巨人の阿部慎之助が日本シリーズMVPに輝いた内海哲也を評して「(バッテリー間で)無言の会話ができる」と語っていた。今は亡き作家の佐瀬稔が「無言の会話」という言葉を好んで使っていた。いい言葉だ。 不意に26年前の日本シリーズを思い出した。8戦までもつれ込んだシリーズは後にも先にも、これだけだ。西武のエースは東尾修、広島の主砲は山本浩二。18・44メートルをはさんで、2人のベテランは思う存分「無言の会話」を楽しんだ。
地味ながら指導力には定評がある。最下位からの浮上を目指すオリックスにとってはうってつけの人物ではないか。 オリックスの次期監督に森脇浩司監督代行が昇格することになった。監督代行に就任以降の成績が6勝2敗と良かったことも白羽の矢が立った理由のひとつのようだ。
第2戦、案の定、岩隈は2回3分の1でKOされた。6回表が終了した時点で2対6と4点のビハインド、これを伏兵・水口栄二の3ランで追いつき、8回、タフィ・ローズの決勝3ランでゲームを引っくり返してしまうのだから、やはり“いてまえ打線”はダテではない。
唐突に辞職を表明した石原慎太郎都知事が旗振り役となってスタートした東京五輪・パラリンピック招致活動。首都に2020年五輪・パラリンピックがやってくるかどうかは来年9月まで待たなければならない。だが、2019年ラグビーW杯の日本開催は既に決定している。逆算すれば、遅くとも18年度内にはメインスタジアムを完成させていなければならない。
ドラフト1位指名の高校生がNPB(日本プロ野球組織)を経ずにメジャーリーグ挑戦を表明したのは初めてのことである。
7年前のドラフト会議、高校生の目玉は辻内崇伸(巨人)だった。野手で評価が高かったのは平田良介(中日)、陽仲壽(現岱鋼・北海道日本ハム)、岡田貴弘(T−岡田・オリックス)ら。今季、パ・リーグで首位打者に輝いた角中勝也の名前は、候補選手リストのどこを探しても見当たらない。無理もない。石川の日本航空第二高(現日本航空石川)でプレーしていた角中に甲子園出場経験はなく、誘われていた社会人チーム入りの話も、夏の予選敗退後には立ち消えになった。
トレイ・ヒルマン、梨田昌孝、栗山英樹。フロント主導人事で、三代続けて優勝監督を輩出するのだから、北海道日本ハムは進歩的な球団である。 指導経験のない栗山を、いきなり監督に据えたのも、フロント力に確固たる自信があったからだろう。
秋も深まり、野球シーズンも佳境を迎えた。パ・リーグは北海道日本ハムがひと足先に日本シリーズ進出を決め、セ・リーグはクライマックスシリーズで巨人と中日が凌ぎを削っている。短期決戦において、ひとつの勝利、ひとつのプレーの重みはシーズンと比べものにならない。それゆえにベンチの戦術や采配の妙が、流れを大きく左右する。シーズン通りの戦い方をするのか、一戦必勝でいくのか、はたまた奇襲を仕掛けてみるのか。指揮官の腕の見せ所である。 ヤクルトが大阪近鉄を圧倒した2001年の日本シリーズも、両軍の勝敗を分けたのは監督の戦略にあったのではないだろうか。27日から開幕するセパ頂上決戦を前に、当時の原稿を振り返り、シリーズでのキーポイントを検証しよう。
「私たちの病気は視野が狭まるんですけど、逆に心の視野は広がるんです」。真っ直ぐこちらを向いたまま、ほのかな笑みを浮かべてそう語ったのは、ロンドンパラリンピック、ゴールボール女子金メダリストの小宮正江である。隣に座っていたチームメイトの浦田理恵がすぐに話を引き取った。「おかげで人間性を磨かせてもらっています」
「今回は米国が本気になっている。(WBCで)日本に3度も勝たせるな、と。ですから(監督、コーチ就任を)引き受けてもらうことが非常に申し訳ない」 こう語ったのは日本プロ野球機構(NPB)の加藤良三コミッショナーである。
ドイツ帝国初代宰相として知られるオットー・フォン・ビスマルクは日本の近代化にも多大なる影響を与えた大政治家だ。そのビスマルクには「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」との名言がある。これについては本人の言葉かどうか疑わしいとの説もあるが、それはともかく、ビスマルクが没して100年以上経った今でも各界のリーダーたちが自らへの警句として、この言葉を口にすることは少なくない。
