マイク・タイソン、破滅へのテン・カウント<前編>

 ボクシング界のレジェンドであるマイク・タイソンはこの8月、薬物とアルコール依存であることを告白した。タイソンは1986年、WBC世界ヘビー級の史上最年少王者となったのを皮切りに、WBA、IBFと3団体統一の世界チャンピオンになった。しかし、90年にデビューからの連勝が37で止まると、その後は度重なる逮捕、耳噛み事件などリング外で世間を騒がせた。タイソンの凋落はどこから始まったのか、19年前の原稿で振り返ろう。

第602回 東京五輪・パラリンピック、ボランティアはロンドン流で

 アテネ、北京、ロンドンと3大会連続でパラリンピック射撃に出場した田口亜希は、得意の語学をいかすため大手船会社に入社した経歴からもわかるように、国際派かつ行動派のパラリンピアンである。今年3月、IOC評価委員会が来日した際には、パラリンピアンの代表として東京招致のプレゼンテーションを英語で行い、高い評価を受けた。

第601回 東北躍進、高校野球の地域格差は完全解消

 高校野球の勢力図が塗り替わる瞬間を見る思いがした。8月19日、準々決勝第1試合で岩手の花巻東が徳島の鳴門に5対4で逆転勝ちすると、続く第2試合、日大山形が高知の明徳義塾に4対3で競り勝った。花巻東は3回戦でも愛媛・済美を延長10回、7対6で振り切っている。  甲子園優勝経験のある四国の強豪3校が揃って東北勢の軍門に下った。随分、長い間、高校野球を見ているが、こんなことは記憶にない。

甲子園の光と影<後編>

 高校ラグビーは選手の健康面を考慮して1日おきの開催であり、高校サッカーも準決勝の前には1日の休養日を設けている。大野の“残酷登板”が問題になった後、高野連の牧野直隆会長は、審査室会議後の記者会見の席で「1日の休養日という問題も含めて、スケジュールのあり方はいろいろと検討している」と明言した。しかし、一向に改善される気配はない。主催者側は、選手の健康管理について、いったいどういう提案を行っていくつもりなのか。

第600回 戦火に消えた徳島商の甲子園優勝

 選手ではなく「選士」と呼ばれた。「打者は投手の投球を避けてはならない」と主催者側から厳命された。なぜなら「突撃精神に反する」からである。原則として選手交代も認められなかった。例外は選手がケガをした場合のみ。「選手は最後まで死力を尽くして戦え」。それがお上のメッセージだった――。

甲子園の光と影<中編>

 大野のみならず、甲子園は毎年のように犠牲者を生み出している。第68回大会では、優勝した天理のエース、本橋雅央(早大−オリンパス光学工業)が右ヒジの負傷をおして力投を演じ、その痛々しいまでのマウンド姿が同情を呼んだ。結果的に甲子園でのピッチングが原因で、彼は野球生命を断たれることになる。

第598回 地域密着に反するJ3選抜チーム構想

 Jリーグ初代チェアマンの川淵三郎(現日本サッカー協会最高顧問)が、「Jリーグのクラブは各県2つ。いずれ日本に100のJクラブがほしい」とブチ上げたのは、忘れもしない鹿島アントラーズのクラブハウスと練習グラウンドの完成を祝う記念式典でのことだから、Jリーグ開幕の4カ月ほど前である。

第597回 NPBコミッショナーを公選制に

 重要なのは誰を選ぶか、ではない。どう選ぶか、だ。ここをきちんと議論しない限り、永遠に球界のリーダー問題は解決しないだろう。  統一球の仕様変更問題で統治能力の無さを露呈した加藤良三コミッショナーに対し、さる19日、労組・日本プロ野球選手会が「不信任」を突き付けた。

第14回 日本ラグビー躍動せり!

