その他スポーツ

第183回 ワールドシリーズ第5戦、明暗を分けた1球

 シーズン&プレーオフを併せて6度のノーヒッター(うち2つは完全試合)が生まれるなど、投手絡みの快記録が続出した2010年のMLB。「The year of pitcher(投手の年)」と呼ばれた1年の締めくくりに相応しく、結果的に今季最終戦となったワールドシリーズ第5戦も息詰まる投手戦となった  この日のマウンドに立ったのはティム・リンスカムとクリフ・リー。ともにサイヤング賞受賞歴を持つ両エースの前に、6回までレンジャーズ、ジャイアンツの打線はそろって沈黙。「1点が勝負を分ける」という予感の中で、ひりひりするような緊張感に包まれたままゲームは続いていった。

浅見八瑠奈(山梨学院大柔道部/愛媛県伊予市出身)第1回「柔道一家に生まれて」

 日本の3番手から世界の頂点に立った。  9月に開催された世界柔道選手権。女子48キロ級に出場した浅見八瑠奈は、初戦から準決勝までをオール一本で突破する快進撃をみせる。決勝の相手は前回大会の覇者であり、ランキング1位の福見友子(了徳寺学園職)。積極的に攻め続けた浅見は相手から指導2つを奪い、初出場で初優勝をおさめた。20年近く第一人者だった谷亮子(現参議院議員)が引退し、48キロ級は強豪がひしめく大激戦区になっている。2年後のロンドン五輪出場へ名乗りをあげた22歳に、当HP編集長・二宮清純が話を訊いた。

北原郷大(亜細亜大学野球部/徳島県美馬郡つるぎ町(旧半田町)出身)第4回「これからも続くプロへの挑戦」

 2007年9月17日、東都大学野球リーグ秋季リーグ。大学野球の聖地・明治神宮球場のマウンドには初先発で初完封を成し遂げた北原郷大が立っていた。 「入院している時は野球がまたできるなんて考えられなかった」  息子の奇跡のような復活劇に父親は驚きを隠せなかった。それもそのはずだ。約半年前、彼は病院のベッドでギランバレー症候群という病魔と闘い、激痛に苦しんでいたのだ。そんな彼が強豪相手に完封劇を成し遂げるなどということを誰が想像できただろうか――。

第109回「人が生み出すアイアンマン」

 9月19日、愛知県常滑市。人口5万人の街に日本で初めて「アイアンマン70.3」がやってきた。世界で40戦を越える「アイアンマン70.3シリーズ」が、ようやく日本で開催された記念すべき日である。しかし、開催するまでの道は平らではなく、いろんな人のつながりと幸運が重なり、この短期間で出来たのは奇跡に近いのかもしれない。

北原郷大(亜細亜大学野球部/徳島県美馬郡つるぎ町(旧半田町)出身)第3回「病魔との闘い」

 北原郷大が「ギランバレー症候群」と診断されたのは、2008年1月のことだった。前年、1年生ながらリーグ戦で登板し、秋には1勝を挙げるなど結果を残していた北原。それだけに、周囲はもちろんのこと、彼自身も今後の活躍を期待していたことは想像に難くない。病魔に襲われたのはそんな矢先のことだった。

第182回 ワールドシリーズはヤンキースvs.フィリーズ!?

◇アメリカン・リーグ  アメリカ国内でも、ア・リーグ優勝決定シリーズはやはりヤンキースが有利と予想する声が多い。9月の不振で心配されたヤンキース打線は、地区シリーズのツインズとの3試合で大舞台での勝負強さを再びアピール。特に3番打者のマーク・テシェイラが復調気配(地区シリーズでは4安打3打点)なのが心強い。しかも相手投手に1球でも多く投げさせる姿勢がチーム全体に貫かれているだけに、このシリーズでも極端な得点力不足に悩まされることは考え難い。

北原郷大(亜細亜大学野球部/徳島県美馬郡つるぎ町(旧半田町)出身)第2回「“ミスター五輪”からのアドバイス」

 北原郷大が野球を始めたのは小学1年の時。2人の兄がいた地元の軟式野球チームに入った。しかし、父親曰く、野球に熱中した2人の兄とは違い、北原の関心は野球だけにとどまらなかったという。 「とにかく活発で、よく遊ぶ子でしたよ。チームに入っても、いわゆる野球少年ではなかったですね。野球以外にもいろいろと興味を示す子だったんです。バッティングセンターに行っても、上の2人は一心不乱にバットを振って練習しているのに、郷大だけは1、2球打ったら、今度はバントをしてみたり……。一つのことに執着するというタイプではなかったですね」  しかし、実力は兄2人に決して劣ることはなかった。

