プロ野球
福留孝介(シカゴ・カブス)、4年契約で約54億円、黒田博樹(ロサンゼルス・ドジャース)、3年総額で40億円だそうな(2007年12月28日付朝日新聞による)。へ〜え、は〜あ。
北京五輪出場を決めた星野ジャパンが、もし台湾でのアジア予選に負けていたら、“お友達内閣”がやり玉に上がっていたことだろう。 周知のように星野仙一監督と田淵幸一ヘッド兼打撃コーチ、山本浩二守備走塁コーチは六大学時代からの親友。プロに入ってからも「セン」「ブチ」「コウジ」と呼び合う仲だった。
今オフもFAやトレードなど、各球団の補強合戦が繰り広げられました。なんといっても注目は、主力の外国人選手3人を獲得した巨人です。本命だった福留孝介選手はメジャーのマネーゲームに太刀打ちできずに断念せざるを得なかった巨人。しかし、その後マーク・クルーン投手、セス・グライシンガー投手、アレックス・ラミレス選手と契約しました。来季の巨人にとって重要ポイントとなる守護神、本格派右腕、長距離砲を一気に獲得できたのですから、球団にとっては結果的に補強合戦に成功したといえるでしょう。
巨人が横浜の守護神マーク・クルーンに続いて、ヤクルトの先発投手で、今季セ・リーグの最多勝右腕セス・グライシンガーを獲得することになった。さらに巨人はヤクルトの主砲アレックス・ラミレスの獲得をも視野に入れていると言われている。
「うれしいというより、ホッとしたというのが正直なところ。 特に2戦目の韓国戦、みなさんご覧になられたと思いますけど、野球ってこんなに苦しいものなのかと。終わってみて野球ってこんなに楽しいものかと。選手には感謝、感謝、謝謝(シェイシェイ)と言いたい気持ちです」 北京五輪の出場切符を手に入れた野球日本代表・星野仙一監督は帰国記者会見でそう語った。
もう20年以上も前のことになる。当時、三冠王として球界に君臨していたロッテ・オリオンズの落合博満選手に、雑誌の企画をお願いしたことがある。「落合の打撃教室」というグラビアで、川崎球場の室内練習場を借り切って撮影した。今にして思えば、夢のような贅沢な企画である。
神様、仏様、稲尾様――。「鉄腕」の異名をほしいままにした元西鉄ライオンズのエース稲尾和久さんが悪性腫瘍のため急死した。享年70。 通算276勝。1961年には日本プロ野球タイとなるシーズン42勝を記録した。15勝もすればエースと呼ばれるこのご時世にあって、42勝などという数字は今じゃ想像もつかない。
「日本の球界は現場の指導者に冷たいところがあるので、(殿堂入りは)私には無縁なものと思っていた。手元から巣立っていった選手たちが、球界と社会に貢献したことが認められたのだと思う。こんな名誉なことはありません」 今年1月、特別表彰として殿堂入りを果たした元野球日本代表監督の松永怜一(76)は一言居士らしく皮肉を交えてそう語った。
いよいよ12月1日から来夏の北京五輪出場を目指して“星野ジャパン”がアジア予選に挑みます。杉内俊哉、多村仁(ともに福岡ソフトバンク)、小笠原道大、高橋由伸(ともに巨人)の4選手がケガのため、自ら代表を辞退したことは残念です。しかし、最終候補に残っているメンバーは、NPBを代表する蒼々たる選手ばかり。ペナントレースが終了したこの時期に、彼らのプレーを観れるというのは、非常に嬉しいことです。
成果主義という観点で考えれば、ほぼ満点に近い。一軍投手コーチ就任1年目(2006年)のチーム防御率が3.05(リーグ1位)。2年目の今季が3.22(リーグ2位)。しかもチームは2年連続リーグ優勝。投手コーチとしては、およそ考えられる最高の結果を残したと言えるだろう。
来季の巨人の隠し玉なのか、それともでくの坊なのか? 最速100マイル(約161キロ)を誇るという身長201センチ、体重100キロの大男アンディ・シビーロ(31)が巨人の入団テストを受けるため宮崎キャンプに合流した。 シビーロは今季所属していたメキシカンリーグのティファナではクローザーとして30試合に登板、4勝1敗13セーブ、防御率1.83の好成績を残している。
日本シリーズ初戦で北海道日本ハムのダルビッシュ有が中日からシリーズ最多タイの13三振を奪った。先発全員からの奪三振はシリーズ初という快挙。 私が注目したのは13奪三振の内訳。このうちの12個が空振りで、見逃しは、わずかにひとつ。 これは何を意味しているのか。ダルビッシュのボールは「打てそうで打てないボール」ということである。
