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全米を震撼させる松井秀喜の超絶パフォーマンスだった。 すべての野球人にとって夢の舞台であるワールドシリーズの第6戦で、4打数3安打、1本塁打。そしてシリーズタイ記録となる6打点。何より、この大活躍でヤンキースを27度目の世界一に導いたのだ。 「最高ですね。この日のために1年間も頑張ってきたわけですから。何年もニューヨークにいましたけど、初めてここ(世界一)まで来れて最高です」 日本人選手としてはもちろん初めてとなるワールドシリーズMVPを獲得しても、松井の言葉はいつも通りシンプルだった。だが今回ばかりはそうであるがゆえに、より実感がこもって聞こえたのも事実である。
昨年の北京オリンピックで、女子サッカー日本代表がベスト4に進出し大きな話題となった。“なでしこジャパン”の活躍は近年の日本サッカー史で、最も世界の頂点に近づいた快挙ともいえる。そのなでしこジャパンの選手の多くは、女子サッカーリーグである“なでしこリーグ”に所属し、熾烈な戦いを繰り広げている。
浜口京子との初対決で本物のレスリングを教えられた佐野だったが、しばらくは柔道をベースにしたスタイルを続けていた。レスリングへの転向を勧めた女子レスリング班の藤川健治監督は、まず長所を伸ばそうと試みたのだ。 「最初は“柔道レスリング”でいいと明日香には言っていました。彼女は体力も瞬発力も兼ね備えている。格闘技のセンスもあった。72キロは選手層が薄いので、全日本のトップクラスになれる能力はあると最初からみていました。相手からしてみれば、柔道の足技や投げで一発で返されるのは怖いもの。レベルが高くなれば、課題は自然と出てくる。だから柔道でやってきたことをリセットしなくていいと伝えていました」
社会人でも柔道を続ける決意を固めた佐野にアクシデントが起きたのは、自衛隊体育学校に入る前の2005年秋のことだった。練習中に足をかけられた際、左足一本でけんけんをしながら後退した。その瞬間、負荷がかかったヒザに激痛が走った。 「でも痛みが治まったら、普通に歩けたんでテーピングを巻いて練習に参加しました。ところがヒザに力が入らず、ガクッと崩れてしまう。投げ込みもできなくなってしまったんです」
9年振りの世界一を目指すヤンキースが、順調にアメリカンリーグ・チャンピオンシップ・シリーズに進出。今季ベストレコードを勝ち取った勢いを保ち、ワールドシリーズは目前に迫っている。 しかし、ア・リーグ頂上決戦の相手は一筋縄ではない。ここで対戦するのは、西海岸の雄・エンジェルス。ヤンキースは今季中盤ごろからリーグのベストチームの称号を欲しいままにして来たが、エンジェルスもそれに続くNO.2の実力を持つと目される強豪である。
世界中で愛好者人口が急激に増加しているトライアスロン。世界的なマラソンブームの余波か、IT化により人工的になりすぎた都市生活の反動か、欧米ではその勢いはとどまるところを知らない。ドイツなどでは人気スポーツベスト3に入っているし、北米では「転職に有利だから」と始める輩までいる始末。この勢いが少しずつアジアに波及してきたようで、日本国内でも参加者が増加中だ。
佐野のアスリートとしての原点は小学校1年生から続けてきた柔道にある。友達の誘いで始めたものの、最初は決して乗り気ではなかった。「始めて3日で後悔しました。でも母親が柔道着を一式買ってきて辞めたいって言えなかったんです」 何かと理由をつけては、練習を休もうとしていた。19時からの練習開始時刻に先生が練習場に現れないと、「先生が来なかったから」と言って、さっさと帰ったこともある。
“ポスト浜口”を世界の舞台でアピールすることはできなかった。 9月21日からデンマークのヘルニングで行われたレスリングの世界選手権。女子72キロ級に出場した佐野明日香は1回戦でディナ・イワノワ(アゼルバイジャン)に敗れた。 「“結局、世界選手権は浜口じゃないと勝てないんだ”と思われるのがイヤでした。絶対にメダルを獲って、“佐野でもできるんだ”とみせたかったんですけど……」 世界選手権初挑戦の27歳は唇をかみしめた。
9月下旬のレッドソックス3連戦にスイープ勝利を飾り、この時点でヤンキースの3年振りの地区優勝が決定。MLBベストチームとの名声を欲しいままにし、これから万全の体制で約束の地・プレーオフに挑むことになる。 そして、そのチーム内で5番打者の地位を確保してきた松井秀喜の評価も、シーズンが進むに連れて徐々に上がり続けている。オールスター以降の60試合では打率.297、14本塁打、50打点。特に9月は打率.356、5本塁打と絶好調(記録はすべて9月29日現在)で、優勝を決めた9月27日の試合での逆転タイムリーも印象的だった。
