第151回 ネルシーニョの監督論

 監督に課された仕事は、さまざまなタレントを適所に配置してチームを作り上げること、そしてもちろん最終的には結果を出すことである。選手起用は采配の最重要ポイントといってよい。  選手から起用に関して不平が出るチームが好成績を収めることはまずない。  今季、柏レイソルを初のリーグ制覇、また史上初のJ1昇格初年度優勝に導いたネルシーニョ。かつて、黄金期ともいえるヴェルディ川崎(現東京ヴェルディ)の指揮を執っていた時、彼は選手起用について尋ねられると、常にこう語った。

第150回 ザッケローニは日本にどんな化学反応をもたらすか

 経験は強みにもなれば弱みにもなる。  サッカー日本代表監督アルベルト・ザッケローニがイタリア・セリエAのウディネーゼの監督時代に「3−4−3」という画期的なシステムを取り入れて高い評価を得たのは、プロ選手としての経験がなかったからではないかと思う時がある。

第149回 北朝鮮は本物のアウェー

 15日、日本はW杯アジア3次予選で北朝鮮とピョンヤンで対戦する。日本がピョンヤンで試合を行なうのは、89年のW杯イタリア大会アジア予選以来、22年ぶりとなる。懸念されているのは試合会場が人工芝のピッチであること。そして、ピッチ外でのさまざまな制約だ。そこで今回は、05年に行った加藤久氏(現JFA復興支援特任コーチ)と宮内聡氏(現成立学園総監督)との鼎談を紹介する。2人は85年メキシコW杯アジア地区予選でピョンヤンに乗り込み、現地の異様な空気を実際に肌で感じながらプレーした。この貴重な経験談から、“アウェー・北朝鮮”の実体を探ってみる。

第148回 “川島式”語学習得術

 野茂英雄が米メジャーリーグで活躍し、中田英寿がセリエA(イタリア・プロサッカーリーグ)で脚光を浴びるようになった頃から、海の向こうでのプレーを夢見るスポーツ選手は飛躍的に増え始めた。  最近は近い将来の海外移籍をにらみ、早い時期から外国語を習う選手が少なくない。  南アフリカW杯で日本代表の決勝トーナメント進出に貢献し、現在はベルギーのリールセでプレーするGKの川島永嗣もそのひとり。  GKは自陣の最後尾から味方に適切な指示を出さなければいけない。外国語が話さなければ仕事にならないのだ。

第146回 ザックJに忍び寄るアウェーリスク

 ロスタイムでの劇的な決勝ゴールでブラジルW杯に向け、白星発進したザックジャパン。FIFAランキング15位の日本に対し、北朝鮮は114位。はるか格下の相手、しかもホームでありながら、終わってみれば1対0。楽なゲームなどひとつもないのがW杯予選である。

第145回 なでしこ・佐々木監督の「横から目線」

「なでしこジャパン」が世界一になったことで、チームを率いた佐々木則夫監督の手腕に注目が集まっている。  佐々木のニックネームは「ノリさん」。オヤジギャグを連発して選手たちとの距離を縮め、時には自ら道化役も買って出た。  かと思えば、遠征先の空港で足止めをくらった際には、駆けずり回ってブランケットをかき集め、選手全員に手渡すといった繊細な気配り。「小さな娘たち」という物言いにも誠実な人柄がにじんでいた。

第143回 メッシの原点

 南米選手権では準々決勝で敗退したものの、アルゼンチンといえば「テクニシャンの宝庫」だ。  一昔前ならディエゴ・マラドーナ、最近ならリオネル・メッシが、その代表格か。  Jリーグがスタートした1993年、横浜マリノス(当時)にラモン・ディアスという元アルゼンチン代表FWが入団した。  ‘79年、日本で開催されたワールドユース選手権の得点王である。「マラドーナとは不仲」との触れ込みが、逆にディアスの存在を特別なものにしていた。

第142回 サッカー代理人

 欧州サッカーの移籍期限は1月31日、午後7時までである。それに間に合わなければ、移籍は認められない。  長友佑都のインテル・ミラノへの移籍の手続きが完了したのは「締め切りまで残り数分のことだった。残り5分は切っていただろう」と赤裸々に告白しているのは長友の代理人・ロベルト佃だ。

第141回 日本の“心臓”が語るプロ論 遠藤保仁

: 遠藤さんはPKの名手と言われていますが、もし子どもたちにコツを教えるとすれば、どんなポイントがありますか。 : まずは自信を持って蹴ることですね。それが一番です。僕のやるような、ゆっくりしたPKは、正直、まねしない方がいいと思います。あれで捕られたら結構恥ずかしいし(笑)。だから子どもは思い切って、蹴ればいいと思います。

第140回 セリエA八百長事件、不透明な決着

 イタリア・セリエが再び八百長問題で揺れている。6月1日、元同国代表のジュゼッペ・シニョーリ氏ら16人が八百長に関わった疑いで捜査当局に、逮捕されたのだ。元スター選手の逮捕とあり、国内では衝撃が広がっている。さらに15日、イタリアサッカー協会はユベントスの元GMルチアーノ・モッジ氏ら3名を同国のサッカー界から永久追放処分することを決めた。モッジ氏はイタリアサッカー界史上最大最悪のスキャンダルと言われた06年の“カルチョ・スキャンダル”の主犯格とされた人物である。今回は5年前の八百長騒動を、当時の原稿で振り返りたい。