「ラグビー界のiPhoneになる」  気の利いた言葉を口にしたのはラグビー日本代表ヘッドコーチのエディー・ジョーンズだ。  さる6月15日、世界ランキング5位のウェールズ代表を23−8で撃破した。  いくら若手主体のメンバーとはいえ、欧州シックスネイションズを連覇中の強豪。日本が世界の上位8カ国・地域の代表を下したのは1989年、宿澤広朗率いるジャパンがスコットランド代表に勝って以来の快挙だった。

甲子園の光と影<前編>

 今年の夏の甲子園は8月5日に開幕するが、長年、炎天下での連戦による選手の酷使が問題視されている。今春のセンバツでは準優勝した済美(愛媛)の2年生エースの安楽智大投手が、決勝までの5試合合計で772球をも投げ、投球過多ではないかとの論議を呼んだ。日本高校野球連盟は、1993年の夏から球児の肩肘検査を導入し、今大会からは準々決勝後の休養日を設ける措置を講じている。しかし、連投や球数に対する規定はなく、日程に関しても天候次第で休養日はなくなる。将来ある球児たちの負担を軽減する上で、根本的な解決策とは言い難い。14年前に“甲子園の弊害”を指摘した原稿で、この問題を再考しよう。

第596回 澤村栄治の快投、西日説は本当か!?

 この6月に全面改装された静岡・草薙球場の正面にあるモニュメントには「澤村 ベーブ・ルース Memorial Stadium」との文字が刻まれている。今から79年前の1934年11月20日、「全日本」のエース澤村栄治は「米国大野球団」の強打者たちを切り切り舞いさせ、監督のコニー・マックをして「サワムラをアメリカに連れて帰りたい」と言わしめたことは、よく知られている。

第537回 打って守れて主張できるリーダー 日本プロ野球選手会・嶋基宏会長(東北楽天)

 中身は痛烈だが的を射ている。これくらいの荒療治をやらなければ、プロ野球は変わらないのではないか。  NPBが統一球の仕様を無断で変更した問題で労組・日本プロ野球選手会はNPBと、この問題を調査する第三者委員会に対し<統一球問題に関する当会の要望と見解>と銘打った文書を提出した。

第595回 名工・三村仁司のミリ単位に懸ける覚悟

 競技用シューズづくりの腕と知見と経験において、厚生労働省が認定する「現代の名工」にも選ばれた三村仁司(ミムラボ主宰者)の右に出る者はいない。現役時代、あの瀬古利彦(現DeNAランニング・クラブ総監督)が「ランナーにとってシューズは命の次に大切なもの。それを教えてくれたのが三村さん」と語っていたことを思い出す。

初の世界ミドル級王者を育てた男

 五輪金メダリストvs.東洋太平洋王者――。ロンドン五輪でボクシングのミドル級を制した村田諒太のプロデビュー戦の相手が、柴田明雄に決まった。柴田は東洋太平洋同級王者であり、日本スーパーウェルター級の現2冠王者。デビュー戦としては異例のカードとなった。村田が勝利すれば、プロ2戦目にして日本タイトルに挑戦する可能性も出てくる。ただ世界のミドル級は激戦区で、これまで日本人で王者となったボクサーは竹原慎二(WBA)ひとりしかいない。1995年、竹原が日本スポーツ史に残る偉業を成し遂げた陰には、福田洋二トレーナーの存在があった。快挙の舞台裏に、16年前の原稿で迫ろう。

第594回 世界に「NO」と言える全柔連であれ

 石原慎太郎と盛田昭夫が共著という体裁で出版した『「NO」と言える日本』がベストセラーになったのはもう四半世紀近く前のことだ。主に米国企業の欠点や技術立国ニッポンの優位性を論じたものだが、話は両国の国民性や文明論にまで及び、タイトルの刺激さも相まって多くの日本人が溜飲を下げた。後になって事実関係の誤りが指摘され、著書の価値は下げに転じたが、戦後の日本を貫いていた従米主義に一石を投じたことは間違いあるまい。

第593回 全柔連には煙たい“家臣”の登用を

 堀秀政という武将がいる。11月に公開予定の三谷幸喜監督の映画「清州会議」では人気俳優の松山ケンイチが演じることが決まっている。地味な武将に注目が集まるのではないか。  美濃で生まれた秀政は13歳で織田信長に仕え、やがて羽柴秀吉の家臣となる。本能寺の変で主君・信長に弓を引いた明智光秀を討った山崎の戦いや九州征伐、小田原征伐などで武功をあげ、戦国時代の名将のひとりに数えられている。

第12回 ちょっと一服が生んだ「いい仕事」(武豊)

 上がり3ハロンは33秒5。他の馬が止まっているように見えた。  さる5月26日に行なわれた第80回日本ダービーを制したのは一番人気のキズナだった。鞍上は武豊。2005年のディープインパクト以来5度目のダービー制覇だった。観客数もここ10年では、05年の14万143人に次ぐ13万9806人を記録した。主役の帰還を多くのファンが待っていたのだ。

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