2006年、二神一人は法政大学に進学した。法大野球部といえば、言わずも知れた大学野球の名門。六大学リーグ優勝43回、全日本大学野球選手権大会優勝8回はいずれも最多を誇る。また、OBには古くは鶴岡一人(故人)、根本陸夫(故人)、黄金時代を築き上げた田淵幸一、山本浩二、富田勝の“法政三羽烏”や、六大学史上唯一の完全優勝での4連覇の立役者・江川卓……と日本野球界を代表する名がズラリと顔を揃える。もちろん、現在も全国から優秀な選手が集まり、レギュラー争いの厳しさは想像に難くない。やはり、入学当初はそのレベルの高さに驚いたのではないか――。ところが、二神の口からは意外な答えが返ってきた。 「不安ということはほとんど感じなかったですね。それよりも自分は高知高校、高知県の出身者として頑張りたいという気持ちでした。特に自信があったわけではありませんが、大学にもなると本当にうまい選手は1年生からレギュラーになるし、それが決して珍しいことでもありません。だから自分も4年間、主力として活躍できるように頑張ろうという気持ちでいました」 その言葉通り、二神は1年秋にベンチ入りを果たした。そして今、エースとして君臨し、チームの“顔”となっている。
2005年8月4日。その日、二神一人は次なるステージ、法政大学のセレクションを受けるため、夜行バスで東京へと向かうことになっていた。寮で一人準備をしていると、突然、驚愕のニュースが舞い込んできた。 「明徳義塾、甲子園出場辞退」 二神は耳を疑った。聞けば、明徳と入れ替わり、自分たちが代替出場するという。あまりの突然の出来事に事情をうまくのみこむことができなかった。午後、選手全員に招集がかかり、改めて監督から代替出場することが説明された。選手たちは皆、困惑の表情を浮かべていた。だが、二神たちに驚いている暇はなかった。甲子園開幕までわずか2日しか残されていなかったのだ。
これから2カ月の間に、今後の世界ボクシング界にとって重要な意味を持つ2試合のウェルター級戦が行なわれる。 まず今週末には、デヴュー以来無敗のまま一時引退していた元最強王者、フロイド・メイウェザーがファン・マヌエル・マルケスを相手に復帰戦を行なう。そして11月には、破竹の快進撃を続ける現役最強の男マニー・パッキャオが、プエルトリコの英雄ミゲール・コットと雌雄を決する。この2戦は今年度最大のビッグマッチとして、それぞれ世界的な注目を集めることになる。
9月13日の朝日新聞に『高速自転車「待った」』という見出しの記事が掲載された。内容は多摩川沿いにある「かぜのみち」で自転車関係の事故が多発していることを受け、府中市が自転車の速度抑制のための改良を始めたというもの。確かに幅3mの道にスポーツサイクルから犬の散歩までが混在しているのは安全とは言えない。しかし、皮肉なことにこの道は8年前まで「サイクリングロード」だったのだ……。
二神一人は実家のテレビを食い入るように見ていた。そこには白にえんじ色のアンダーシャツとソックス。胸に「KOCHI」の文字が入ったユニホーム姿の球児たちが、甲子園球場で躍動していた。なかでも二神の目を釘付けにしたのはエースの福山雄(JR北海道)だった。二神の地元・大月町の隣町、土佐清水市出身の福山は初戦、相手打線を4安打1失点に抑えて完投し、勝利の立役者となった。隣町のヒーローの勇姿は少年の決意をかためさせた。 「高知に入って甲子園を目指したい」 二神一人、14歳。中学2年の夏のことだった。
2009年6月14日、全日本大学野球選手権・決勝。法政大学(東京六大学)が富士大学(北東北大学)を5−1で下し、14年ぶりの日本一に輝いた。マウンドでは優勝の立役者となったエースが仲間とともに喜びを爆発させていた。エースの名は二神一人。今秋のドラフトでは上位での指名が予想され、大学生投手陣では今最も注目されている大型右腕だ。
NFLの2009-10年シーズンの開幕が間近に迫っている。 近年のアメリカではNFLこそがNo.1スポーツの称号を欲しいままにしているが、その地位は今季も揺らぐ気配はない。まだMLBはシーズン中だというのに、トレーニングキャンプの段階から地元紙も多くのページを割き、街の話題もアメリカン・フットボールへと徐々に移行。祭りが始まる前のBUZZ(興奮した噂話)が全米を包み始めていると言ってよい。 アメリカの情熱・NFLは、2009-10年シーズンにどんなドラマを生み出してくれるのか。今回は筆者が考える4つの見どころをピックアップし、掘り下げてみていきたい。
