中日からFA宣言していた中村紀洋の東北楽天入りが決まった。 入団発表の記者会見で、中村は「クライマックスシリーズに出場し、優勝して野村監督を胴上げしたい」と語った。
騎手わずか9人という、日本一小さな競馬場が昨年の夏、55年の歴史に幕を閉じた。 島根県、益田市営競馬場。 最終日となった8月18日には、1日としては過去最高の4621人が入場し、馬券の売り上げ高も6231万円を記録した。 「子供の頃から大好きで、憧れを抱いて入った場所だけに、そりゃ寂しかったですよ」
最初に断っておくが、名所旧跡はできるだけ大切に保護しなければならないと私は考えている。しかし、果たして土地は死者だけのものなのか。生者にモノを言う権利はないのか。敢えて挑発的な物言いをしたのは名所旧跡を前にするとスポーツはあまりにも無力だからである。
NHKが先頃放送した「プロ魂〜王監督のメッセージ」という番組は、本人自らの言葉や関係者の証言を通して王貞治という人物の内面に迫る、見応えのある番組だった。 巨人V9時代の同僚で、王より6つ年上の国松彰がこんな証言をしていた。
「どんな人間にも、一生に一度、必ずチャンスが訪れる」。それが東北楽天・野村克也監督の口ぐせである。「問題はそれをモノにできるかどうか…」 これは自身の経験からくるものなのだろう。南海入団後2年間、野村は1軍のゲームにはほとんど出場することができず、戦力外通告を受けたこともある。ところが3年目のオープン戦でチャンスを掴む。主戦捕手の松井淳が肩痛を理由に試合を欠場。代役として出場した野村は攻守に溌剌としたプレーを見せ、レギュラーの座を奪い取ってみせたのである。「だから、たとえオープン戦であろうとも僕はケガをしても絶対に休まなかった。今度は逆の立場になるんですから。その危機感だけでやっていたようなもんですよ」
後半に入っても、ピッチの風景は変わらない。アヤックスが7割近くボールを支配し、グラウンダーで短いパスを素早くつないでグレミオDF陣をペナルティエリア内に封じ込める。時折、ハーフコートマッチの様相を呈するワンサイドの攻め。しかし、アジウソンを司令塔とするグレミオの堅牢は崩れない。
テレビの歴史は、そのままプロレスの歴史でもある。そしてプロレスといえば力道山だ。あの長嶋茂雄がプロ入りの際のインタビューで「憧れの人は力道山」と答えたのは有名な話。空手チョップを振るって観衆を鼓舞する姿に感銘を受けたというのだ。 1954年2月、蔵前国技館で行なわれたシャープ兄弟との対決には、力道山見たさに2万人の観衆が新橋駅前の広場に詰め掛けた。街頭テレビを観るためだ。国民の多くは力道山を通してテレビという“文明の利器”を知ったのである。
韓国の三星ライオンズが2009シーズン、前中日作戦兼外野守備走塁コーチの長嶋清幸を打撃コーチとして迎えることになった。 三星はこの3年間、打撃不振に悩まされてきた。06年は2年連続で韓国王者になったにもかかわらず、チーム打率は2割5分5厘と低迷した。
「男女共同参画社会基本法」が制定されたのは平成11年6月のことだ。その骨子として男女は「社会の対等な構成員」として「自らの意思によって社会のあらゆる分野における活動に参画する機会が確保」されなければならない、とうたわれている。附帯決議ではDVに対しても喫緊の課題として取り上げられ「あらゆる形態の女性に対する暴力の根絶に向けて積極的に取り組むこと」との一文が盛られている。
日本シリーズ最終戦、スタメン9選手の年俸総額は巨人17億250万円、埼玉西武5億5500万円(いずれも推定)。西武は巨人のおよそ3分の1。巨人・李承の年俸が6億円だから、彼ひとりの年俸で西武のスタメン9人が雇える計算になる。 しかも勝ったのは西武だった。就任1年目の渡辺久信監督の采配が節目節目で的中した。最終戦、同点のホームを踏んだ片岡易之は死球で出るなる2盗を決め、中島裕之のボテボテの3塁ゴロの間にホームベースを駆け抜けた。 試合後、殊勲の片岡は「このシリーズ、待てのサインは一度もなかった」と語った。
フットボールはチェスに似ている。いや、チェスはフットボールに似ている、といった方が正しいかもしれない。 父親が子供にチェスを教える時、最初にいう言葉はいつも決まっている。 「あらゆる局面で数的優位をつくれ」 モダンチェスの現場において、いきなり敵陣深く攻め入り、クイーンやキングを追い詰めるという戦術は存在せず、地道に8個のポーンを収集にかかる。 この前線の二等兵をいかに攻め落とすかが前哨戦のカギであり、敵陣をカタストロフに陥れ、キングの首をはねるシナリオの断片をそこに見出すことは難しい。
