サッカー新時代を拓く 〜98年フランス大会決勝戦観戦録〜<前編>

 4年に1度のビッグイベント、サッカーW杯が13日に開幕する。開催地はサッカー王国・ブラジル。史上最多5度の優勝を誇るカナリア軍団は、今回も優勝候補の筆頭に挙げられている。1994年の米国大会で4度目のW杯制覇を果たしたブラジルは、その4年後のフランス大会でも決勝にコマを進め、ホスト国・フランスと激突した。連覇を目指した王国にフランスはいかに挑んだのか。当時の観戦記で振り返ろう。

第641回 落ち着いた音色奏でる“サムライの笛”

 人が人を裁く。これほど難しいことはない。うまくいって当たり前、ミスでもしようものなら、一身に非難が集中する。4年に1度のW杯ともなれば、なおさらだ。  主審の西村雄一が迷うことなくレッドカードを掲げたのは、2010年の南アフリカ大会準々決勝のオランダ対ブラジル戦、後半28分の場面だ。ブラジルのMFフェリペ・メロが、オランダのFWアリエン・ロッベンを故意に踏みつけた――。西村はそう判断した。

第34回 上げ潮に乗って攻め上がる24歳(酒井宏樹)

 6月に開幕するブラジルでのサッカーW杯を「自分の成長を確かめる意味で楽しみ」と語る代表選手がいる。ドイツ1部リーグ(ブンデスリーガ)のハノーファー96でプレーするサイドバックの酒井宏樹だ。  酒井といえば185センチの長身をいかした右サイドからのダイナミックな攻め上がりが持ち味。ゴールに直結する“高速クロス”は日本代表の秘密兵器でもある。

第640回 39年前の初Vと共通点の多いカープ

 何やら39年前のムードと似てきた。ひょっとすると、ひょっとするのではないか…。  開幕からカープが快調に飛ばしている。セ・パの交流戦がスタートして今年で10年目だが、首位で交流戦を迎えたのは初めてのことだ。「なぁに、どうせカープは鯉のぼりの季節までだよ」と冷ややかだったネット裏の視線も、最近では変化が見られるようになってきた。

第557回 カープ、23年ぶりの頂点へ!

 プロ野球12球団の中で、最も優勝から見放されているのは広島である。最後のリーグ優勝が1991年だから23年も頂点から遠ざかっている。  70年代前半、「戦争を知らない子供たち」という歌が流行した。それにならって言えば、今の若いカープファンは「優勝を知らない子供たち」である。それだけに、選手と優勝の喜びを分かち合いたいとの思いはひとしおだろう。

ミクロの神秘に挑む戦い 〜男子100M・ガトリンvs.グリーン〜

 日本陸上界期待の若手スプリンター・桐生祥秀を歯牙にもかけなかった。  11日のゴールデングランプリ東京でジャスティン・ガトリン(米国)が向かい風3.5メートルながら10秒02で優勝。日本人トップの桐生には0秒44の大差をつけた。ガトリンといえば、アテネ五輪同種目の金メダリスト。ドーピング問題で4年間の出場停止もありながら、再び表舞台に帰ってきた。ロンドン五輪では銅メダル、昨年の世界選手権では銀メダルを獲得するなど32歳の今も第一線で活躍している。ガトリンが当時世界最速のモーリス・グリーンを破り、金メダルを手にしたアテネ五輪のレースを、10年前の原稿で振り返る。

第639回 20東京パラが「飯塚車いすテニス」から学ぶこと

 福岡県の飯塚市と言えば筑豊地方の中心である。明治から昭和にかけては“炭鉱のまち”として発展した。隣の田川市とともに五木寛之の名作「青春の門」の舞台としても知られる。  その飯塚市で18日まで「飯塚国際車いすテニス大会」が開催されている。今回で30回目だ。なぜ飯塚で車いすテニスなのか。大会会長の前田恵理さんによれば、同市には総合せき損センターがあり、「最初はリハビリを目的にしたものだった」という。

第638回 日系人差別と戦った野球選手ジミー堀尾

 巨人の前身である「大日本東京野球倶楽部」が1934年に誕生したことを受け、NPBは今季を「プロ野球80周年」と位置付けている。  大日本東京野球倶楽部のメンバーのひとりで、阪急軍や大阪タイガース・阪神軍でもプレーした日系2世・ジミー堀尾の来歴については、永田陽一著『ベースボールの社会史』(東方出版)に詳しい。