第138回 ハマの防波堤 栗原勇蔵

「ちょっと踏ん張った時に左足に大きな音がしたんです」  2010年11月6日に行われたJリーグ第29節、横浜F・マリノス対湘南ベルマーレ戦。  後半34分、ゴール前の競り合いで横浜のDF栗原勇蔵は上体を反らし、ゴール前で楯になろうとした。  と、その時である。左足の太ももが鈍い音を発した。

第137回 危機すら利用する統率術

 指導者には2つの資質が必要である。  ひとつが「心理学者」で、もうひとつが「役者」である。  サッカーを例にとると、かつてヴェルディやグランパスで指揮を執り、現在はレイソルの監督を務めるネルシーニョがその典型だ。

第136回 地域活性化は“ニイガタの奇跡”に学べ<後編>

: 地域に密着することで成功したJリーグに、プロ野球の各球団も大きな影響を受けていますね。東北楽天ゴールデンイーグルスや、本拠地を移した北海道日本ハムファイターズなどは、まさにそうでしょう。 : 福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)がJリーグの手法を取り入れて、地元・福岡に密着した球団経営を始めたことが、そのハシリですね。

第134回 地域活性化は“ニイガタの奇跡”に学べ<前編>

: 池田さんが「アルビレックス新潟」の社長に就任されてから、今年で何年になりますか? : 1996年ですから、かれこれ15年近くなりますね。(現在は同チーム会長) : 倒産の危機にあったチームを池田さんは見事に立て直され、Jリーグの観客動員記録も更新された。さらに2003年にはJ1昇格も成し遂げられて、一連の出来事は「ニイガタの奇跡」と呼ばれましたね。その「奇跡」の舞台裏をお聞きしたいと思います。

第133回 審判5人制で誤審は防げるか

 サッカーにおける誤審といえば、真っ先に思い浮かぶのが1986年、メキシコW杯準々決勝、アルゼンチン対イングランド戦のディエゴ・マラドーナによる“神の手”だ。  両軍スコアレスの後半6分、イングランドのGKピーター・シルトンと競り合ったマラドーナは“ヘディング”でゴールを決めた。シルトンは「ハンドだ!」と激しく抗議したが認められなかった。  しかしVTRで確認するとマラドーナは故意に左手を使っていた。通常なら一発退場になってもおかしくないケースだ。この試合はマラドーナの伝説の“5人抜き”もありアルゼンチンが2対1で勝利し、そのまま頂点に駆け上った。

第132回 アジア王者に導いたザックの柔軟性

“ドーハの悲劇”改め、“ドーハの歓喜”である。1月30日未明、日本列島は喜びに沸いた。  オーストラリアとのアジアカップ決勝。日本はオーストラリアの強さと高さに苦しめられながらも延長後半4分、李忠成の芸術的なボレーシュートが決勝ゴールとなり1対0で宿敵を振り切った。

第131回 闘莉王の熱弁

 田中マルクス闘莉王といえば「闘将」のイメージが強い。20年前なら柱谷哲二、今なら闘莉王だ。  その闘莉王は国外開催のW杯で日本が初めて決勝トーナメントへ進出を果たした南アフリカ大会で精神的支柱とでもいうべき大きな役割を果たした。それはどのようなものだったのか。

第130回 物語はなんでも理念があって続いていく

「叙勲というと柄にもないイメージだったが、スポーツ界を代表しての受章といわれて気が楽になった。地域に根ざしたJリーグを認めていただいた」  今年3月、日本サッカー協会の川淵三郎キャプテン(名誉会長)は旭日重光章受章を祝うパーティーでこう述べた。

第129回 逃げたW杯

 オーストラリアに次いで2回目の投票で落選したというのに、この列島が悲鳴に包まれることはなかった。 「あぁ、やっぱりダメだったの」 「今回は最初から無理だと思っていたよ」  翌朝の周囲の反応は概ね、こんなもの。  中には、こういう人も。 「えぇ!? 日本がワールドカップに立候補しているなんて知らなかった」

第128回 日本代表監督、こう選んだ<後編>

: 岡田武史監督の後を受けたのがフランス人のフィリップ・トルシエ。川淵さんとは“天敵”の関係でした。 : アハハ。だけど、彼には愛嬌があるんだよ。正面切ってよくケンカもしたけど、不思議と憎めないところがあったね。

第127回 日本代表監督、こう選んだ<前編>

 2010年10月、アルベルト・ザッケローニを代表監督に迎えた日本代表は、南米の雄・アルゼンチンを撃破するという最高のスタートを切った。しかし、新監督が決まるまでの道のりは平坦なものではなかった。複数の候補者の名前が連日報道され、ザックジャパン誕生までの経緯が代表選手や多くのサポーターをやきもきさせたのは記憶に新しい。  ここではJリーグ創設に尽力し、代表監督に初の外国人を招聘した川淵三郎日本サッカー協会名誉会長と当HP編集長・二宮清純との対談を抜粋し、代表監督選考や外国人監督招聘の経緯など、日本代表近現代史の裏側に迫った。

第126回 FIFAは本当に自浄能力を発揮できるのか!?

“おとり捜査”ならぬ“おとり取材”はイギリスのメディアが得意とするところだ。  今回、大スクープをモノにしたのは夕刊紙のサンデータイムズだ。 <World Cup votes for sale(ワールドカップの投票が売りに出されている)>  10月17日付の1面にセンセーショナルな見出しが躍った。

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