巨人・木村拓也コーチ、死去

 7日、くも膜下出血で入院していた巨人の木村拓也内野守備走塁コーチが死去した。37歳だった。木村コーチは2日に行なわれた広島戦(マツダスタジアム)の試合前、ノックをしている最中に突然倒れた。救急車で広島市内の病院に搬送されたが、意識不明の状態が続いていた。  1991年、宮崎南高からドラフト外で日本ハムに捕手として入団。2年目に外野手に転向し、その後は投手以外の全ポジションをこなすユーティリティープレーヤーとして広島、巨人でも活躍した。2004年のアテネ五輪では日本代表にも選出された。昨季限りで現役を引退。プロ19年間で1523試合に出場し、打率.262、1049安打、53本塁打、280打点、103盗塁。今季からコーチを務めていた。  6日に書き下ろした木村コーチへの思いを込めたコラムを掲載し、ご冥福を心よりお祈りしたい。

工藤公康の投球論<前編>

「もう勝てないかと思った。勝つことがどれだけ難しいか、26年やってあらためて感じましたね。忘れられない1勝になります。家でかあちゃんが泣いてるらしいよ」  横浜のサウスポー工藤公康が2007年5月23日、グッドウィルドーム(現西武ドーム)での西武戦で移籍後初勝利をあげた。

貴花田研究序説<後編>

 念願の大関獲りは初場所に持ち越しになったとはいえ、貴花田が大鵬、北の湖級の逸材であることに異を唱える者はいまい。足腰が強い上に、まわしを切るのが途轍もなくうまく、先述した立ち合いの際の親指の向き以外におおきな欠点は見当たらない。完全無欠の素材といっていいだろう。

貴花田研究序説<中編>

 ビデオテープを何度も見ると気づくのだが、仕切り線よりも後方から仕切ることによって確かに出足が鋭くなった反面、バタバタといささか慌ただしい。土俵の上を走っているような印象は、大関、さらには横綱を目指す力士にしては少々、安定感に欠けるのではないか。自分より一回りも二回りも大きな力士と戦わなければならないというハンディがあるにしても、である。

第421回 大家は“保険”からはい上がる

 前インディアンスの大家友和はMLBでは日本人投手として野茂英雄の123勝に次ぐ51の勝ち星を挙げながら、それに見合う評価を日本では得ていないような気がする。それは日本での印象が薄かったせいだろう。94年に京都成章高からドラフト3位で横浜に入団したが、5年間在籍して1勝(2敗)しかあげていない。まさに海を渡ってから地歩を固めた選手といえる。

貴花田研究序説<前編>

 数ある格闘技の中で、最も短時間で勝負のつくのが相撲である。参考までに言えば、九州場所千秋楽の中入り後、一取組あたりの平均所要時間はわずか9.4秒だった。「相撲は立ち合いがすべて」といわれる所以である。まさしく、攻撃こそ最大の防御、立ち合いでの“待った”の多さは、スポーツの種類こそ違うが陸上100メートル走のスタートのフライングに匹敵する。ともにミクロの単位でも相手より早く立ちたい、出たいという意識がフライングを生む原因と考えられる。

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