サッカー

第45回 日本でプレーしたブラジル人たちのその後<Vol.2>

 アトレチコ・ソロカーバ(ブラジル)は少々変わったクラブである。  ソロカーバは、サンパウロ州の南西、サンパウロ市からは西92キロの場所にある。人口約58万人、サンパウロ州で5番目に大きな街である。  ブラジルではある程度の規模の街には必ず2つ以上のサッカークラブがある。ソロカーバには、1913年設立のサン・ベントというクラブがあった。アトレチコ・ソロカーバは91年に設立された(ブラジルの基準に照らし合わせれば)新しいクラブである。元々は女子バスケットボールのチームを元にして、街にあった2つのサッカークラブが合併して結成された。

「内向的で勤勉」ならできるバルサ超え

 いまから28年前、東海大学を休学してスペインに渡っていた“天才児”と呼ばれた男は、耳にタコができるほどに聞かれたそうだ。 「なぜバルセロナに?」  サービス精神が旺盛な彼は、決して「日本人の知り合いがいたから」という本当の理由を口にしようとはせず、いかにクライフのサッカーが魅力的か、バルセロナのサッカーに将来性があるかを力説したという。

アジア杯Vが可能にさせたカメレオン布陣

 物事には順序がある、という言い回しを思い出した。もしこの試合が終盤に入って一方的に押しまくられたこの試合がザッケローニ監督の初陣であれば、未来への期待は相当に損なわれていたことだろう。選手に疲れがあったのはわかる。モチベーションを保つのが難しい試合でもあっただろう。だが、少なくない同情点を差し引いたとしても、ザッケローニ体制となってから最低の試合だった。

第172回「喪失感」 〜J2第12節、徳島ヴォルティス戦〜

 5月14日(土)、J2第12節となる愛媛FC対徳島ヴォルティスの一戦が、ホーム(ニンジニアスタジアム)にて行われた。  今季最初の四国ダービーは、愛媛FCのホームゲーム。試合内容は二の次、何よりも結果(勝利)を手に入れたい。   試合前のセレモニーでは、愛媛FC・亀井文雄社長より、「四国ダービー・ウィナーズ・フラッグ」の返還が行われ、スタジアムにはダービー独特の緊張感と高揚感が漂い始めていた。

第56回 SMILE AGAIN

 東日本大震災から約3カ月、何か復興に向けてアクションを起こせないかと思っていたところ、ふさわしいイベントのお誘いを受けました。6月4日にカシマサッカースタジアムで開催される震災復興チャリティーイベント「SMILE AGAIN 〜YELL FROM KASHIMA〜」に出場することになったのです。

認識のズレが生んだ南米選手権辞退

 すべての人がそうだ、などと言うつもりはない。けれども、「頭を下げることは負けに等しい」と考える外国人が、日本人よりも相当に多いのは事実である。外国人の立場に立ってみると、すぐに頭を下げる日本人の謝罪、懇願は、かなり安っぽいものに思えるらしい。トルシエが沖縄の事務所で「簡単にゴメンナサイって言うな!」と癇癪を起こしていたことを思い出す。

第44回 日本でプレーしたブラジル人たちのその後<Vol.1>

 Jリーグが始まってから、20年近くになる。  日本サッカーの長足の進歩――1998年フランス大会からの4大会連続のW杯出場は、Jリーグでプレーしてきた選手たちの積み上げの結果だ。そこに、大きく力を貸したのが、ジーコを始めとした、ブラジル人選手たちである。

“あと一歩”の5連敗、どう動く福岡

 5連敗と言えば、年間144試合を戦うプロ野球のチームにとってもかなりの痛手である。ならば、34試合しかないJリーグのチームが味わう5連敗の痛みは、どれほどのものか。まして、それが開幕からの5連敗だとしたら――。今季久しぶりにJ1に復帰してきたアビスパ福岡が、いきなり強烈な試練に直面している。

バルサに“一矢報いた”モウリーニョ監督

 18日間で4試合という、前例のない、そしてこれからもなかなか起こりえないであろうクラシコが終わった。結果は1勝2分け1敗と全くの五分。そのうち3試合を10人での戦いを余儀なくされたことを考えれば、レアル・マドリードの奮闘が光ったクラシコでもあった。

第171回「チャリティー」 〜愛媛FCによる東日本大震災復興支援活動〜

 3月、未曾有の大災害が起こり、東北や関東地方を中心に大きな爪痕を残した。被災された人々の心の傷が未だ癒えぬ中、私たちに何ができるのだろうか。  愛媛FCの選手たちは、被災地復興支援のため義援金募金活動を行うべく、心をひとつにして立ち上がったのである。

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