第390回 日本が誇る安打製造機が覆す球界の常識 東京ヤクルト・青木宣親外野手

 イチローがメジャーリーグに行った後、日本における“安打製造機”といえば、彼をおいて他にはいない。  東京ヤクルトの青木宣親である。セ・リーグ最多(当時)のシーズン202安打を記録し、大ブレイクした05年以降の打率と安打数は次のとおりだ。

第387回 原辰徳の師匠

 昨年春、日本代表監督として国・地域別対抗戦WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で優勝、秋には巨人軍監督としてV3を達成した。それらが評価され、昨年12月にはIBAF(国際野球連盟)が制定する「世界最優秀監督」に選ばれた。  昨年の野球界は原辰徳に明け、原辰徳に暮れたといっても過言ではあるまい。

第386回 「失敗」を糧にしてただ今再び「進化」中 福岡ソフトバンク・川宗則選手

 06年、3割1分2厘(6位)。07年、3割2分9厘(規定打席未満)。08年、3割2分1厘(3位)。  福岡ソフトバンクのムネリンこと川宗則が首位打者を獲るのは時間の問題だと思っていた。  しかし、昨季、まさかのスランプに陥る。2割5分9厘。いったい何があったのか。

第385回 アニキ・金本の価値ある決断

「チームが勝つためならば自分の記録は途切れても構いません。勝つための手段として、僕は(スタメンから)はずれます」  4月18日の横浜との試合前、阪神の金本知憲は真弓明信監督に自らそう切り出した。決然とした口調だったという。  この日、阪神は8対4で勝利し、連敗を2で止めた。

スター誕生の瞬間 坂本勇人

「スター誕生!」  そう口にしたくなるような一発は4月6日、東京ドームの阪神戦で飛び出した。  5回表、巨人は4対0とリードを広げ、なおも無死満塁。  打席には19歳の坂本勇人。高卒2年目のショートストップだ。  カウント2−1から阪神・阿部健太が投じたインコース低目のストレートをすくい上げた。  コンパクトなスイングで振り抜かれた打球はレフトスタンド最前列に飛び込んだ。自身プロ1号は阪神の息の根を止めるグランドスラム。19歳3カ月での満塁アーチはセ・リーグ最年少記録というおまけまでついた。

工藤公康の投球論<後編>

 工藤は語る。 「なぜ、そんなことをやったかというと、王(貞治)監督から“工藤、城島を一人前に育ててくれ”と頼まれたからです。  主戦キャッチャーが一人前にならない限り、そのチームが強くなることはありえません。当時、僕は36歳くらいだった。このチームであと何年できるかわからない。  野手は小久保裕紀、松中信彦らいいのが育ってきていたんだけど、キャッチャーがいなかった。それで城島に対しては意識的に厳しくやったんです」

巨人・木村拓也コーチ、死去

 7日、くも膜下出血で入院していた巨人の木村拓也内野守備走塁コーチが死去した。37歳だった。木村コーチは2日に行なわれた広島戦(マツダスタジアム)の試合前、ノックをしている最中に突然倒れた。救急車で広島市内の病院に搬送されたが、意識不明の状態が続いていた。  1991年、宮崎南高からドラフト外で日本ハムに捕手として入団。2年目に外野手に転向し、その後は投手以外の全ポジションをこなすユーティリティープレーヤーとして広島、巨人でも活躍した。2004年のアテネ五輪では日本代表にも選出された。昨季限りで現役を引退。プロ19年間で1523試合に出場し、打率.262、1049安打、53本塁打、280打点、103盗塁。今季からコーチを務めていた。  6日に書き下ろした木村コーチへの思いを込めたコラムを掲載し、ご冥福を心よりお祈りしたい。

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