足が速いこと。肩が強いことはもちろんだが、ケガに強いこともプロ野球選手にとっては才能のひとつだろう。 世界記録となる1492試合連続フルイニング出場を誇る阪神の金本知憲が今季限りで引退を表明した。
“世紀の一戦”のゴングが刻一刻と近づいている。13日、ボクシングの本場・米国で世界スーパーバンタム級王座統一戦が行なわれる。この試合、拳を交えるのは、3月に日本人初のWBC同級名誉王者となった西岡利晃と、WBO、IBF同級王者のノニト・ドネアだ。西岡は5度目の世界挑戦で、悲願の戴冠を果たした不屈の男である。対するドネアは4階級制覇を成し遂げたフィリピンが生んだスーパースター。軽量級の頂上決戦に世界中の注目が集まる。 強敵と立ち向かう西岡の折れない心の一端に、2年前の原稿で触れてみたい。
「彼しかいない。人間的な魅力も評価されたんじゃないでしょうか」。そう語るのは来春のWBCで3連覇を目指す野球日本代表「侍ジャパン」監督に就任することが内定した山本浩二の“育ての親”である松永怜一である。
優勝の陰の功労者と言ってもいいだろう。2位・中日とのゲーム差11・5、貯金42(9月27日現在)。巨人がぶっちぎりでセ・リーグを制した。 4月に5連敗を2度喫するなど立ち上がりこそ不安定だったが、最大時の借金7もハンディキャップにはならなかった。
チケット販売数は史上最多の270万枚。障害者スポーツの発祥の地ということもありロンドンパラリンピックは空前の盛り上がりを見せた。
来春のWBCで3連覇を狙う日本代表(侍ジャパン)の監督選びが難航している。 落合博満、秋山幸二、梨田昌孝、山本浩二、山田久志……。
うどの大木――。体ばかり大きくて何の役にも立たない者のたとえだが、プロ野球の世界でも、20年程前までは「大男は使い物にならない」と言われたものだ。
「口は歪み、目の焦点も定まっていなかった。それでも話は理路整然としていた。しかし監督としての現場復帰は、さすがに難しいのでは……」 前中日監督の落合博満は9月8日、松山市内で講演を行った。以上は講演を聞いた男性会社員の感想だ。
モダン・ベースボールの申し子がユニホームを脱いだ。10日、田口壮が会見を開き、現役引退を正式に発表した。20年間のプロ生活で、日米4球団を渡り歩き、好守の外野手として活躍。オリックスで日本シリーズ、カージナルスとフィリーズでワールドシリーズ制覇に貢献するなど、日米を股に掛けた名バイプレイヤーだった。オリックス時代にイチロー、本西厚博と形成した外野陣は鉄壁を誇り、史上最強との呼び声も高かった。 プロ野球の一時代を築いた堅守の外野陣を、当時の原稿で振り返る。
高橋尚子には小出義雄がいたように、北島康介には平井伯昌がいたように、ロンドンパラリンピック車いすテニス男子シングルスで同種目史上初の2連覇を達成した国枝慎吾には丸山弘道という名伯楽がいた。いた、と過去形にしたのはロンドンを最後にコンビ解消を明言したからだ。その理由は「国枝慎吾を負かす選手を育てたくなった」。いかにも丸山らしい。
佑ちゃんどうした!? 北海道日本ハムの斎藤佑樹がもがき苦しんでいる。 7月29日、オリックスに4回途中でKOされ、監督の栗山英樹から2軍落ちを命じられた。故障以外での登録抹消はプロに入って初めてのことだ。
カナダ出身の名レスラーと言えば、真っ先に思い浮かぶのが“荒法師”の異名をとった第45代NWA世界ヘビー級王者ジン・キニスキーだ。2メートル9センチのジャイアント馬場を軽々とバックドロップで投げつけるほどパワフルなレスラーだった。
イタリア国籍のNPBプレーヤーはスティーブン・ラム(元阪神)に次いで2人目である。オリックスのアレッサンドロ・マエストリが8月26日の埼玉西武戦で初完投勝利をあげた。
イギリス・ロンドンで“もうひとつのオリンピック”と呼ばれるパラリンピックが開幕し、熱戦が続いている。陸上の男子マラソンは、最終日の9日に行なわれ、日本代表3選手が出場する。その中のひとり、高橋勇市は今大会で3連続出場となる。初のパラリンピックとなった2004年のアテネでは、T11(全盲)クラスに出場し、2時間44分24秒で、見事に金メダルを獲得した。連覇が期待された北京では、2時間43分38秒と、記録ではアテネを上回ったものの、T11とT12(弱視)のクラスが統合されたこともあり、16位に終わった。高橋はパラリンピック発祥の地とされるロンドンで、雪辱を胸に表彰台を目指す。 全盲ランナーの不屈の物語を、05年の原稿で振り返る。