: 与田さんは大豊作と言われた1990年入団組です。1位指名で野茂英雄投手、佐々木主浩投手、佐々岡真司投手、潮崎哲也投手、小宮山悟投手、西村龍次投手、葛西稔投手……。2位指名でも古田敦也捕手らそうそうたる顔ぶれでした。 : ドラフト同期だけでなく、昭和40年生まれの同級生にも古田、水野雄仁、池山隆寛、星野伸之、八木裕などがいます。忘れてはいけないのは山本昌。まだ現役で投げていますから、もう“生きた化石”ですよ(笑)。
愛媛県体育協会は1924年の設立から90周年の節目を迎えた。これを記念して12月21日、愛媛県武道館で式典が挙行された。県体協では今回の記念式典を、4年後に「愛顔つなぐ えひめ国体」を控えている中、過去を振り返るものではなく、2017年に向けた未来志向のイベントとして開催した。会場には各競技団体の選手・役員のみならず、県や市町村の関係者、一般の参加者合わせて約1400人が集結。国体成功へ決意を新たにしていた。
指導者として、そしてBCリーグでの初めてのシーズンが終わりました。自分としては、納得のいくシーズンを送ることができたと感じています。正直、開幕前は不安でした。指導者として初めてだったことに加え、現場から長く離れていたからです。しかし、終わってみれば、リーグ連覇を果たすことはできませんでしたが、レギュラーシーズンでは前後期ともに勝率7割台、通期(72試合)でリーグ歴代最多となる52勝を挙げることができました。選手のおかげで「オレでもできるじゃん!」と思うことができました。
「人なつっこい子だなぁ」 上田晃平が高校3年となった春、南宇和高校に新米教師として赴任し、野球部部長に就任した近藤輝幸(現・新居浜東高野球部監督)は、上田の第一印象をこう語った。 「野球の能力が高いことはすぐにわかりました。練習でも自主練習の時間はチームから離れて、自らが課したノルマを黙々とこなしていましたし、将来が楽しみな選手だなと思いました」
ボクシング界に現われた若きスターが、2014年はいよいよ世界に挑む。 12月6日のOPBF東洋太平洋ライトフライ級王座決定戦、プロ5戦目の井上尚弥(大橋)はヘルソン・マンシオ(フィリピン)を終始、圧倒。5RTKOで下し、タイトルを獲得した。次戦で世界王座に挑戦し、ベルトを獲れば日本人では史上最速の世界王者となる。デビューから、まだ1年2カ月。甘いマスクとは裏腹に、リング上でみせる強さは、まさに“怪物”級だ。さらなる高みを見据える20歳に、二宮清純がインタビューした。
今季の日本ゴルフツアーはルーキーが規格外の強さをみせつけた。4月にプロ転向したばかりの松山英樹が1年目で初の賞金王に輝いた。新人では史上最多タイとなる4勝。わずか16試合で年間賞金は2億円を突破した。これは史上最速である。国内のみならず、海外でも全米オープンで10位タイ、全英オープンでは6位タイと、日本人で初めてメジャー2大会連続のトップ10入りを果たした。
高校3年時の背番号は「11」。一度も甲子園の土は踏まなかった。だが、横浜商科大学の恩師・佐々木正雄監督に見初められ、大学では1年春にリーグ戦初登板を果たし、2年からは主力として活躍。同年、日本代表に選出され、日米大学選手権に出場した。今秋は8試合に登板し、6勝1敗、防御率0.42の好成績を挙げ、最優秀投手、ベストナインに選ばれた。全国では無名だった高校時代から大きく成長し、“ドラ1”の仲間入りを果たした岩貞を直撃した。
: 原監督は2004年に青山学院大学陸上競技部(中・長距離ブロック)の監督に就任されました。きっかけは何だったのでしょう? : 中京大学を卒業後、ランナーとして中国電力に入社したのですが、故障が原因で5年で現役生活を終えました。それからは10年間、中国電力の社員としてサラリーマン生活をしていたんです。その10年間は陸上の世界とは一切の縁を切っていました。テレビも観ませんでしたし、監督やコーチなど関係者ともまったく連絡を取っていませんでした。でも、やはりどこかで陸上への未練があったんですね。そんな時に、青山学院大学OBで、私の世羅高校時代の後輩から「うちの母校が駅伝を強化しようとしているのですが、監督をしてみませんか?」という話をもらったんです。それでぜひ、ということで、04年から監督を務めさせてもらっています。
: 佐藤さんがトライアスロンを始めたきっかけは? : 小学3年の時に、母の勧めでトライアスロンの大会に出たんです。初めてのレースだったのに、いきなり優勝した。それておもしろくなって競技に取り組むことになりました。