それは、滋味あふれる光景であった。場所は札幌ドームの3塁側ベンチ(この球場は3塁側がホームチームなんだそうですね)。 ベンチに深々と座った北海道日本ハムの平野謙コーチが、まだ試合中だというのに満面の笑みを浮かべて何やら話している。左腕を相手の肩にまわして、抱きかかえるようにして。 肩を抱かれているのはダルビッシュ有である。平野コーチは、天井を向いたり、何やら指さしたりしながら、実に表情豊かに話し続ける。ダルビッシュは、うん、うん、と何度もうなづく。平野コーチは、ついには歯をむき出して大笑いした――。
メジャーリーグのポストシーズンゲームにおいて、日本人初の勝利投手となり、ワールドシリーズ出場を決めたレッドソックスの松坂大輔がこう語った。 「野茂さんの試合結果はネットで確認しました。すべてがすごい。僕なんてまだまだ及びませんよ」
クライマックスシリーズが終了し、いよいよ27日からは日本シリーズが開幕します。パ・リーグからは球団史上初の2年連続リーグ優勝を果たした北海道日本ハム。そして、セ・リーグはレギュラーシーズン2位ながらもクライマックスシリーズで第1ステージ、第2ステージともに全勝と短期決戦での強さを見せた中日。奇しくも、昨年と同じ対戦カードとなりました。
北海道日本ハムのGM・高田繁氏の東京ヤクルト監督就任が決定的になった。現場の指揮を執るのは20年ぶりだ。 思い出すのが故根本陸夫氏の例だ。根本氏は西武の実質的なGMとして黄金期を築き上げた。その根本氏が福岡ダイエー(現福岡ソフトバンク)の監督に就任した時には驚いた。
それはひとつの時代の終わりを告げる象徴的なシーンだった。 さる10月7日、本拠地・神宮球場で東京ヤクルトの古田敦也兼任監督が現役に別れを告げた。試合後、古田は、まるで優勝監督のように5度も宙を舞った。 対戦相手の広島マーティ・ブラウン監督は、古田の最後の打席で、粋な演出をした。同期入団で、同じく今季限りでユニホームを脱ぐ佐々岡真司をマウンドに送ったのだ。
昨季は勢いに乗ったという面もあったが、今季は横綱相撲での優勝だったな。北海道日本ハムファイターズが球団史上初の2年連続リーグ優勝を達成した。MVPは15勝5敗、防御率1.82(10月2日現在)のダルビッシュ有が確実視されている。
あれは、9月の日曜日の夕方だっただろうか、近所の公園で久しぶりにシャドウピッチングの真似事などをしていると、サッカーボールを蹴っていたはずの小学生らしい男の子たちが、いつの間にか言い争いを始めている。
自らのことを「闘う政治家」と言っておきながら、国会の代表質問前に辞任し、病院に逃げ込んだ。これが戦場なら「敵前逃亡」である。安倍晋三前首相のことだ。 旧知の自衛隊OBの軍事評論家が手厳しい口調でこう言った。 「敵前逃亡は、軍隊なら銃殺。ましてリーダーの敵前逃亡なんて聞いたことがない。もっと芯のしっかりした人物だと思っていたが、もうがっかりだ」
「田尾(安志)や牛島(和彦)のような1度も指導者としてユニフォームを着たことがない者を理論派と呼ぶのはむずかしい」 かつて楽天・野村克也監督はこう語ったという。
日本のプロ野球同様、メジャーリーグもレギュラーシーズンは残すところあとわずかとなり、最後の熾烈な争いが繰り広げられています。そんな中、アメリカン・リーグでは22日(現地時間)、ボストン・レッドソックスがタンパベイ・デビルレイズに逆転勝ちし、2年ぶりのプレーオフ進出を決めました。当然、日本でも注目されることでしょう。
プロ野球の世界には、いわゆる“当たり年”というものがある。 古くは“江川世代”。高校時代から“怪物”の異名をほしいままにした江川卓を筆頭に、掛布雅之、山倉和博、達川光男、大野豊、袴田英利らがプロ野球でも大活躍した。 近年では“松坂世代”か。
1990年代から2000年代にかけて、日本プロ野球には3人の「天才打者」がいた。イチロー(マリナーズ)と松井秀喜(ヤンキース)、そして1日に球界史上36人目の2000本安打を達成した前田智徳(広島)だ。
「老大はたいした奴だった」 「天をたたきかえしたよな」 「でも、勝ったのは誰だよ」 「老大にとっちゃそんなこと、もう問題じゃない。やることはやったんだから」 ――「柿たち」より