指揮官の強迫観念<前編>

 秋も深まり、野球シーズンも佳境を迎えた。パ・リーグは北海道日本ハムがひと足先に日本シリーズ進出を決め、セ・リーグはクライマックスシリーズで巨人と中日が凌ぎを削っている。短期決戦において、ひとつの勝利、ひとつのプレーの重みはシーズンと比べものにならない。それゆえにベンチの戦術や采配の妙が、流れを大きく左右する。シーズン通りの戦い方をするのか、一戦必勝でいくのか、はたまた奇襲を仕掛けてみるのか。指揮官の腕の見せ所である。  ヤクルトが大阪近鉄を圧倒した2001年の日本シリーズも、両軍の勝敗を分けたのは監督の戦略にあったのではないだろうか。27日から開幕するセパ頂上決戦を前に、当時の原稿を振り返り、シリーズでのキーポイントを検証しよう。

第559回 ゴールボールを通じて広がる「心の視野」

「私たちの病気は視野が狭まるんですけど、逆に心の視野は広がるんです」。真っ直ぐこちらを向いたまま、ほのかな笑みを浮かべてそう語ったのは、ロンドンパラリンピック、ゴールボール女子金メダリストの小宮正江である。隣に座っていたチームメイトの浦田理恵がすぐに話を引き取った。「おかげで人間性を磨かせてもらっています」

第512回 WBCに切り札を投入した米国の本気度 米国代表監督、ジョー・トーリ

「今回は米国が本気になっている。(WBCで)日本に3度も勝たせるな、と。ですから(監督、コーチ就任を)引き受けてもらうことが非常に申し訳ない」  こう語ったのは日本プロ野球機構(NPB)の加藤良三コミッショナーである。

第558回 栗山英樹監督、魔術師・三原が乗り移った

 ドイツ帝国初代宰相として知られるオットー・フォン・ビスマルクは日本の近代化にも多大なる影響を与えた大政治家だ。そのビスマルクには「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」との名言がある。これについては本人の言葉かどうか疑わしいとの説もあるが、それはともかく、ビスマルクが没して100年以上経った今でも各界のリーダーたちが自らへの警句として、この言葉を口にすることは少なくない。

耐え続けた男 西岡利晃

“世紀の一戦”のゴングが刻一刻と近づいている。13日、ボクシングの本場・米国で世界スーパーバンタム級王座統一戦が行なわれる。この試合、拳を交えるのは、3月に日本人初のWBC同級名誉王者となった西岡利晃と、WBO、IBF同級王者のノニト・ドネアだ。西岡は5度目の世界挑戦で、悲願の戴冠を果たした不屈の男である。対するドネアは4階級制覇を成し遂げたフィリピンが生んだスーパースター。軽量級の頂上決戦に世界中の注目が集まる。  強敵と立ち向かう西岡の折れない心の一端に、2年前の原稿で触れてみたい。

第510回 「ノムラの教え」を移植してV奪回を演出 巨人・橋上秀樹戦略コーチ

 優勝の陰の功労者と言ってもいいだろう。2位・中日とのゲーム差11・5、貯金42(9月27日現在)。巨人がぶっちぎりでセ・リーグを制した。  4月に5連敗を2度喫するなど立ち上がりこそ不安定だったが、最大時の借金7もハンディキャップにはならなかった。

第508回 健康不安の中でもオレ流トークは絶好調 前中日監督・落合博満氏

「口は歪み、目の焦点も定まっていなかった。それでも話は理路整然としていた。しかし監督としての現場復帰は、さすがに難しいのでは……」  前中日監督の落合博満は9月8日、松山市内で講演を行った。以上は講演を聞いた男性会社員の感想だ。