北原郷大(亜細亜大学野球部/徳島県美馬郡つるぎ町(旧半田町)出身)第1回「無名からの挑戦」

 東都大学野球リーグは、今や大学野球で最もレベルの高いリーグと言っても過言ではない。最近5年間では、全日本大学野球選手権大会、明治神宮野球大会のどちらかで毎年優勝校を出している。その同リーグの一角を担っているのが、亜細亜大学だ。多くのプロをも輩出している同大学には当然、甲子園常連校から優秀な選手たちが集結する。その名門校に3年前、甲子園に一度も出場したことのない小さな公立校から一人の投手が入ってきた。徳島県立穴吹高校出身、北原郷大だ。

第181回 禁断の一戦、パッキャオ対マルガリート

 5階級制覇王者マニー・パッキャオの次なる標的が正式決定している。 11月13日にカウボーイズ・スタジアムにて対戦するは、メキシコの強豪アントニオ・マルガリート。かつてミゲール・コットに初黒星を付けたこともあるハードパンチャー(戦績38勝(27KO)6敗)である。

藤本主税(大宮アルディージャ/徳島市立高校出身)最終回「負けたくないライバルの存在」

 大宮アルディージャで迎える6年目の今シーズン、藤本は大きな決断を迫られた。3月20日、第3節の鹿島アントラーズ戦で左足ヒザを負傷し途中交代。これまで大きなケガとは無縁だった藤本にとって、初めての長期離脱を余儀なくされた。 「最初は手術をしないで治すことを考えたんですが、結局ダメでしたね」  負傷から2カ月後に人生で初めてヒザにメスを入れた。結果は成功。直後にワールドカップ期間に入りJリーグは中断した。藤本はこの間に懸命のリハビリを経てリーグ再開となる第11節川崎フロンターレ戦で復帰を果たした。全治2カ月と診断を受けたものの、予定よりも大幅に早いカンバックとなった。 「大きな手術は初めてだったけれど、本当にメディカルスタッフのみんなのおかげで順調に復帰できたし、とても感謝しています」

藤本主税(大宮アルディージャ/徳島市立高校出身)第3回「多くの経験と財産を胸に、大宮へ」

 99シーズンに在籍したサンフレッチェ広島ではリーグ年間順位こそ8位に留まったが、年末の天皇杯では準優勝の成績を収めた。4シーズン過ごした後、2003年に藤本は名古屋グランパスへ移籍する。23試合に出場したものの、さらなる出場機会を求めて翌年にはヴィッセル神戸へ。4つのクラブを渡り歩いた藤本にとって大きな財産になっていることがある。それは人との出会いだ。

第180回 メッツ、止まらない“負の連鎖”

 高橋尚成、五十嵐亮太と2人の日本人リリーバーを擁するメッツが、今季後半戦は苦しい戦いを強いられている。  開幕直後こそ予想外に好調で、6月27日の時点では貯金11(43勝32敗)。しかしオールスター以降は26勝33敗と崩れ、プレーオフへの夢も儚く消えた。  そんな中で高橋はリリーフ&先発に活躍し、シーズン終盤にはクローザーに抜擢。先発で予想外の11勝をマークして来たR.A.ディッキーと並び、低迷するチーム内で最大の嬉しい誤算になってはいる。ただ、そんな高橋の奮闘も、悪い流れを変えるまでにはもちろん至らなかったのが現実である。  地元ニューヨークの期待を裏切り続けるメッツ。9月に入ってからはガラガラのスタジアムで、無意味な消化ゲームを寂しくこなし続けているのだ。

第108回「ランス・アームストロングはどこに行くのか?」

 近年、国内でも広がりをみせるサイクルスポーツ。ここ10年ですっかり定着してきた感もあるが、その頂点に位置するのが毎夏フランスで開催されている「ツール・ド・フランス」。そのツールのヒーローとして君臨していたのがランス・アームストロングだ。1999年に優勝し、その後2005年まで前人未到の7連覇を達成した男である。