“チームのために最も貢献した魂あふれるプレー”に贈られるNPBの「ジョージア魂賞」では、先日、2013年度の年間大賞が東北楽天・田中将大投手に決定しました(8月16日、対埼玉西武、新記録の21連勝を打ち立てた魂の投球)。また当HP編集長・二宮清純ら6名の選考委員による選考委員特別賞は巨人・菅野智之投手に贈られています(4月13日、対東京ヤクルト、好守備でチームに勝利をもたらせた投球)。
遅咲きも遅咲きである。青山誠がプロに注目され始めたのは、なんと今年に入ってからだ。3年までは鳴かず飛ばずだった青山だが、最終学年となった今春、レギュラーをつかみ、初めて規定打席に到達した。そして秋、不動のリードオフマンとしてブレイク。13試合で15安打を放ち、リーグ最多の13四死球をマークして4割台後半の出塁率を誇った。打率も自己最高の3割1分9厘と、チームに大きく貢献した。1度は野球を諦め、就職を考えたこともあったという青山に、今年の活躍について訊いた。
今回、愛媛球団からお話をいただき、監督を引き受けることになりました。僕は81年に阪急入団以来、選手、指導者として、スカウト時代の3年間を除く30年間、ユニホームを着てきました。それだけに現場から離れるのは非常にさびしい思いがありました。ユニホームを着て野球に携われるならどこでもいい。そんな気持ちでしたから、愛媛から声をかけていただき、非常にうれしかったですね。
メジャーリーグ機構(MLB)は現地時間16日付で、日本野球機構(NPB)と協議していた新たなポスティングシステムが合意に達したと発表した。新しいシステムでは選手の移籍を認めたNPB球団が、2000万ドル(約20億円)を上限に入札金額を設定。その金額で入札した全チームと交渉可能になる。ポスティングは11月1日〜翌2月1日までに実施し、交渉期間は入札が選手側に公示された翌日から30日間。合意を受け、動向が注目されていた東北楽天の田中将大は、球団に新システムを利用してMLBへ移籍したい意向を伝えた。
宇和島東、今治西……愛媛県の強豪、甲子園の常連でもある高校から中学3年時、上田晃平は誘いを受けていた。父・秀利によれば、当時通っていた硬式野球のチームにはPL学園や大阪桐蔭といった名だたる名門からの誘いも届いていたという。上田本人はというと、第一志望は宇和島東だった。 「途中から入った硬式野球のチームのメンバーがほとんど宇和島東に入ったんです。宇和島東の監督さんも学校に来てくれたりもしていましたし、またみんなで一緒にやりたいなという気持ちはありました」 だが、上田が最終的に選んだのは南宇和。一度も甲子園経験のない地元の高校だった。
: このコーナーでは沖縄でトレーニングや合宿をしている選手や指導者をゲストに迎え、沖縄の魅力を中心に語り合います。沖縄ではさまざまなスポーツが盛んですが、トライアスロンの大会も多く開催されています。中でも石垣島はITU(国際トライアスロン連合)ワールドカップが1996年から開催されてきました。佐藤さんは今年4月のレースで上田藍さんに次いで2位に入っています。 : 石垣島の大会に出場するのは4回目でしたが、世界のトップ選手と最後のランまで争えたことは収穫になりました。
昨年、開設したスポーツポータルサイトでは新たなスポーツ記事を連日、配信中です。このサイトではJBpress(日本ビジネスプレス)、講談社、スポーツコミュニケーションズの共同運営により、3社がそれぞれ配信している独自の記事を合わせて読むことが可能になっています。このたびゼンショー協力のオリジナル対談コーナー『虎四ミーティング』が更新されました。バレーボールの元全日本女子代表の大山加奈さんに続くゲストは、長野五輪で金メダルと銅メダルを手にし、ソルトレイクシティ五輪では銀メダルを獲得した元スピードスケート選手の清水宏保さん。二宮清純とすき家の新商品『塩だれ野菜牛皿定食』を食べながら、現役時代の話やソチ五輪の展望などを語ってもらっています。
: 与田さんには新人時代にもインタビューしたことがありますから、もう初めて会ってから20年以上になるんですね。時が経つのは早いものです。今回はを用意しました。グラスを片手に、野球談議に花を咲かせたいと思っています。 : 「そば焼酎〜、雲海〜」のCMソングが印象的ですよね。実は今日は、二宮さんと雲海酒造さんのそば焼酎をいただくと聞いて、家で妻とこのCMソングを何度も口ずさんでいたんです(笑)。
今季の福井ミラクルエレファンツは、前期は8勝24敗4分で最下位に終わりましたが、後期は一転、17勝16敗3分で優勝と、まるで電池のプラスとマイナスのように両極端に分かれたシーズンでした。
