格闘技の強さを語るとき、柔道やプロレスには関節技があるが、相撲にはそれがない。よって相撲よりも柔道やプロレスのほうが強い、というひとがいるが、これはまったくのウソ。一瞬のうちに決めてしまう相撲の関節技は最も実戦的といっても過言ではない。 とったり、逆(さか)とったりはその代表的な技といっていいだろう。 相手が差しにくる瞬間、その手首をつかみ、ヒジを決め上げるや引きずるようにして捻り倒すとったりは最近の土俵でもしばしば見かけるが、だれにでも決められるほどヤワな技ではないようだ。
「貧すれば鈍する」ということわざは韓国にもあるのだろうか。 サッカーの韓国プロリーグ「Kリーグ」の八百長問題は泥沼の様相を見せ始めた。5人の選手が逮捕されただけでも一大事なのに、ついに自殺者まで出てしまったのだ。
右脇腹痛で出遅れた埼玉西武・岸孝之が5月21日、交流戦の対中日戦で今季初勝利を挙げた。5回2失点。ベンチはコンディションを見ながら球数を増やしていく方針のようだが、この男の復活なくして巻き返しはあり得ない。
女性は西日本を代表する織布会社の次女だった。いわゆる深窓の令嬢である。女子大生の身ながら、ひとりで球場にやってきて、投手のボールの角度が、一番よく分かる席に腰かけた。
プロ野球において、近年、外国人選手は1チーム4人まで一軍登録することができる。 しかしルール上、野手のみ4人、ピッチャーのみ4人というのは許されない。つまり、4人を同時に使おうと思えば野手3人とピッチャー1人、あるいは野手、ピッチャーとも2人といった具合にうまく振り分けなければならない。 外国人選手でも、FA権を取得すると外国人枠からはずれる。たとえば巨人のアレックス・ラミレスがそうだ。何だか変な話ではあるが……。
ノンフィクション作家・最相葉月さんの本を読むまで「絶対音感」なる言葉の意味について詳しくは知らなかった。要するに他の音と比較せず、単独で音名を認識できる能力を指す。これを身につけるにはなるべく早く訓練を始めたほうが有利だと言われている。
「デブでも“動けるデブ”と“動けないデブ”がいるんです」 おもしろいことを言う人だなぁ、と思った。 言葉の主は東京ヤクルト監督の小川淳司だ。
大相撲の決まり手の数は、現在87手ある。その中には、一度も使われていない決まり手も存在する。かつて相撲界には、栃錦や栃赤城など多彩な決まり手で勝ち名乗りを受けた力士がいた。近年では“技のデパート”と呼ばれた舞の海か。しかし、今の土俵を見ると、彼らほどの個性派力士は存在しない。今年の五月場所は、八百長問題を受けて、技量審査場所となった。技量が問われる今場所、新たな技巧派力士の出現に期待したい。 そこで、滅多に見られることのない大相撲の技の数々を、1992年の原稿で紹介しよう。
「捕手は鍛え方が違う。だから、どのポジションにコンバートされても成功する確率が高いんですよ」。いつだったか千葉ロッテの打撃コーチ金森栄治が、ポロリとこう漏らしたことがある。
「一度ヒューンと外に飛んでいって途中でガンと内側に食い込んでくるんです」 北海道日本ハムファイターズのサウスポー武田勝のスライダーを評して、目を丸くしながらそう語ったのは、巨人の坂本勇人である。今から3年前の話だ。まるで獲物に襲い掛かる猛禽のようなボールである。
昔、ワイドショーに「なっとくいかないコーナー」という名物コーナーがあった。もし、平成の世にもこのコーナーが続いていたら、おそらくスワローズファンの誰かが投書していたはずである。「この記述は納得いかない」と。
恐れていたことが現実になった。ツインズの西岡剛が4月7日(日本時間8日)のヤンキース戦でニック・スウィッシャーのスライディングを受け、左すねの腓骨(ひこつ)を骨折した。
高木琢也といえば、現役時代 “アジアの大砲”と呼ばれた日本を代表する大型FWだった。しかし、指導者になってからは一変し、守備的なスタイルを掲げている。2006年の開幕直後、J2の横浜FCの監督に就任すると、まずチームの守備意識を高めさせた。それが功を奏し、クラブは15戦無敗の快進撃をみせ、見事J1昇格を果たしたのだ。 そして今、高木はロアッソ熊本の指揮を執る。昨季は、前年度J2ワースト2位の失点を喫していた守備陣を建て直し、クラブを初の1ケタ順位(7位)へと押し上げた。今季J1昇格を目指す高木の指揮官としての哲学を、3年前の原稿で振り返ろう。
