第477回 “弱者に寄り添う気持ち”球界に必要

 大震災が起きた日、私は京都にいた。ボクシングの元OPBF東洋太平洋バンタム級王者・村田英次郎(現エディ・タウンゼントジム会長)を取材するためだ。大阪府高槻市のジムから最寄り駅まで車で村田に送ってもらい、そこから京都に出た。地震の発生を知ったのは京都駅のプラットホームだった。

第431回 開幕投手の「苦い味」を知る者の心中は…… 東北楽天・佐藤義則1軍投手コーチ

 開幕投手を誰にするか。これはピッチングコーチにとって一番、頭の痛い問題である。あちらを見れば、こちらが立たず、というわけだ。  自他ともに認める大エースがいれば、頭を痛める必要はない。しかし、同等の力を持つピッチャーが複数いた場合、誰を指名するか悩むことになる。

剛腕、海を渡る 田澤純一

  田澤純一はNPB(日本プロ野球組織)の指名を回避して、メジャーリーガーとなった初の日本人プレーヤーだ。2008年、NPB入りを拒否した田澤は、ボストン・レッドソックスと3年契約を結んだ。その決断は、NPBがアマチュア選手の海外流出防止策を設けるほど、異例のことだった。  田澤はアメリカに渡ると、1年目からメジャーデビューを果たし、初勝利をあげた。  しかし、さらなる飛躍を期待された彼に苦境が訪れる。2年目の開幕直前、右肘じん帯の損傷が見つかり、結局そのシーズンは手術とリハビリで1年を棒に振ることとなったのだ。今季は契約最終年を迎え、先発ローテーション入りを目指す。正念場に立たされた彼は、果たしてメジャーの一線で活躍できるのか。  そこで、レッドソックス入団前の田澤に対する期待と不安を、08年の原稿で振り返り、その可能性を探る。

第476回 プロ野球開幕延期やむを得ない

 東京ヤクルトのスカウト(東北・関東地区担当)八重樫幸雄は地震が発生した時、センバツに出場する東北高のグラウンドにいた。「もう立っていられなかった。踏ん張ろうにも踏ん張れない。練習はすぐ中止になりました。あいにく雪も降り始めた」。 母校・仙台商高の先輩の車中で2晩過ごした。「(地震発生から)2日間は携帯も全くつながらない。やっと3日目、家族と携帯メールで連絡がとれた。球団にも無事を伝えました」

第475回 “ケガの功名”武田勝の必殺スライダー

 昨季14勝(7敗)をあげた北海道日本ハムファイターズのサウスポー武田勝のスライダーは右バッターの懐めがけて猛禽のように襲いかかってくる。巨人の坂本勇人によると、外に向かっていたボールが急に角度を変え、ジャックナイフのように懐をえぐるというのだ。それとは別にホームベースの外からアウトコースめがけて切れ込ませるものもある。

不死鳥のごとく 山瀬功治

 山瀬功治といえば日本代表経験もあり、鋭いドリブル突破を武器に相手守備陣を切り裂くアタッカーだ。しかし昨季、そんな山瀬に悲劇が訪れた。それは、チームからの突然の戦力外通告だった。失意の底に落ちた彼は、気持ちを新たに川崎フロンターレと契約。初タイトルを目指すチームとともに逆襲を誓う。  山瀬はこれまで幾度となく逆境をはね返してきた。新人王を獲得した翌年には、右ヒザ前十字じん帯断裂。その3年後には左ヒザの前十字じん帯も断裂した。それでも彼は、ピッチに帰ってきた。  絶望の淵から這い上がった山瀬のメンタリティーを、2005年の原稿で振り返る。

第428回 先発神話を覆して「大魔神」の道を歩む? 埼玉西武・大石達也投手

 日本野球では「先発に失敗した者がリリーフに回る」という考え方がまだ一般的だ。メジャーリーグでは通算601セーブのメジャー記録をもつ元ブルワーズのトレバー・ホフマンのように、最初からリリーフ一筋という例が少なくない。

第474回 “聖域”死守か世代交代か……迫る決断の時

 元ヤクルトの鈴木康二朗といえば、王貞治からハンク・アーロンの世界記録を抜く756号を“被弾”した投手として知られている。  その鈴木が井本隆とのトレードで1983年、近鉄に移籍した。近鉄には鈴木啓示という大エースがいた。トレードのニュースに接し、鈴木啓示は何と言ったか。「このチームに鈴木はワシひとりでいい。鈴木康二朗君は、できたら別の登録名でやってくれんかな」