「正直、いつから野球をやっているのか、何がきっかけだったのか、覚えていないんです」 上田晃平は自らの野球人生のスタートをほとんど記憶していない。ものごころついた時には、既に野球少年になっていたのだという。それもそのはずだ。野球選手だった父親とソフトボール選手だった母親をもつ上田にとって、生まれた時から野球は最も身近なスポーツだった。父親の草野球の試合を見に行ったり、練習ではボール拾いを手伝ったり、家に帰れば、父親と好きな巨人戦をテレビで観たり……。上田の周りには常に野球があった。
7日、バドミントンの全日本総合選手権の各種目の準決勝が東京・代々木第二体育館で行われた。女子シングルス注目の16歳・山口茜(福井・勝山高)は過去5度優勝の廣瀬栄理子(ヨネックス)にストレートで敗れた。勝った廣瀬は3年ぶり6度目の優勝を懸け、日本ランキング1位の三谷美菜津(NTT東日本)と対戦する。男子シングルスでは田児賢一(NTT東日本)が桃田賢斗(同)を2−0で退け、同種目史上初の6連覇に王手をかけた。女子ダブルスは3連覇が懸かる高橋礼華、松友美佐紀組(日本ユニシス)、男子ダブルスは早川賢一、遠藤大由組(日本ユニシス)、混合ダブルスは嘉村健士(トナミ運輸)、米元小春(北都銀行)組と昨年の王者がそれぞれ決勝へとコマを進めた。また早川と松友は混合ダブルスでも決勝に残っており、2冠獲得を目指す。
ボクシングのWBC世界フライ級タイトルマッチが6日、東京・両国国技館で行われ、王者の八重樫東(大橋)は挑戦者の同級1位エドガル・ソーサ(メキシコ)に3−0の判定で勝ち、2度目の防衛に成功した。またOPBF東洋太平洋ライトフライ級王座決定戦では史上最速タイのプロ4戦目で日本王者となった井上尚弥(大橋)が、ヘルソン・マンシオ(フィリピン)を5R2分51秒TKOで下し、王座を獲得した。ロンドン五輪男子ミドル級金メダリストの村田諒太(三迫)はプロ2戦目となる8回戦に臨み、デイブ・ピーターソン(米国)を8R1分20秒TKOで破った。
ミルウォーキー・ブルワーズは現地時間5日、青木宣親をカンザスシティ・ロイヤルズへトレードすると発表した。左腕ウィル・スミスとの交換トレード。メジャー2年目の青木は今季、155試合に出場し、打率.286、8本塁打、37d点、20盗塁の成績でリードオフマンに定着。ブルワーズとは10月に契約延長していたが、外野手とトップバッターを補強したいロイヤルズがトレードを申し入れ、話がまとまった。
アジア・世界に開かれたスポーツアイランド沖縄の実現を目指して――そう銘打たれたイベントが11月13日、那覇市内で開催された。イベント内では、スポーツコンベンション、競技スポーツ、生涯スポーツを一元的に推進するとともに、合宿やイベントの誘致、受入を担う「スポーツコミッション沖縄(仮称)」の設立準備事務局を立ち上げることが発表され、シドニー五輪金メダリストの高橋尚子さんも登場。国内外の報道陣、一般参加者に沖縄の魅力をアピールした。またbjリーグの琉球ゴールデンキングス・木村達郎社長らによるパネルディスカッションで、スポーツを通じた沖縄の可能性が話し合われた。
グラクソ・スミスクライン株式会社が運営する喘息情報ウェブサイトにて、当HP編集長・二宮清純がナビゲーターを務める対談シリーズ「二宮清純のゼンソク人間学」が好評配信中です。このシリーズでは幼い頃から喘息に悩まされてきた二宮が、病気を克服して活躍しているスポーツ選手、元選手と対談。喘息をいかに乗り越えるかというテーマで話を進める中で、この病気への理解を深め、患者さんを勇気づけることを目指しています。今回は北京五輪の陸上男子400メートルリレー銅メダリストの塚原直貴選手、喘息の専門医で同愛記念病院アレルギー呼吸器科部長の黨(とう)康夫先生との対談を実施。その前編を公開しました!
ボクシングのトリプル世界タイトルマッチが大阪・ボディメーカーコロシアムで行われ、IBF・WBA世界スーパーフライ級王座統一戦ではIBF王者の亀田大毅(亀田)が、前WBA王者のリボリオ・ソリス(ベネズエラ)に1−2の判定で敗れ、王座を失った。この試合はソリスが前日計量で規定体重をクリアできなかったためWBAのタイトルを剥奪され、大毅が勝てば王座統一となるルールで実施された。大毅は敗れたものの、IBFの王座はそのまま保持する。同じく実施されたWBO世界バンタム級タイトルマッチでは王者の亀田和毅(亀田)が、同級6位の挑戦者・イマヌエル・ナイジャラ(ナミビア)に3−0の判定勝ち。IBF世界ミニマム級タイトルマッチでは王者・高山勝成(仲里)が、同級6位の挑戦者・ビルヒリオ・シルバノ(フィリピン)を大差の判定で下し、揃って初防衛に成功した。