第342回 WBCの呪いが解けるまで怪腕雌伏の時 レッドソックス・松坂大輔投手

 右肩の張りを理由に、さる6月21日、今季2度目の故障者リスト(DL)入りした。もう、かつての怪腕は戻ってこないのか。  レッドソックスの松坂大輔が肩の不調もあり、大不振にあえいでいる。7月3日現在、8試合に登板し1勝5敗で防御率8.23。

ビル・ロビンソン 肉体の帝王学

「ちょっと技をかけてくれないか……」  冗談のつもりで右手を差し出すと、太り気味のイギリス人は目にも止まらぬ速さで私の腕をとり、あっという間にロックしてしまった。  次の瞬間、ヒジの関節に鈍い痛みが走り、恥ずかしながら私は大声を出してしまった。

第389回 “行間”読み解いてこそのデータ

 データが真実の断片を浮き彫りにすることは確かにある。だが、それは決して真実の全体像ではない。  海の向こうから続々と野球に関する指標が押し寄せている。金融工学なるものを生み出し、それに自らが踊り、結果として「100年に1度の経済危機」の引き金を引いた国の発明品を何の疑いもなく取り入れる方もどうかとは思うが、とりあえず色眼鏡をかけずに客観的に検証してみたい。

第388回 社会人野球から第二の草野を探せ

 貧打の東北楽天にあって、ひとり気を吐いているのが4番の草野大輔である。打率3割6分8厘で、目下、首位打者。柔らかいフォームで広角に打ち分ける熟達の技術は篠塚和典(現巨人打撃コーチ)張りだ。「似ている? そう言ってもらえると嬉しい。だって子どもの頃は篠塚さんの大ファンで真似ばっかりしてましたもん」。野球小僧のような口ぶりで、そう言った。

第340回 「病は気から」そして夢をかなえるのも心 ニューヨーク・メッツ 高橋建投手

 40歳のオールドルーキー高橋建(メッツ)が元気だ。6月15日現在、貴重なサウスポーの中継ぎとして14試合に登板している。  14日のヤンキース戦では0−14と大量リードされた7回1死満塁から登板し、松井秀喜から三振を奪った。

日本に「W杯出場」の資格はあるか<後編>

 フットボールとは「球戯」である。「球」と「戯」れると書く。「球技」は誤りだと私は考える。蒸し返すようで恐縮だが、加茂前監督の最大の失敗――それは相手の長所を消すことに腐心するあまり、自らが楽しむことを忘れたことにあったのではないか。守りに重きを置いた愛着のない3バックシステム(日本の場合、両アウトサイドを含めて5バックのような陣形になっていた)の採用は、選手に戸惑いを与えこそすれ、歓迎されるものではなかった。

第387回 マット界は三沢さんの「戦死」無駄にするな

 元プロレスラーで全日本プロレスでも活躍した垣原賢人さんが、13日に急逝した三沢光晴さんに全日本入団の挨拶を行なったのは1998年2月のことだ。握手をかわそうとした瞬間、垣原さんは三沢さんの異変に気が付いた。ヒジの動きがぎこちないのである。これが「頻繁に受身を取ることによる後遺症であるらしい」と知ったのは、しばらくたってからだった。

第339回 松坂大輔はエースか?

 野球は数字のスポーツだ。試合を観なくても、いくつかの数字を提示してもらえれば、その選手がどういうタイプか、おおよその見当はつく。  近年、米メジャーリーグにおいて「クオリティ・スタート」(QS)という野球用語が、先発投手の安定度をはかる数字として重要視されている。

第386回 美しくないサッカー審判5人制

 審判5人制はサッカーにとって喜ぶべきことなのか、悲しむべきことなのか……。  FIFA(国際サッカー連盟)のゼップ・ブラッター会長は先頃、審判を3人から5人に増員し、来季からスタートする欧州リーグで試験導入することを発表した。ちなみに審判5人制は昨秋のUEFA・U−19欧州選手権予選で初めて採用された。欧州で実験が成功すれば来年の南アW杯でも導入される可能性がある。

第338回 足を生かして新しい「3番打者」像確立へ 広島東洋・赤松真人外野手

 2年前のオフ、FAで阪神に移籍した新井貴浩の人的補償として広島にやってきた時、まさか彼が3番を打つことになろうとは誰も予測しなかったに違いない。  5月24日の埼玉西武戦から、赤松真人が広島の3番に座っている。貧打の広島にとっては窮余の一策だ。  3番に座ってからの赤松の打撃成績は30打数9安打の3割、1本塁打、5打点(6月4日現在)。よくやっている方だ。

日本に「W杯出場」の資格はあるか<前編>

 歓喜は唐突に訪れた。  延長後半13分、呂比須ワグナーの前線からのチェイスで奪ったボールを中田英寿が右サイドから強引にドリブルで割って入り、一瞬の躊躇もなく左足を振り抜いた。GKアベドザデーが弾く。そのこぼれ球を猛然と走り込んだ岡野雅行がスライディングしながら右足で押し込んだ。  フランスへの延長Vゴール。第5回スイス大会の予選に参加して依頼、43年目にして初めて掴んだワールドカップの出場切符。かくして10週間にわたって繰り広げられたアジア地区最終予選はハッピーエンドで幕を閉じた。日付のかわった11月17日は、この国にとって歴史的な日となった。

第385回 NBA復帰へ田臥「最後の挑戦」

 田臥勇太(リンク栃木ブレックス)に吉報が届いたのは5月28日の朝だった。エージェントのマーク・コンスタインからメールが届いていた。「なぜこの時期に…」。通常NBAで翌シーズンの契約に関する動きが本格化するのはNBAファイナルが終了した6月下旬だ。いぶかしく思いながらメールを開くとダラス・マーベリックスからのミニキャンプ参加の誘いだった。

第336回 「監督の器」とは何かをその身で語る名将 ドジャース ジョー・トーリ監督

 メジャーリーグ、ナショナル・リーグ西地区で首位を快走するドジャースの指揮官、ジョー・トーリといえばメジャーリーグを代表する名将だ。  ヤンキース時代、4度の「世界一」と6度のリーグ制覇を成し遂げている。  1998年から00年にかけての3連覇は今も記憶に新しい。ポストシーズンゲームでは98年=11勝2敗、99年=11勝1敗、00年=11勝5敗と圧倒的な強さを誇った。

バスケットの伝道師 仲西淳

 マイケル・ジョーダンに憧れてバスケットボールを始めた。少年の頃はいつも4つ年上の兄と一緒にジョーダンのプレーを食い入るように見つめていた。  15歳の夏、仲西淳少年は運命的な出会いを果たす。ジョーダンが主催するバスケットボールキャンプに参加したのだ。場所はロサンゼルス。

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