第427回 意義深い高津の独立リーグ挑戦

 通算セーブのプロ野球記録を持つ元東京ヤクルトの高津臣吾が独立リーグ・BCリーグの新潟アルビレックスに入団することが決まった。  高津はNPBで286セーブ、メジャーリーグで27セーブ、韓国で8セーブ、台湾で26セーブと日米韓台の4カ国でセーブをあげている国際派のピッチャー。今年から新潟の監督を務める元ヤクルトの橋上秀樹から「若い選手に投げる姿勢を見せて欲しい」と“手本”の役割を求められている。

38歳、蘇る大砲 山武司

 山武司(東北楽天)は、史上3人目となるセ・パ両リーグで本塁打王を獲得した日本を代表する長距離砲だ。中日、オリックス、楽天と3球団にわたって積み上げてきた通算本塁打数は実に391。42歳となった現在も主力として活躍を続けている。そんな輝かしい実績を持つ山だが、オリックス時代の2004年オフには自由契約となる屈辱を味わっている。引退をも覚悟した彼を拾ったのは、翌年からプロ野球に新規参入することが決定していた楽天だった。そこで2人の指導者と出会い、打撃開眼した山は、07年に本塁打王、打点王の二冠王を獲得し、見事にホームランバッターとしての復活を遂げた。  40歳を超えてなお進化を続ける山。その復活劇の裏側を、07年の原稿で振り返ろう。

第473回 初回に弱いマー君 「収穫」の3失点

 初回に3本のヒットを浴び、四球もからんで3点を奪われた。2回、3回と無失点で切り抜けただけに立ち上がりの不安が余計にクローズアップされた。  キャンプ地・久米島での紅白戦。「打たれたことで逆に収穫があった」。東北楽天・田中将大は冷静な口調で言った。

第472回 “八百長告発者”を調査委に加えてみては

 北朝鮮ではストリートチルドレンのことをコッチェビというらしい。ジャンマダン(闇市場)で残りものを漁ったり、拾い食いをしながら飢えをしのいでいる。隠し撮りされた映像をテレビで見たことがあるが、裸足で服はボロボロ、体はガリガリ。思わず目をそむけそうになった。

敵を読み、敵を討つ 水谷隼

 水谷隼といえば日本卓球界のエースだ。1月に行なわれた全日本選手権で男子史上初の5連覇を達成した。日本で敵なしの強さを誇る水谷は、昨年の国際卓球連盟(ITTF)プロツアー・グランドファイナルで日本人初Vの快挙を成し遂げた。ITTFの世界ランキングでも7位に入り、強豪と肩を並べている。5月の世界選手権では日本人として32年ぶりとなるシングルスのメダルを目指す。  数々の記録を塗り替え、天才と称される水谷のプレースタイルを、08年の原稿で振り返る。

第424回 球界最年長投手が抱く「28年目の不安」 中日・山本昌投手

 NPB(日本プロ野球組織)における現役最年長投手である。いったい、誰がプロ入り時に今の山本昌(本名:昌広)の姿を予想し得ただろう。  1984年に神奈川の日大藤沢高からドラフト5位で入団。最初の4年間は勝ち星なし。その間、何度も解雇の危機に見舞われた。

第423回 価値あるイチローの“一筋主義”

 昨季、メジャーリーグ史上初となる10年連続シーズン200安打を達成したイチロー(マリナーズ)は来季限りで球団との契約が切れる。  周知のようにマリナーズは2001年にメジャーリーグ史上最多タイのシーズン116勝(46敗)をあげ、ア・リーグ西地区を制したものの、それ以降は低迷が続き、昨季も地区最下位に沈んだ。

第422回 「18歳の4番打者」から球界屈指の名伯楽 埼玉西武・土井正博ヘッド兼打撃コーチ

「18歳の4番打者」と聞いても、若いプロ野球ファンはピーンと来ないかもしれない。今なら間違いなく流行語大賞の候補にあがっているはずだ。  近鉄、太平洋クラブ−クラウンライター―西武で強打者として鳴らした土井正博が4年ぶりに埼玉西武のヘッド兼打撃コーチに復帰した。67歳。現役コーチとしては最年長である。

球際の仕事師 今野泰幸

 今野泰幸はアルベルト・ザッケローニ監督の就任後、全試合にスタメン出場を果たし、怪我人続出の日本代表の最終ラインを支えている。センターバックに加え、サイドバック、ボランチと複数のポジションをこなせるユーティリティ性を持ち、代表にとって貴重な存在だ。  活躍の場を広げる一方で今野は昨年、2つの挫折を味わっている。1つは、名を上げるチャンスのあった南アフリカW杯を直前の親善試合で負傷し、わずか数分間の出場にとどまったこと。もう1つは、所属するFC東京がリーグ戦16位に終わり、J2降格の憂き目にあったことだ。苦汁を嘗める形となった今野は今季、ザックジャパンでの定位置確保とクラブのJ1復帰を目指す。  昨年の雪辱に燃える今野のパーソナリティを、06年の原稿で振り返りたい。

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