気骨のチャンプ 井岡一翔

 日本人最速での3階級制覇なるか。7日、井岡一翔がIBF世界フライ級王座奪取に挑む。無敗王者のアムナト・ルエントン(タイ)からベルトを奪えば、ミニマム級、ライトフライ級に続く3階級制覇となる。日本人では亀田興毅に次ぐ快挙で、プロ15戦目での達成は最速だ。井岡は11年2月、プロ7戦目で世界王者となり日本人最速記録(当時)を打ち立てた。12年12月には2階級制覇を達成し、ここまで順調にボクシング人生をひた走っている。元2階級制覇の弘樹を叔父に持つ若きサラブレッドの高い志を、3年前の原稿で紹介する。

第637回 秀才助っ人と重なる好調広島エルド

 インテリと呼ばれた外国人選手はたくさんいるが、引退後、医師になったのは私が知る限りでは、広島、南海で活躍したゲイル・ホプキンスただひとりである。  広島の初優勝は1975年。球団創設26年目での悲願達成にホプキンスは大きな役割を果たした。主に3番打者として全130試合に出場。打率こそ2割5分6厘ながら33本塁打、91打点の好成績で打線を牽引した。

永遠の野球少年 川崎宗則

 ブルージェイズに所属する川崎宗則が15日、メジャーに昇格した。その日のツインズ戦でマルチヒットを記録。18日の試合後には再びマイナー降格が通告されたが、ジョン・ギボンズ監督はチームに必要な戦力であることを認めている。日本では打率3割を5度もマークし、盗塁王や最多安打のタイトルを獲得したものの、米国では厳しい生存競争を強いられている。2012年のメジャーリーグ挑戦以降は、毎年、マイナー契約からのスタートだ。だが、日本でも人気を博した明るいキャラクターとハッスルプレーで、本場米国のファンからも愛されている。まるで野球少年がそのまま大きくなったような川崎の“野球愛”を4年前の原稿で覗いてみよう。

第635回 ボール騒動、どれくらいの反発係数ならより楽しめるのか

 プロ野球がセとパに分立したのは1950年である。この年、驚くべき記録が誕生する。松竹の小鶴誠がプロ野球史上初めてホームランを50本台に乗せたのだ。小鶴は51本塁打、161打点で2冠王となった。ちなみに打点はシーズン最多記録で60年以上経った今も破られていない。

雑草魂が生んだ監督の才

 常勝軍団復活なるか。今季の埼玉西武は伊原春樹が11年ぶりに監督に復帰した。2002年、伊原は監督に就任するや、新人監督最多勝利(90)を挙げ、チームをリーグ優勝に導いた。“鬼軍曹”と呼ばれる、規律に厳しい面ばかりフィーチャーされているが、指揮官の用兵術にも卓越したものがある。02年の優勝時には和田一浩、犬伏稔昌、宮地克彦ら、それまであまり出番に恵まれなかった選手たちを積極的に起用し、ブレイクさせた。80年代から90年代の黄金期をコーチとして支え、今、その再現を指揮官として狙う伊原のマネジメント力の一端を、12年前の原稿で振り返ろう。

第633回 とび蹴り男が導いたカープ初優勝

 珍しくカープの前評判がいい。開幕前の順位予想で多くの評論家が2位、3位にあげていた。昨季、16年ぶりにAクラス入りを果たしたことで、チームは上げ潮ムードにある。中日との開幕3連戦も2勝1敗と勝ち越した。この余勢を駆ってダークホースから巨人の対抗馬への位置どりを確保したいところだろう。

第632回 中日、開幕・憲伸に「団結」促すオレ流演出

 驚いたことに中日・谷繁元信選手兼任監督の口から飛び出した開幕投手の名前は昨年オフ、一度は戦力外通告を受けた「川上憲伸」だった。  既視感がある。10年前、中日の監督に就任したばかりの落合博満(現GM)が開幕投手に指名したのはヤクルトからFAで移籍してきたものの、右肩痛のため1軍のマウンドから3年間も遠ざかっていた川崎憲次郎だった。

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