関西のスポーツ紙は勝とうが負けようが、雨が降ろうが雪が降ろうが、一面は阪神ネタと相場が決まっている。 と言えば少々オーバーかもしれないが、少なくとも東京のスポーツ紙が一面に巨人ネタを持ってくる割合と比較すると、これはもう倍以上の差があるのではないか。
評論家の堺屋太一によれば、世襲の国会議員は米国では10パーセント台だが、日本では30パーセント、自民党に限ると50パーセント近くになるという。ちなみに麻生内閣の世襲率は61パーセントだ。
日本シリーズ終了直後に行なわれるアジアシリーズは、どことなく“付け足し”のイメージがある。メディアの扱いもWBCや日本シリーズに比べれば、格段に小さい。日本、韓国、台湾、中国のチャンピオンが集まり、アジアナンバーワンのチームを決める大会であるにもかかわらず……。
プロボクサーの川嶋勝重は、いつものように自らが運転するライトバンで米を配達していた。プロボクサーとはいっても、ファイトマネーだけで生活できる選手は、世界チャンピオンなどほんの一握り。川嶋も例に漏れず、日中は米屋さんで働いていた。
少々、意地悪な物の見方をしてみる。仮にWBC東京ラウンドの主催者が読売新聞社ではなく中日新聞社だったとする。果たして中日の候補選手5人全員が代表入りを辞退するなんてことがありえただろうか。今回の中日の“集団ボイコット”に球団エゴの匂いが消えないのは、そんな背景が見え隠れするからだ。
西武−巨人の日本シリーズと言えば伝説的なシーンがある。1987年ということは、今からもう21年も前の話だ。 シリーズ第6戦の8回、衝撃的なプレーが飛び出した。
「いくらチャンピオンズリーグとはいえ3階席で37ポンドだよ。日本円で約6000円(当時)。これじゃフットボールは“庶民のスポーツ”とは言えないな」。過日、川淵三郎氏と会食する機会があった。この10月、オールド・トラフォードでマンチェスター・ユナイテッド対セルティック戦を観戦した時の話。日本人観光客にチケットの値段を聞いたところ、先の答えが返ってきたという。プレミアリーグの入場料は平均8000円。高騰する年俸が入場料にはね返る。
福岡ソフトバンクホークスの王貞治監督が体調不良と成績不振を理由に今季限りでの退任を表明した。翌日の新聞各紙には<勇退>の見出しが躍り、退任を惜しむ声が相次いだ。
92、93年と2年連続で日本シリーズを戦った森祇晶と野村克也。イメージで語れば前者が「勝負の鬼」であるのに対し、後者は「野球の鬼」である。将棋の世界でいえば、大山康晴名人と升田幸三名人の関係に似ている。「勝負の鬼と将棋の鬼が戦ったら、最終的に勝負の鬼が勝つ」。米長邦雄名人のセリフである。今回、紙一重の差で「野球の鬼」が「勝負の鬼」に勝ったが、2人のイメージが入れかわったとは思わない。
幾多の名勝負を繰り広げてきたGL決戦。2008年の日本シリーズも見ごたえのある戦いだった。 GL決戦はこれまで10度行われ、ライオンズの7勝(西鉄時代の3勝も含む)、ジャイアンツの3勝。ちなみにジャイアンツが日本シリーズで負け越しているのはライオンズだけだ。
今年7月、現役引退を表明した野茂英雄が、11月12日から3日間限定でオリックスの臨時投手コーチを引き受けることになった。 野茂に臨時コーチを依頼したのは近鉄時代の先輩である大石大二郎監督。野茂は今でも近鉄時代の元チームメイトたちと良好な関係を保っている。
暴論を承知で書く。石井慧よ、“吸血鬼”を目指せ! 何も相手に噛みつけと言っているわけではない。“吸血鬼”の異名で恐れられたプロレスラー、フレッド・ブラッシー(故人)ばりの暴言術を身をつけろと言いたいのだ。
王貞治と言えば、長嶋茂雄や大鵬、ボクシングのファイティング原田と並ぶ、我々の少年時代のヒーローである。 その王さんが50年に及ぶユニホーム生活に別れを告げた。「ご苦労さま」の一言だ。
「後医は前医を批判せず」。医療の世界にはこんな不文律がある。元々は貝原益軒の「たとえ誤るとも、前医をそしるべからず」という言葉に端を発している。 良心的に解釈すれば病状は日々刻々、変化する。医師はその場その場で全力を尽くしているのだから、後で診た者がああだこうだと治療法の是非を論じるのはアンフェアだということなのだろう。かつてはこの姿勢を貫くことこそが医師の美徳とされてきた。