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Author Archives: 田崎健太

田崎健太「国境なきフットボール」

第197回 J開幕の流れに乗れなかった原因 ~稲川朝弘Vol.6~

 1993年5月15日、Jリーグが開幕した。前日の雨が上がり、昼過ぎからは国立競技場に向かう人たちで千駄ケ谷駅近辺はごったがえしていた。試合に先だって『TUBE』のボーカリスト、前田亘輝が君が代を独唱
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第196回 代理人としての第一歩 ~稲川朝弘Vol.5~

 1991年は日本サッカーの次世代への胎動の音が大きくなった年であった。 2月にプロリーグに参加する10チームが決定した。後にこれらは「オリジナル10」と呼ばれることになる。その内訳は、(日本サッカー
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第195回 自分の目で確かめるためにブラジルへ ~稲川朝弘Vol.4~

 1989年1月、昭和天皇の崩御により、昭和が終わり、平成が始まった。日本サッカー界も新たな時代が動き出した年でもあった。 3月、日本サッカーリーグ(JSL)内の「第二次活性化委員会」が「日本サッカー
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第194回 サッカーを愛する者たちが必死だった時代 ~稲川朝弘Vol.3~

 人生における選択は、本人が必死で考えたのだと思い込んでいても、後から時代の流れに何らかの形で背中を押されていたと気がつくものだ。 1984年夏、大学3年生だった稲川朝弘はコーチとして母校である日大藤
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第193回 指導者としての才能 ~稲川朝弘Vol.2~

 高校2年、稲川朝弘は愛知高校から日本大学藤沢高校に転校している。なぜこの学校を選んだのかと訊ねると、「テストなしで入れてくれるというので入った」と笑った。そしてサッカー部も強豪校のひしめく神奈川県の
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第192回 サッカー界を影で支える代理人 ~稲川朝弘Vol.1~

 李忠成をイングランドのサウサンプトンFCへ、前園真聖をブラジルのサントスFCとゴイアスFCに移籍させる。またウェズレイを名古屋グランパス、レアンドロ・ドミンゲスを柏レイソルに連れてくる。あるいは日本
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第191回 サッカーへの情熱が蘇る ~安永聡太郎Vol.12~

 2005年、安永聡太郞は横浜F・マリノスから柏レイソルに移籍した。岡田武史監督の下でJリーグ連覇を成し遂げたクラブの中で居場所を失っていたのだ。 2004年シーズン、入れ替え戦に回り、アビスパ福岡を
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第190回 半年で終わった2度目のスペイン ~安永聡太郎Vol.11~

 このシリーズの1回目に書いた、安永聡太郎にとって2度目のスペイン移籍――ガリシア州フェロールでの生活は半年で終わることになった。 安永はこの街のクラブ、ラシン・デ・フェロールで、フォワードの一角とし
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第189回 陥った負のスパイラル ~安永聡太郎Vol.10~

 燻っていた火が一気に燃え上がったのは、2001年9月のことだった。 2001年シーズン、第1ステージから安永聡太郎は清水エスパルス監督のズドラヴコ・ゼムノヴィッチに不満を募らせていた。 ゼムノヴィッ
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第188回 変えざるを得なかったプレースタイル ~安永聡太郎Vol.9~

 1998年10月28日、横浜マリノスと横浜フリューゲルスが合併に向けて動いていることが発覚した。 フリューゲルスの出資会社の1つである佐藤工業が経営不振に陥っており、もう1つの出資会社、全日空もクラ
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