卓球・四元奈生美「人気アップにはユニホームの改革を!」 〜ニッポン放送「二宮清純のスポーツレジェンド」〜

 当HP編集長・二宮清純が出演するニッポン放送ラジオのレギュラー番組「ファンケルプレゼンツ 二宮清純のスポーツレジェンド」(月曜19:30〜)が現在、好評放送中です。この番組ではスポーツに情熱をかけているアスリートの方々をゲストにお招きし、インタビューを展開します。前回までの放送では、卓球界のジャンヌ・ダルク、四元奈生美選手が登場。ミニスカートやノースリーブなど、斬新なユニホームで常に観客の視線をとりこにする彼女に、コスチュームへのこだわり、卓球の魅力をたっぷりと語っていただきました。

藤本主税(大宮アルディージャ/徳島市立高校出身)第2回「キャプテンシーを学んだ国立での出来事」

 アビスパ福岡でプロサッカー選手としてのキャリアをスタートさせた藤本はプロの世界で結果を残すのに3年の年月を要した。  特に2年目のシーズンは藤本にとって厳しいものだった。前年に最下位に終わった福岡は97シーズン、カルロス・オスカール・パチャメを監督として迎えた。藤本はこのアルゼンチン人指揮官との相性が悪く衝突してしまい、まるで干されたような状況におちいる。1年目は10試合に出場していたものの、翌年のリーグ戦出場はわずか1試合。それどころか練習中の紅白戦にも出場させてもらえない日々が続いたのだ。

藤本主税(大宮アルディージャ/徳島市立高校出身)第1回「大宮を熱くする“背番号11”」

 徳島の夏の風物詩といえば、400年以上の歴史を誇る『阿波踊り』だ。“躍る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々”。毎年8月中旬に行われる伝統の祭りでは10万人が踊り、140万人が見物する。 “阿波踊り”と聞いて、多くのサッカーファンはこの男を思い浮かべるに違いない。大宮アルディージャの藤本主税だ。ゴール後に阿波踊りパフォーマンスを披露し人気者になった藤本は、プロ15年目になった今季も第一線で活躍を続けている。12シーズン連続でゴールを決め、通算50ゴールにも到達する勢いだ。高校時代から全国の舞台で戦い、Jリーグでも走り続ける男は、現在、オレンジのユニフォームを身に纏い、左腕にはキャプテンマークを巻いている。尊敬してやまない選手と同じ“背番号11”を背負いピッチに君臨する藤本は、多くのサポーターに愛される絶対的な存在だ。

第179 回 バスケ米国代表“Bチーム”は頂点に立てるか

 4年前の前回は日本で開催されたバスケットボールの世界選手権が、今年はトルコを舞台に8月28日より開幕している。  今大会も注目はやはりNBA選手たちがロースターにずらりと揃ったアメリカ代表。2年前の北京五輪では見事に金メダルを勝ち取ったものの、この世界選手権に関しては、彼らはもう随分長く栄冠から見放されている。  バスケの本場・アメリカの代表が最後に優勝を飾ったのは、なんと16年前の1994年。この屈辱的な空白を打ち破るために、今大会にも必勝態勢で臨んでくると思われたのだが……。

森孝久(南アW杯日本代表チームドクター/愛媛県松山市)最終回「愛媛をアスリートサポートの拠点に!」

 松山空港から車で6分。空港から松山市内に伸びる大通りから少し入ったところに森が院長を務める「整形外科つばさクリニック」はある。まだ新しいクリニックの中には診察室や処置室のみならず、奥の部屋ではトレーニングマシンが所狭しと並んでいる。2階に上がると、ボールを投げたり、蹴ったりできるほどのスペースも用意されている。これだけを見れば、まるでどこかのスポーツクラブの練習施設のようだ。

第16回 “史上最強”日本女子、世界8強入りを目指す! 〜FIBA世界バスケットボール2010〜

 4年に1度のバスケットボールの祭典「FIBA世界バスケットボール2010」が28日に開幕する。各大陸の予選を勝ち上がった強豪国が一堂に会し、世界の頂点を目指す。9月23日からチェコで開催される女子の大会では、日本代表が初のベスト8進出を狙う。今や日本女子バスケ界の顔となったキャプテンPG大神雄子を筆頭に、圧倒的な運動量を誇るPG吉田亜沙美や191センチの長身CF渡嘉敷来夢といった史上最強メンバーが世界の強豪たちに挑む。