「あれは野球の神様が教えてくれたボールなんです」。最初に取材で会った時、なんてロマンチックなことを言う人だろうと思った。言葉の主は、去る21日に他界した元ロッテのエース成田文男である。
デビュー戦の内容は早大の同級生・斎藤佑樹(北海道日本ハム)を上回っていた。 去る4月17日、地元での巨人戦で広島のドラフト1位ルーキー福井優也がプロ初登板を初勝利で飾った。同じ日、斎藤もプロ初勝利を挙げた。斎藤が5回4失点だったのに対し、福井は7回2失点。7三振を奪う力投だった。
「日本で一番高い山は富士山。では2番目に高い山は?」。この春、ある企業の社員研修に講師として呼ばれた。冒頭、営業部長が若い社員に問いかけた。答えが返ってこない。頃合いを見計らって部長は語気を強めた。「皆さん、あまりご存じないでしょう。実は北岳という山なんです。富士山が3776メートル、北岳が3193メートル。人々が記憶しているのは何でもナンバーワンだけ。そう、ナンバーツーじゃ意味がないんです」。妙に説得力があった。
「胴上げの回数と高さを見ていれば、その監督がどれだけ選手たちに慕われているかわかります」 かつて、あるセ・リーグの主力選手から、そんな話を聞いたことがある。
今やプロ野球界屈指の守備の名手と言われる宮本慎也は、適応能力の高いプレーヤーだ。 レギュラーに定着したプロ3年目以降、ショートストップとして6度のゴールデングラブ賞を獲得した宮本は、2008年のシーズン途中からサードにコンバートされた。それまでショートストップとして、不動の地位を築いていた彼も、03年以来ゴールデングラブ賞からは遠ざかっており、多少の衰えも感じられていた。しかし、宮本はサードでも堅守ぶりをみせた。翌年から2年連続でゴールデングラブ賞に輝き、再び名手として返り咲いたのだ。 40歳になった今もなお、堅固な守備を見せている宮本。その職人技と称される守備の原点を、03年の原稿で振り返る。
「ネバー・ギブ・アップ」。言うは易し、行うは難しだ。9回、狙いすました左ストレートで6度目の防衛を果たしたWBC世界スーパーバンタム級王者・西岡利晃。「不屈」という言葉が彼ほど似合う男はいない。
この男が復帰して一番喜んでいるのは、おそらくルーキーの斎藤佑樹ではないか。 打ってよし、守ってよし。この男がスタメンに名を連ねているのといないのとでは大違いである。
江戸が火の海に包まれたのは今から354年も前のことだ。旧歴の1月、北西からの強風にあおられ、まちの6割以上が焦土と化し、10万人を超えると言われる人命が失われた。明暦の大火、俗に振袖火事と呼ばれている。
47歳のサウスポー、工藤公康は目下、浪人中である。まだ現役復帰を諦めていない。 右足のふくらはぎ、左ヒジ、左肩に不安があるため投球練習はしていないが、毎朝、横浜市内の自宅近くをジョギングしている。
東日本大震災を受け、真っ先に被災地への支援を呼びかけたアスリートがいる。エドモントン、ヘルシンキ世界陸上選手権男子400メートルハードル銅メダリストの為末大だ。 為末はこれまでにも、フィールド外において積極的な活動を行っている。2007年には、陸上競技のPRのために「東京ストリート陸上」を開催。オフィス街・丸の内に特設コースを作った大会は大きな注目を集めた。また、昨年には、資金難に苦しむマイナースポーツ選手をサポートする社団法人「アスリートソサエティ」を設立するなど、アスリートの地位向上に貢献を果たしている。 そんな為末の競技にかける思いを象徴するレースがある。サムライ・ハードラーが見せた熱き魂の走りを、過去の原稿で振り返ろう。
プロ野球史に残る名勝負といわれる1979年の広島対近鉄の日本シリーズ第7戦。世にいう“江夏の21球”で広島が4対3で近鉄を振り切り、球団史上初の日本一に輝いた。
しゃべり出したら止まらない。球界の“二大おしゃべり”と言えば、東北楽天前監督の野村克也と中日・落合博満監督だろう。 ただ、この二人には決定的な違いがある。 ノムさんが、多少の好き嫌いはあるにせよメディアを選別しないのに対し、落合は自らが心を開いた人間としか話さない。だから落合の本音は世間には伝わりにくい。