4年前の2005年。大学からプロに入る前、松家は「これからについて、不安が8割」と口にしている。1年目のシーズンが進むにつれ、その不安は6割にまで減った。プロに入りまず取り組んだことはファームを安定させること。それにより球速も増していった。確かな手応えをつかみつつ、着実に不安は少なくなっていった。その後3年冠はファームでの生活が続いたが、現在、松家はプロ野球選手として、どのような心境にいるのだろうか。
東京6大学野球では、東大の2年生エースとして秋季大会から神宮のマウンドに立った。その頃はいわゆる“松坂世代”が4年生にいる時期。後にプロの一線級で戦うことになる選手たちがレベルの高い争いを繰り広げていた。
ニューヨーク・ヤンキースが絶好調の戦いを続けている。 春先こそ、やや煮え切らないプレーぶりが多く、最初の32試合の時点では15勝17敗とスロースタート。その頃には筆者も粘りのないヤンキースを糾弾するコラムを書いた記憶がある。しかし5月13日以降は61勝28敗(記録はすべて8月19日現在)と、怒濤の勢いで勝ち星を積み重ねてきた。 最近では「ESPN.COM」「スポーツイラストレイテッド」といった米大手サイトもヤンキースをパワーランキングの1位に据えるなど、今季のMLBベストチームの地位を業界内で完全に確立。このままプレーオフに突入すれば、当然のように本命に挙げられそうな気配である。
予想はされていたが、野球やソフトボール関係者には辛いニュースが飛び込んできた。 「国際オリンピック委員会(IOC)は13日、ドイツ・ベルリンで理事会を行い、2016年夏季五輪で行う競技としてゴルフと7人制ラグビーの2競技を推薦した」 これにより、ロンドン五輪で除外された野球、ソフトボールの復帰はならず、2020年五輪以降の復活を目指すことになるのだが……。
プロ初登板の舞台となったのは北海道の札幌円山球場だった。1軍行きを告げられてから4日後の6月10日、対北海道日本ハム第3回戦で松家にチャンスが回ってきた。3点を追う8回裏、プロ野球生活5年目にして初めて松家は1軍のマウンドに登った。
東京大学から5人目のプロ野球選手として、横浜ベイスターズに入団した松家卓弘だが、ルーキーイヤーに1軍に登録されたものの、登板機会は巡ってこなかった。そして2年目以降はファームでの生活が続いてしまう。高校卒業時には通用しないと思ったプロの世界。東京六大学を経てドラフト9巡目で指名を受けたが、プロ入団後もなかなかチャンスをつかむことはできなかった。
7月下旬、レッドソックスのデビッド・オルティスとドジャースのマニー・ラミレス(元レッドソックス)が、2003年のドーピング検査で陽性反応を示していたと「ニューヨーク・タイムズ」紙が報道。メジャーを代表する2人のスーパースターがスキャンダルに見舞われ、MLBにまた新たな衝撃が走った。 この2003年のテストとは、陽性反応者の比率を調べるために試験的に行なわれたもの。検査結果は公表されず、もともと尿サンプルはすべて棄却されるはずだった。そのため陽性反応が出たとされる104人にも処分はなく、今回明るみにでたオルティスとラミレスにもリーグから処分が下されることはない。
北海道日本ハム・小谷野栄一が放った打球は快音を残してライト方向に飛んだ。その瞬間、マウンド上にいた松家卓弘は肝を冷やした。 「しまったっ!」。平常心で投げているつもりでも、球は本来の力をもっていなかった。 打球はかろうじて右翼を守る吉村裕基の正面をつき1アウトを奪う。 「しっかりと放れっ! こんなことでは打たれてしまうぞ」
「初めて見たのは、彼が中学3年のとき。既にセレクションは終わっていたのですが、一人、僕ら(明徳義塾高校)の練習に参加したんです。最初に思ったのは、とにかくでっかいやつだなぁと(笑)。でも、バッティングを見たら、レギュラーの選手よりもヘッドスピードが速くてビックリしたことを覚えています」 中田亮二の第一印象をそう語ってくれたのは、明徳義塾、亜細亜大学の先輩である鶴川将吾(パナソニック)だ。2人は高校時代から仲がよく、今でも月に一度ほど、電話で話をするという。共に気の合う理由を「野球以外は適当だから」と語る。 「鶴川さんは野球に関しては、本当にマジメで黙々とやる人なんです。でも、私生活においては結構いい加減(笑)。それが自分と似ているなと」(中田) 「僕も中田も野球とそうでない時とのオンとオフがはっきりしています。プライベートではバカなところが合うんですよね」(鶴川) 普段は悩みをほとんど人に話さず、自分で解決するという中田だが、鶴川には弱音を吐くこともある。今日の中田は、この信頼できる先輩との出会いが大きく影響している。