3度、最多勝に輝いている。工藤公康、郭泰源らとともに西武の黄金期を支えた。
23日からオープン戦がスタートし、いよいよ本格的な野球シーズンが幕を開けました。昨年は中日が連覇を狙った北海道日本ハムを下し、53年ぶりに日本一に輝きました。果たして今季はどのような戦いを見せてくれるのか、非常に楽しみです。
キャンプのMVPは北海道日本ハムの大物ルーキー中田翔で決まりだな。 連日のようにスポーツ紙の一面を独占している。 かつてキャンプの時期、スポーツ紙の一面を飾るのは巨人の大物ルーキーと相場が決まっていたが、最近は「巨人のドラフト1巡目ルーキーって誰だっけ?」ってな感じである。 ちなみに高校生ドラフトの1巡目ルーキーは藤村大介(熊本工)、大学生・社会人ドラフトの1巡目ルーキーは村田透(大体大)である。
キャンプ中、女性との交際に目を光らせた監督は何人も知っている。だが、若い女性の携帯電話の番号を練習の“賞品”に使った監督はカープのマーティ・ブラウン(45)くらいのものだろう。
北海道日本ハムの梨田昌孝監督が高校生ドラフト1巡目の大物ルーキー中田翔について「交流戦では甲子園の時のようにマウンドに上げるかもしれない」と仰天プランをブチ上げた。 高校(大阪桐蔭)時代、通算87本のホームランを記録した中田だが、投げても最速151キロのスピード自慢。梨田監督がピッチャーとしての魅力を捨てきれないのもわからないではない。
小遣いが月に30万円だとか、いや違うとか、彼女がいるとかいないとか、今日は歩いたか走ったか、明日は痩せるか太るか……。今や野球界の話題を独り占めしている北海道日本ハムの怪物ルーキー中田翔。いいですねえ。彼の言動には華がある。
プロ野球における「二刀流」は口で言うほど簡単ではない。ピッチャーかバッター、どちらか一本にしぼるべきだろう。 北海道日本ハムの梨田昌孝監督が、高校生ドラフト1巡目の大物ルーキー・中田翔について「交流戦では甲子園の時のようにマウンドに上げるかもしれない」と仰天プランをブチ上げた。
いよいよ2008年がスタートしました。今季も多くの日本人選手がMLBに挑戦します。日本のプロ野球から海を渡り、初挑戦するのは投手では黒田博樹(ロサンゼルス・ドジャース)、小林雅英(クリーブランド・インディアンス)、薮田安彦(カンザスシティ・ロイヤルズ)、福盛和男(テキサス・レンジャーズ)、野手では福留孝介(カブス)の5選手です。
4年前のアテネ五輪で日本は16個の金メダルを獲得した。これは1964年の東京五輪と並ぶ最多タイ。全体のメダル数37個は過去最多で、東欧諸国がボイコットした1984年のロス五輪を5つも上回った。
メジャーリーグの日本人パイオニアである野茂英雄が最も憧れるピッチャー――それがロジャー・クレメンスである。 近鉄時代、彼は私にこう言った。
当時はまだ公開競技だったとはいえ、オリンピックで野球の日本代表が金メダルを獲得したのは1984年のロサンゼルス大会、ただ1度のみである。 ロス五輪で日本代表の指揮を執った松永怜一は、その功績が認められて2007年1月、野球殿堂入りを果たした。
福留孝介(シカゴ・カブス)、4年契約で約54億円、黒田博樹(ロサンゼルス・ドジャース)、3年総額で40億円だそうな(2007年12月28日付朝日新聞による)。へ〜え、は〜あ。
北京五輪出場を決めた星野ジャパンが、もし台湾でのアジア予選に負けていたら、“お友達内閣”がやり玉に上がっていたことだろう。 周知のように星野仙一監督と田淵幸一ヘッド兼打撃コーチ、山本浩二守備走塁コーチは六大学時代からの親友。プロに入ってからも「セン」「ブチ」「コウジ」と呼び合う仲だった。
今オフもFAやトレードなど、各球団の補強合戦が繰り広げられました。なんといっても注目は、主力の外国人選手3人を獲得した巨人です。本命だった福留孝介選手はメジャーのマネーゲームに太刀打ちできずに断念せざるを得なかった巨人。しかし、その後マーク・クルーン投手、セス・グライシンガー投手、アレックス・ラミレス選手と契約しました。来季の巨人にとって重要ポイントとなる守護神、本格派右腕、長距離砲を一気に獲得できたのですから、球団にとっては結果的に補強合戦に成功したといえるでしょう。
巨人が横浜の守護神マーク・クルーンに続いて、ヤクルトの先発投手で、今季セ・リーグの最多勝右腕セス・グライシンガーを獲得することになった。さらに巨人はヤクルトの主砲アレックス・ラミレスの獲得をも視野に入れていると言われている。
「うれしいというより、ホッとしたというのが正直なところ。 特に2戦目の韓国戦、みなさんご覧になられたと思いますけど、野球ってこんなに苦しいものなのかと。終わってみて野球ってこんなに楽しいものかと。選手には感謝、感謝、謝謝(シェイシェイ)と言いたい気持ちです」 北京五輪の出場切符を手に入れた野球日本代表・星野仙一監督は帰国記者会見でそう語った。
もう20年以上も前のことになる。当時、三冠王として球界に君臨していたロッテ・オリオンズの落合博満選手に、雑誌の企画をお願いしたことがある。「落合の打撃教室」というグラビアで、川崎球場の室内練習場を借り切って撮影した。今にして思えば、夢のような贅沢な企画である。
神様、仏様、稲尾様――。「鉄腕」の異名をほしいままにした元西鉄ライオンズのエース稲尾和久さんが悪性腫瘍のため急死した。享年70。 通算276勝。1961年には日本プロ野球タイとなるシーズン42勝を記録した。15勝もすればエースと呼ばれるこのご時世にあって、42勝などという数字は今じゃ想像もつかない。
「日本の球界は現場の指導者に冷たいところがあるので、(殿堂入りは)私には無縁なものと思っていた。手元から巣立っていった選手たちが、球界と社会に貢献したことが認められたのだと思う。こんな名誉なことはありません」 今年1月、特別表彰として殿堂入りを果たした元野球日本代表監督の松永怜一(76)は一言居士らしく皮肉を交えてそう語った。
いよいよ12月1日から来夏の北京五輪出場を目指して“星野ジャパン”がアジア予選に挑みます。杉内俊哉、多村仁(ともに福岡ソフトバンク)、小笠原道大、高橋由伸(ともに巨人)の4選手がケガのため、自ら代表を辞退したことは残念です。しかし、最終候補に残っているメンバーは、NPBを代表する蒼々たる選手ばかり。ペナントレースが終了したこの時期に、彼らのプレーを観れるというのは、非常に嬉しいことです。
成果主義という観点で考えれば、ほぼ満点に近い。一軍投手コーチ就任1年目(2006年)のチーム防御率が3.05(リーグ1位)。2年目の今季が3.22(リーグ2位)。しかもチームは2年連続リーグ優勝。投手コーチとしては、およそ考えられる最高の結果を残したと言えるだろう。
来季の巨人の隠し玉なのか、それともでくの坊なのか? 最速100マイル(約161キロ)を誇るという身長201センチ、体重100キロの大男アンディ・シビーロ(31)が巨人の入団テストを受けるため宮崎キャンプに合流した。 シビーロは今季所属していたメキシカンリーグのティファナではクローザーとして30試合に登板、4勝1敗13セーブ、防御率1.83の好成績を残している。