2人のボクサーの、ここ3試合の世界戦のテレビ視聴率(関東地区)を比較してみよう。
演説会場で「妾(めかけ)が3人もいて偉そうなことを言うな」とヤジられたのは“保守合同”の立役者、三木武吉である。
来季、J2は19のクラブに増加する。ローカルクラブが多いため、どこも苦しい経営を余儀なくされている。
ローカルクラブながら昨季J1で4位に入り喝采を浴びた大分トリニータが、今季は序盤からつまずき、リーグ戦4試合を残してJ2への降格が決定した。昨年11月にJリーグカップを制し「地方の雄」と呼ばれたことが、もう随分昔の出来事だったような気がする。
東北楽天ゴールデンイーグルスの監督を退任し、新たに名誉監督に就任した野村克也といえばボヤいてばかりいるイメージがある。 野村によれば、南海時代の師である「親分」こと鶴岡一人の影響によるところが大きいという。
「恵まれ過ぎることは恵まれないことよりも劣る」 これは数ある“野村語録”のなかでも白眉といっていいのではないか。
これをファンサービスと言い切ってしまうのには、ちょっと抵抗がある。 NPB(日本プロ野球機構)は今秋のドラフト会議に協賛スポンサーを付け、ファン1000人を会場に招待することを決定した。地上波でのテレビ中継も2年ぶりに復活する。
翻って地域密着を旗印にするJリーグは「100年に一度の不況」に際しても、ひとつもクラブが消滅するということはなかった。現在J1、J2ともに18クラブで構成されており、さらに拡大する方針。
1ラウンドでファッシオの動きをあらかた把握した長谷川は2ラウンドに入り、じわじわと間合いを詰め始める。
ボクシングのWBC世界バンタム級王者・長谷川穂積は日本人チャンピオンとしては歴代でも五指に入る名王者である。
まだ10年も先と考えるべきか、それとも、もう10年しかないと考えるべきか……。 2019年、ラグビーW杯が日本にやってくる。
ジャンボ鶴田は子供の頃から、ひとつの夢を抱いていた。日本代表としてオリンピックに出場することである。大学のバスケットボール部に入部した以上、その競技で日の丸のユニホームを着るのが現実的な目標だ。
2000年5月に他界したプロレスラーのジャンボ鶴田はミュンヘン五輪レスリング・グレコローマンスタイルの代表であった。
2001年暮れ、ソルトレイクでのワールドカップ。大菅小百合が日本人として初めて38秒の壁を破ったレースを岡崎はスタンドから見ていた。
ハンドボール界のスター宮大輔が9月からスペイン1部リーグでプレーすることになった。移籍先はアルコベンダス。昨季は16クラブ中14位と低迷した。
「え゛っ!」という声がオーバルの空間を揺るがした。エに濁点である。ミクロの世界に生きる住人ならではの恐怖の叫び。間一髪のスタートを支える右足が後方にズルッと抜けてしまったのだ。
ブラッシーはカメラマンを見つけると、歯をヤスリで研いでみせた。私たちファンはその写真を見て、いつもこうやっているのだろうと震え上がった。
ライバルが躍進する姿を、ただ指をくわえて見ているわけにはいかない。レアルは名門再建に向けて、最強のカードを切った。 2000年からクラブ会長を務め、“銀河系軍団”を作りあげたフロレンティーノ・ペレス氏を3年ぶりにクラブ会長の座に復帰させたのだ。6月1日に復帰した剛腕は、再び“銀河系軍団”の結成に着手することを約束した。
プロレス史上、最強(凶)のヒールは誰かと言えば、それは“吸血鬼”の異名で恐れられたフレッド・ブラッシーだろう。
韓国の怒涛の逆襲が始まった。まず後半39分、右サイドで粘った李基珩のファーサイドへのセンタリングを、FWの崔龍洙がつなぎ、最後は途中から入った徐正源が頭で叩き込み同点。
「こうした値段は、私には度を超えていると思える」 「私個人の考えでは、このような事態は好ましくない。もし移籍が決まれば、それは社会にも大きな影響を及ぼすだろう」
サッカー日本代表にとって、最大にして最強のライバルは韓国代表である。これまで何度、煮え湯を飲まされてきたことか……。数ある悔しい試合の中で、一番と言えば、これだろう。
1971年10月31日、東京・日大講堂。輪島にとっては一世一代の大勝負の舞台だ。 立ち上がり、ボッシはテクニシャンらしく、距離をとって慎重に輪島を攻めた。リーチの差はいかんともしがたかった。
「今の若い人は恵まれ過ぎていますよ」 独特の口調でそう語ったのは御年73歳の東北楽天・野村克也監督だ。 昔の野球選手は自らの給料で用具を買っていた。二軍選手はバットやグローブを揃えるだけで給料が消えていったという。
ボクサーにとって最大のハンディキャップはリーチの短さである。長い槍と短い槍を持った人間が戦ったら、どちらが勝つか。余程のヘマをしない限り、前者が勝つだろう。それと同じ理屈である。