オリックス、モダン・ベースボールの幕開け

 モダン・ベースボールの申し子がユニホームを脱いだ。10日、田口壮が会見を開き、現役引退を正式に発表した。20年間のプロ生活で、日米4球団を渡り歩き、好守の外野手として活躍。オリックスで日本シリーズ、カージナルスとフィリーズでワールドシリーズ制覇に貢献するなど、日米を股に掛けた名バイプレイヤーだった。オリックス時代にイチロー、本西厚博と形成した外野陣は鉄壁を誇り、史上最強との呼び声も高かった。  プロ野球の一時代を築いた堅守の外野陣を、当時の原稿で振り返る。

第554回 車いすテニスの名伯楽が進む新たな道

 高橋尚子には小出義雄がいたように、北島康介には平井伯昌がいたように、ロンドンパラリンピック車いすテニス男子シングルスで同種目史上初の2連覇を達成した国枝慎吾には丸山弘道という名伯楽がいた。いた、と過去形にしたのはロンドンを最後にコンビ解消を明言したからだ。その理由は「国枝慎吾を負かす選手を育てたくなった」。いかにも丸山らしい。

光の扉を開く男 高橋勇市

 イギリス・ロンドンで“もうひとつのオリンピック”と呼ばれるパラリンピックが開幕し、熱戦が続いている。陸上の男子マラソンは、最終日の9日に行なわれ、日本代表3選手が出場する。その中のひとり、高橋勇市は今大会で3連続出場となる。初のパラリンピックとなった2004年のアテネでは、T11(全盲)クラスに出場し、2時間44分24秒で、見事に金メダルを獲得した。連覇が期待された北京では、2時間43分38秒と、記録ではアテネを上回ったものの、T11とT12(弱視)のクラスが統合されたこともあり、16位に終わった。高橋はパラリンピック発祥の地とされるロンドンで、雪辱を胸に表彰台を目指す。  全盲ランナーの不屈の物語を、05年の原稿で振り返る。

第551回 パラリンピアンに気軽なトレセン利用を

 これは残念なデータである。パラリンピックに出場した選手らでつくる「パラリンピアンズ協会」(河合純一会長)の調査で、アンケートに答えた選手たちの実に75.6%がナショナルトレーニングセンター(NTC)を、80.7%が国立スポーツ科学センター(JISS)を利用したことがない事実がわかった。

第504回 アクシデントを乗り越えて高く羽ばたけ 広島・會澤翼捕手

 その瞬間、球場中が凍りついた。ひび割れたヘルメットのツバが事態の深刻さを物語っていた。  8月2日、横浜スタジアム。横浜DeNA対広島。9回表1死一、二塁の場面で広島ベンチは代打に思いっ切りのいいバッティングが持ち味の會澤翼を送った。

若きタイトリストの明日 小久保裕紀

 球界を代表するスラッガーが、ついにバットを置く。14日、福岡ソフトバンクの小久保裕紀が今季限りでの引退を発表した。小久保はプロ入り2年目の1995年にホームラン王を獲得し、97年には打点王に輝いた。今季は6月に史上41人目の通算2000本安打を達成。プロ19年間で、積み上げてきた本塁打(411)と打点(1290)は金本知憲(阪神)に次ぐ現役2位(17日現在)の記録だ。しかし、「フリー打撃でボールが飛ばなくなった」などの衰えを理由に、ユニホームを脱ぐことを決意した。誇り高きホームランアーティストらしい幕の引き方と言えるだろう。  ミスターホークス・小久保のホームランへのこだわりを、16年前の原稿で、振り返る。

第550回 戦争で散った沢村のライバル・景浦将

 地方球場でオールスターゲームを2度開催したことがあるのは松山市の坊っちゃんスタジアムだけだ。球場名は言うまでもなく松山が舞台となった夏目漱石の小説「坊っちゃん」に由来する。ファウルグラウンドを除き、総天然芝の素晴らしい球場である。  球場名が公募された際、私は用紙に「景浦将記念スタジアム」と書き込んだ。その名を球場名に冠することで、地元が生んだスーパースターの功績を永久に語り継げるのでは、と考えたのだが、残念ながら一顧だにされなかった。

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