森孝久(南アW杯日本代表チームドクター/愛媛県松山市)第4回「縁でつながった日本代表への道」

「もうちょっと違う治療があるはず。絶対、治る方法があるんじゃないか」  右大腿直筋断裂で大好きなサッカーを続けられなくなった森には大きな疑問が生じていた。それは消えるどころか、ますます頭の中で膨らんでいく。 「自分で治せるようになりたい」  整形外科医という新たな夢が生まれたのはその時だ。高校卒業後、2年間の浪人生活を経て、地元の愛媛大学医学部へ。27歳で同付属病院の研修医としてドクターとしての第一歩を踏み出した。

第178回 ヤンキースは今年も“運命のチーム”なのか

 オールスターゲーム当日の7月13日、ヤンキースの名物オーナーとして君臨してきたジョージ・スタインブレナー氏が亡くなった。  そのため球宴は「ザ・ボス」との別れを惜しむ舞台に変貌。デレック・ジーター、アレックス・ロドリゲスらヤンキースの選手たちまでが、急きょスピーチの壇上に立つこととなった。  そしてその後、後半戦が始まっても、ニューヨークではさまざまな追悼イベントが続行。ヤンキースの選手たちは「GMS(ジョージ・M・スタインブレナー)」と書かれた喪章を胸に付け、残りシーズンの戦いに臨んでいる。

第107回 「ラフティング世界選手権優勝!」

「ラフティング」というスポーツをご存じだろうか? アウトドア好きな方なら見たことや体験したことがあるだろう。名前からして荒っぽい感じだが、ゴムボートで川を下り自然を全身で感じる事が出来るスポーツだ。このラフティングの世界でも日本人が頑張っており、先日オランダで開催された「2010ラフティング世界選手権」で初の世界チャンピオンに輝いた。

森孝久(南アW杯日本代表チームドクター/愛媛県松山市)第3回「絆創膏購入にパトカー出動!?」

 サッカー日本代表のベスト16入りは、最悪の状況をも想定したスタッフたちの“準備力”の勝利だった。と同時に、南アフリカでの充実したサポートも大きかったと森は振り返る。 「結論から言うと、ヨーロッパの遠征に非常に近い環境だったのではないでしょうか。水や食事では苦労しなかったんです。日本から帯同した2人のシェフやホテルスタッフが、安全な食料を調達してくれましたから。生野菜は毎食食べられましたし、お米にしても日本から持ってきた分が途中でなくなったのですが、現地で韓国米を見つけて使っていました。すごくおいしくて好評でしたよ」

森孝久(南アW杯日本代表チームドクター/愛媛県松山市)第2回「岡田ジャパン躍進、本当の理由」

 南アフリカにチームドクターとして帯同することが決まったのは今年の2月。しかし、W杯に向けた準備はそのずっと前から始まっていた。「チームドクターって、23人の代表メンバーが全員、いつでも試合に出られるようにコンディションを整えるのが大前提なんです。だからキックオフの前に仕事の大部分は終わっている。試合が始まってしまえば、こちらができることはケガ人の対応とか限られていますからね」

第177回 松井秀喜、最後の戦いへ

 メジャーリーグのトレード期限にあたる7月下旬、松井秀喜がヤンキースに復帰する可能性が(ほんの一瞬だけ)話題となった。  元ネタはESPNラジオのコメンテーターが、「DHの補強策としてアダム・ダン(ナショナルズ)を狙うくらいなら松井の方が適切なチョイスなのでは」と述べたもの。その後、「スポーツ・イラストレイテッド」の記者もTwitter上に「まだヤンキースが松井との交渉に臨んだ形跡はない」と記すなど、噂は一時的に少なからず拡大の兆しをみせた。  ただ結局、ヤンキースはランス・バークマン、オースティン・カーンズをトレードで獲得。常勝軍団の補強策はあっさりと終焉し、一部の人が依然期待する松井の帰還劇はひとときの「真夏の世の夢」に終わった。

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