さる16日、巨人最高齢OBの前川八郎さんが呼吸不全のため死去した。享年97。またひとり“歴史の証人”がいなくなった。
東京ヤクルトスワローズのサウスポー石川雅規が復活した原因はシュートをマスターしたことだった。
「もう勝てないかと思った。勝つことがどれだけ難しいか、26年やってあらためて感じましたね。忘れられない1勝になります。家でかあちゃんが泣いてるらしいよ」 横浜のサウスポー工藤公康が2007年5月23日、グッドウィルドーム(現西武ドーム)での西武戦で移籍後初勝利をあげた。
投手コーチとして、千葉ロッテ、ヤクルト、福岡ダイエー(現ソフトバンク)、巨人の4球団を渡り歩き、7度のリーグ優勝と4度の日本一に貢献。今季から横浜の指揮を執る尾花高夫に私が抱くイメージは「地味ながら仕事のできる男」である。
「栴檀は双葉より芳し」とは、このことだろう。あるところからイチロー(マリナーズ)が小学6年生の時に書いた作文を入手したので、いささか長くなるが、それを紹介しよう。
同じ雪国でありながら、秋田県は山田久志、落合博満などプロ野球の名選手を多数、輩出しているのに対し、隣の山形県はパッとしない。
巨人にまたもや“育成の星”が誕生しようとしている。 今季、育成ドラフト1位で入団した星野真澄(BCリーグ・信濃)が宮崎キャンプで好評価を得た。
念願の大関獲りは初場所に持ち越しになったとはいえ、貴花田が大鵬、北の湖級の逸材であることに異を唱える者はいまい。足腰が強い上に、まわしを切るのが途轍もなくうまく、先述した立ち合いの際の親指の向き以外におおきな欠点は見当たらない。完全無欠の素材といっていいだろう。
ショート、フリー合わせて3度もトリプルアクセルを決めながら浅田真央は金メダルに届かなかった。
プロ野球選手として大成する条件は何か。 ピッチャーならボールが遅いよりは速い方がいいだろう。コントロールが悪いよりは良い方がいいだろう。
キューバ危機を題材にしてつくられた映画『13デイズ』(原題は「Thirteen Days」)の冒頭で印象に残っているシーンがある。
「球数制限のエース」 「岩隈の頭は何とかならんのか」 「投手陣に“岩隈病”が蔓延している」 これだけこき下ろされれば、言った側に悪意はなくても、言われた当人はグサッとくるものだ。
ビデオテープを何度も見ると気づくのだが、仕切り線よりも後方から仕切ることによって確かに出足が鋭くなった反面、バタバタといささか慌ただしい。土俵の上を走っているような印象は、大関、さらには横綱を目指す力士にしては少々、安定感に欠けるのではないか。自分より一回りも二回りも大きな力士と戦わなければならないというハンディがあるにしても、である。
なぜ、わざわざ表彰台にまで上がって黒手袋の拳を突き上げなければならないのか。当時、8歳の私にはその理由がさっぱりわからなかった。
巨人、阪神などで活躍した小林繁氏が去る1月17日、心筋梗塞による心不全のため急死した。まだ57歳だった。
前インディアンスの大家友和はMLBでは日本人投手として野茂英雄の123勝に次ぐ51の勝ち星を挙げながら、それに見合う評価を日本では得ていないような気がする。それは日本での印象が薄かったせいだろう。94年に京都成章高からドラフト3位で横浜に入団したが、5年間在籍して1勝(2敗)しかあげていない。まさに海を渡ってから地歩を固めた選手といえる。
人気者だったボビー・バレンタインの後を継いだわけだから立場的には大変である。 昨秋、千葉ロッテの監督に就任した西村徳文は自他ともに認める「叩き上げの男」である。
数ある格闘技の中で、最も短時間で勝負のつくのが相撲である。参考までに言えば、九州場所千秋楽の中入り後、一取組あたりの平均所要時間はわずか9.4秒だった。「相撲は立ち合いがすべて」といわれる所以である。まさしく、攻撃こそ最大の防御、立ち合いでの“待った”の多さは、スポーツの種類こそ違うが陸上100メートル走のスタートのフライングに匹敵する。ともにミクロの単位でも相手より早く立ちたい、出たいという意識がフライングを生む原因と考えられる。
プロレスラーの力道山が東京・赤坂のクラブ「ニューラテンクォーター」で暴力団員と口論の果てにもみ合いとなり、ナイフで腹を刺されたのは1963年12月8日のことだ。その1週間後、突如として容体が悪化し、還らぬ人となる。享年39だった。
プロ野球のカウントコールは今季からストライクよりもボールが先になる。 つまり「ワンストライクツーボール」は「ツーボールワンストライク」となる。
「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂」。幕末、吉田松陰が米国に密航を企てたが失敗。江戸へ護送される途中、高輪・泉岳寺で赤穂浪士の故事に託して詠んだ歌である。
巨人、阪神でエースとして活躍した小林繁氏(北海道日本ハム1軍投手コーチ)が1月17日、心不全で急死した。57歳だった。小林氏といえば“江川事件”について触れないわけにはいかない。
「小学校2、3年生の頃かな。初めて父親にグラブを買ってもらった。僕はもう、うれしくて寝られないわけです。で、学校から一目散に帰ってグラブを手にすると、なんと綿が全部抜いてある。もう何ちゅう親かと思いましたよ」。桑田真澄が苦笑まじりに、そんな昔話を披露してくれたのは、彼が巨人のエースと呼ばれるようになった頃だ。
2010年のプロ野球、最大の注目は埼玉西武に入団した球界最年長投手・工藤公康と超高校級左腕・菊池雄星の“競演”である。
メディアの視線は松井にばかり集まっているが、どちらが全米を席巻するような活躍をするかとなれば、それは3年目を迎えるイチローだろう。ルーキーの年、イチローは打率3割5分、56盗塁、127得点で二冠に輝き、116勝というメジャーリーグ最多タイ記録に貢献してMVPまで獲得した。今季はそれを上回るパフォーマンスを披露しそうな予感が漂っている。