さながら心細かったアキレス腱が3枚の新しいプレートによって補強されたという構図だ。 開幕から広島の3人のルーキー投手が素晴らしいピッチングを続けている。栗林良吏(ドラフト1位)5試合、3セーブ、防御率0.0 […]
昨年オフ、横浜DeNA生え抜きの三浦大輔2軍監督が監督に就任したことにより、セ・リーグの監督は中日・与田剛、広島・佐々岡真司、東京ヤクルト・高津臣吾を含め、6人中4人が投手出身となった。 <この原 […]
TBS系列でウルトラマンがスタートしたのは1966年7月である。この3カ月前、日本キックボクシング協会が旗揚げされ、沢村忠なるキックボクサーがデビューした。 ウルトラマンと沢村には共通点があった。ともに相手 […]
名選手、名伯楽に非ず――。スポーツの世界における常套句だ。24日、ガンにより53歳で他界した古賀稔彦さんは、とびっきりの名選手にして比類なき名伯楽だった。 現役時代については説明の必要もあるまい。兄・元博か […]
バルセロナ五輪・柔道の金メダリスト、古賀稔彦氏が24日朝、亡くなった。53歳だった。関係者によるとがんのため闘病中だった。古賀氏のハイライトと言えば、1992年のバルセロナ五輪だ。試合の10日前に左ヒザを傷め、一時は出 […]
1983年をピークに縮小していたウイスキー市場を甦らせたのが、ウイスキーをソーダで割る「ハイボール」だということは、よく知られている。起死回生の商品となったことから“ハイボール革命”とも呼ばれた。 話題を呼 […]
“燃える闘魂”アントニオ猪木のライバルといえば、“インドの狂虎”タイガー・ジェット・シンが真っ先に頭に思い浮かぶ。 1973年5月、猪木が社長を務める新日本プロレスのリングに初登場。以来、トレード […]
選手や関係者のワクチン接種に関し、積極的な発言を続けていたIOCトーマス・バッハ会長にすれば“渡りに舟”だったのだろう。先のIOC総会でCOC(中国五輪委員会)から東京五輪・パラリンピックと2022年北京冬季五輪・パラ […]
ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。最近では、あまり見聞きしなくなったフレーズだ。要するにその手のピッチャーが少なくなったということだろう。 <この原稿は2021年3月14日号『サンデー毎日』に掲載さ […]
パンデミックによりインバウンド需要への期待がしぼんだ今、菅内閣が次なる成長戦略の柱に据えるのは、「グリーン」と「デジタル」の2本である。これを「ポストコロナにおける成長の源泉」(菅義偉首相)と位置付け、政府は前者に2兆 […]
メジャーリーグ歴代2位の通算本塁打(755本)を記録したハンク・アーロンが1月23日(現地時間22日)、86歳で世を去った。 ホームランばかりが注目されるアーロンだが、通算2297打点、通算68 […]
チーム解散に待ったをかけたのが初代監督の石本秀一である。石本は県内に後援会組織をつくり、募金の領収書代わり広島野球倶楽部の株券を発行した。本拠地・広島総合球場前に酒樽を設置すると、400万円もの大金が集まった。これが世 […]
今週はプロレスの話。「頭の悪いヤツにヒール(悪玉)はやれない」とうそぶいたのは“まだら狼”の異名をとった上田馬之介だが、これは実に的を射ている。 たとえば“銀髪鬼”フレッド・ブラッシー。必殺技は噛みつき。1 […]
通算ホームラン868本の王貞治は、キャンプで大切にしているルーティンがあった。ブルペンでの“目慣らし”である。 V9時代、堀内恒夫や高橋一三といったエース級がブルペンで投球練習を始めると、自らも […]
ワンチームとオールジャパン。18日に都内で行われた橋本聖子組織委会長の就任会見。彼女は先の二つの言葉に力を込めた。 まずワンチームだが、これは組織委に向けられたものだろう。内閣総理大臣まで務めた森喜朗前会長 […]
白鵬、鶴竜の両横綱を含む19人の力士(十両以上)が休場した大相撲1月場所は、西前頭筆頭・大栄翔の初優勝(13勝2敗)で幕を閉じた。 平幕優勝は昨年7月場所の照ノ富士以来、3場所ぶり。 ちなみに2 […]
日本人は人事の話になると、それまで会社に興味のなかった人までもがいっせいに耳をそばたて始める――。そんなことを書いていたのは「サラリーマン小説の第一人者」と呼ばれた作家の源氏鶏太だ。細くなった記憶の糸を手繰ったが残念な […]
93歳での旅立ちだから、日本風に言えば大往生だろう。 ロサンゼルス・ドジャースで21シーズンにわたって監督を務めたトミー・ラソーダが1月7日(日本時間8日)、心臓発作によりロサンゼルス近郊の病院 […]
川淵三郎氏に電話したのは、9日の午後6時過ぎだ。12日に予定されている合同懇談会前に、実質的な評議員会議長である氏の考えを聞きたかった。 組織委会長は理事の互選で選ばれるが、評議員は会長の「選定及び解職」の […]
あのモハメド・アリがその実力を認め、あのマイク・タイソンが憧れた男が、この国にいる。その男はファイティング原田である。“狂った風車”と呼ばれた彼が、息をもつかせぬ猛ラッシュで世界を驚愕させた試合の数々を3年前の原稿で振 […]
2011年5月から約1年間、文藝春秋にて「プロ野球伝説の検証」という読み物を連載し、『プロ野球「衝撃の昭和史」』と改題して新書(文春新書)にまとめた。 これは、これまでの仕事の中でも、最も楽しいもののひとつであった。 […]
ポジションこそ違うが、3度目の決勝進出で初の大学日本一に輝いた天理大のセンター、シオサイア・フィフィタに、大東文化大を初の大学日本一に導いた元日本代表ナンバーエイト、ラトゥ志南利(旧名シナリ・ラトゥ)の姿が重なる。&n […]
日本に初めてプロ野球球団『大日本東京野球倶楽部』が創設されたのは1934年12月26日のことだ。メジャーリーグ選抜チームを迎え討つための全日本代表チームが母体となっていた。旗振り役となったのが読売新聞社社長の正力松太郎 […]
「英国紳士の条件は、風呂場でションベンしないことだと言うんだな」。昔、そんな話を座談の名手として知られる漫画家の黒鉄ヒロシさんから聞いた。人が見ていないところでの振る舞いこそが、その人物の価値をはかる唯一無二の基準だとい […]
広島でキャッチャーとして3度のベストナインに輝く達川光男は高校時代、広島商の選手として高3の春と夏、2度甲子園に出場している。春は準優勝、夏は優勝。同期には作新学院(栃木)の江川卓がいた。 江川 […]