金子達仁

スポーツライター

哲学なきものに苦境は乗り切れない

 いまのようにサッカーの映像が氾濫していなかった時代、わたしの情報源は通信販売で購入するか、欧州に住む知人が送ってきてくれるビデオだった。気に入った試合はそれこそすり切れるほど何度も見返したものだが、その中のひとつに、91年か92年に行われた親善試合、西ドイツ対メキシコの一戦があった。

世界を口にするなら絶対にやらない試合

 ガッカリした。心底ガッカリした。びっくりするほどに収穫の少なかった先月末のブルガリア戦でさえ、この貧弱な勝利に比べれば豊穣な宝の山に思えてくる。問題点、課題点、修正点……律儀に書いていけば、スポニチの1面から最終面まで使っても足りないほどだ。わたしにとっては、ザッケローニ体制になって以来、最低最悪の試合だった。

熟成に入るべき段階で予想外の停滞

 かつて“パグンサ・オルガニサーダ”と呼ばれたチームがあった。直訳すれば「組織化された混乱」。言葉だけを見るとひどく矛盾しているようだが、あのチームはまさに、組織化されているようで、混乱していた。無秩序なようで、理にかなってもいた。だから、素晴らしく美しかった。ジーコやソクラテスを擁した82年のブラジル代表である。

グアルディオラ新監督が挑む難事

 ロッベンの劇的な決勝弾で欧州王者のタイトルを奪還したバイエルンは、ご存じの通り、新シーズンをグアルディオラ体制で迎える。いまや世界的名将の名をほしいいままにするペップだが、退任の決まっていた前任者の残したあまりにも輝かしい栄光によって、新天地でのスタートは相当に難しいものとなった。

日本サッカーに見た“カネでは作れないもの”

 先週末は、地球の裏側で「スーペルクラシコ」が行われていた。スーパーなクラシック・ゲーム。超伝統の一戦。英国の新聞が「死ぬまでに見ておいた方がいいスポーツイベントの一つ」と評したボカ・ジュニアーズ対リバープレートの一戦である。アルゼンチン在住の知人によると、試合中、こんな歌がゴール裏で流れたそうだ。

“ワン・オブ・ゼム”ではなくなってしまったメッシ

 まだ決勝進出チームが決まったわけではない。だが、仮にバルセロナがホームでの第2戦で歴史に残る奇跡を起こしたところで、ミュンヘンで失った名声を完全に取り戻すのは難しい。それぐらいに衝撃的な、欧州CL準決勝第1戦、バイエルン・ミュンヘンの圧勝だった。

Jは東南アジア人気のコンテンツになれる

 JFL第6節が行われた4月13日、気持ちよく晴れた沖縄県総合運動公園陸上競技場では、ちょっとした“事件”が起きていた。  日本で行われた、日本のチーム同士の試合だったにもかかわらず、日本人の取材陣は少数派だったのである。  多数派を占めたのは、マレーシア人だった。

写真でもゴールが楽しめるスタジアムを

 あらためていうまでもないことだが、ゴールシーンはサッカーというスポーツにおける最大のクライマックスである。素晴らしいトラップやパス、ドリブルは見逃しても、ゴールシーンだけは絶対に見逃すまいとするのがファン心理であり、ピッチの外からレンズを向けるカメラマンの心理でもある。

「デスゴール」「0の法則」大変結構!!

 状況が劇的に変わったのは、いわゆる“ドーハの悲劇”からだろうか。あの予選を機に、W杯予選はサッカーマニア以外の人たちからも注目を集めるようになった。つまり、サッカーがマイナーであるという世界的に見ると極めて珍しい日本の状況が変わり始めたのは、Jリーグの発足とほぼ同じ20年近く前ということになる。

マレーシア人の熱き目標となった「日本移籍」

 21年前、マレーシアの首都クアラルンプールは活気に溢れつつも牧歌的な雰囲気を存分に残した街だった。この街で開催されたバルセロナ五輪アジア最終予選に出場した日本代表は、中国、韓国、カタールに完敗し、6チーム中5位という無残な成績で大会を終えた。

ACLの勝敗分ける「外国人の質」

 今年の元日、国立競技場のゴール裏を埋めつくした柏のサポーターはまず「KASHIWA」という巨大な人文字を造り上げ、次にそこから3文字を消した。残ったのはAとSとIとA。天皇杯決勝を前に、彼らは勝者に出場権が与えられるアジア・チャンピオンズ・リーグ(ACL)への思いをスタンドに刻んだのである。

五輪の役割を無視したIOCの暴挙

 レスリングが五輪から除外されるというニュースには驚かされた。なにしろ、第1回大会から行われてきた伝統の競技が大会から消えるのである。不利を予想された競技のロビー活動が効いたという声もあるが、投票をしたIOCの委員にとっても予想外の結果だったのではないか。当然、レスリング側からは死に物狂いの巻き返し工作がなされるはずで、問題の完全決着はまだ先の話になるだろう。

体罰の根っこにある「理不尽に対する耐性」

 いまはどうだかわからない。だが、10数年前、その大学のサッカー部ではグラウンドを整備するのは1年生の仕事だった。米国からの帰国子女として入学した青年には、それが理解できなかった。なぜそんなことをしなければならないのか。サッカーの上達とはまるで無関係ではないか――。

楽しむためのスポーツに「罰」はいらない

 いまや平成に入って四半世紀が経(た)とうかという時代である。学校での体罰を全面的に支持する人は相当な少数派になりつつあるに違いない。大阪の市立高校バスケ部で体罰による自殺者が出たあと、世論が「体罰けしからん」という声一色に染められたのは、当然といえば当然のことである。

「離」の道を歩む名将グアルディオラ

 バルセロナを退団し、ニューヨークで家族とともに休養中だったグアルディオラが、監督業に復帰する意思を明らかにしたという。  今後の具体的な行き先については、マンチェスターの2チーム、チェルシー、ブラジル代表などが候補としてあげられていたが、ブラジル代表についてだけは、本人が否定的な考えを明らかにしたとされる。

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