うどの大木――。体ばかり大きくて何の役にも立たない者のたとえだが、プロ野球の世界でも、20年程前までは「大男は使い物にならない」と言われたものだ。
高橋尚子には小出義雄がいたように、北島康介には平井伯昌がいたように、ロンドンパラリンピック車いすテニス男子シングルスで同種目史上初の2連覇を達成した国枝慎吾には丸山弘道という名伯楽がいた。いた、と過去形にしたのはロンドンを最後にコンビ解消を明言したからだ。その理由は「国枝慎吾を負かす選手を育てたくなった」。いかにも丸山らしい。
カナダ出身の名レスラーと言えば、真っ先に思い浮かぶのが“荒法師”の異名をとった第45代NWA世界ヘビー級王者ジン・キニスキーだ。2メートル9センチのジャイアント馬場を軽々とバックドロップで投げつけるほどパワフルなレスラーだった。
「失われたものを数えるな。残っているものを最大限に生かせ」。世界で初めて障害者による競技大会を主催し、“障害者スポーツの父”と呼ばれるユダヤ系ドイツ人医師ルードヴィッヒ・グットマン卿の名言である。
これは残念なデータである。パラリンピックに出場した選手らでつくる「パラリンピアンズ協会」(河合純一会長)の調査で、アンケートに答えた選手たちの実に75.6%がナショナルトレーニングセンター(NTC)を、80.7%が国立スポーツ科学センター(JISS)を利用したことがない事実がわかった。
地方球場でオールスターゲームを2度開催したことがあるのは松山市の坊っちゃんスタジアムだけだ。球場名は言うまでもなく松山が舞台となった夏目漱石の小説「坊っちゃん」に由来する。ファウルグラウンドを除き、総天然芝の素晴らしい球場である。 球場名が公募された際、私は用紙に「景浦将記念スタジアム」と書き込んだ。その名を球場名に冠することで、地元が生んだスーパースターの功績を永久に語り継げるのでは、と考えたのだが、残念ながら一顧だにされなかった。
アトランタ、シドニー、アテネで五輪柔道3連覇(男子60キロ級)を達成した野村忠宏は試合前の“儀式”をことのほか、大切にしていた。
JOCはロンドン五輪での目標を「世界5位以内」と定めた。何を持って5位以内とするのか。言うまでもなく、それは「金メダル数」である。 本紙の国別メダル表を見ても分かるように金メダルの数が順位を決定する。大会4日目が終了した時点で日本は金1、銀4、銅6の計11個のメダルを獲得しているが、順位では金2、銀2、銅2の韓国、さらには金2のカザフスタンにも及ばない。この時点では9位だ。
最近、気に入っている言葉がある。言葉の主はフランスの細菌学者ルイ・パスツール。「偶然は準備のできていないものには微笑まない」。スポーツを取材していると、この言葉が骨身に沁みる。
自虐的なプロモーションが逆に受けているらしい。広島に行くたびに目にするのが「おしい! 広島県」のタイトル入りポスター。地元出身の毒舌タレント有吉弘行をメインキャラクターに起用している。 レモンの生産量は日本一。カキやお好み焼きなど、おいしいものがたくさんありながら、いまいち浸透し切れていない。そこで「おしい」から「おいしい」へとのコンセプトの下、広島県を売り込もうとの戦略だが、ポスターを見ていて不意に頭に浮かんだのが売り出し中のカープ堂林翔太だ。3年前の甲子園では中京の「4番・エース」として全国制覇に貢献。ドラフト2位でプロ入りした。広島ではプリンスと呼ばれている。
ジャイアンがしずかちゃんを指導し始めたのは昨年の3月からだ。といっても漫画「ドラえもん」の話ではない。パラリンピックの柔道の話である。
右手の人さし指で鼻を押しつぶし、左手で耳をねじる。そして、しわがれ声で話す。「フレイジャーが番組に出たら(こんな感じだ)」。次の瞬間、スタジオは嘲笑に包まれた。 番組の主役はムハマド・アリ。対戦相手のジョー・フレイジャーを揶揄しているのだ。アリの挑発は続く。「(フレイジャーは)リズム感もフットワークもなく、まともに話もできない。歌がうまいなんてウソだろ」
オールスターゲームのことをメジャーリーグでは「ミッドサマー・クラシック」(真夏の祭典)と呼ぶ。ピッツバーグとアーリントンで2度ほど取材したことがあるが、その盛り上がりぶりは「フォール・クラシック」(秋の祭典)と呼ばれるワールドシリーズに勝るとも劣らないものがあった。
困ったことにかくして「原子力ムラ」の利権は守られましたというオチになるのだろうか。この9月までに原子力の安全規制を担当する新組織が誕生する。原子力規制委員会と事務局の原子力規制庁だ。独立性が高く、原発推進側に著しくシフトしていたこれまでの組織とは違うと聞いていたが、これから選定する規制委の5人のメンバーについては明らかになっていない。つまり人選によっては原発の監視役を担う機関として中立性、公平性が揺らぐリスクも生じるわけで、国民のひとりとして非常に心配である。
スティーブ・エヴェッツ演じるエリック・ビショップはマンチェスター市内に暮らす梲(うだつ)が上がらない中年の郵便配達員だ。2度の結婚はいずれも破綻。連れ子は非行に走った。仕事にも精彩を欠き、抜け殻のような日々。部屋の壁に貼った自らのアイドル――等身大の“エリック・ザ・キング・カントナ”のポスターが唯一の心の拠り所だ。そう、彼はマンチェスター・ユナイテッドの熱狂的サポーターなのだ。
「私は国家元首ではありませんが、国よりももっと大きな集団、若者の代表です」。3年前、コペンハーゲンで初々しい演説をした少女は、今年18歳になるはずだ。
クローザーとは誇り高き生き物である。“江夏の21球”で知られる1979年の広島対近鉄の日本シリーズ第7戦。4対3と1点リードで迎えた9回裏、広島の守護神・江夏豊は無死1、3塁の場面で心をかき乱される。「なにしとんかい!」。池谷公二郎がブルペンに走り、北別府学も続いたのだ。「オレを信用しとらんのか……」
寡黙な男が珍しく素直に喜びを表現した。20日のファイターズ戦、1対0の8回裏、1死一、二塁のチャンスで代打に起用されたカープの前田智徳は、植村祐介のフォークを三塁線に弾き返した。打球はサード小谷野栄一を襲って外野へ転がり、二塁走者を迎え入れた。興奮気味に一塁ベースを回ったところで手を叩く。感情を露にした40歳の姿に一振りに賭ける執念を見る思いがした。
2000年に柔道部が創設されたばかりの頃だ。了徳寺学園と聞いて、仏教系の宗教法人が運営する学校だとばかり思っていた。実際、京都市には大根焚(だいこだき)の行事で知られる法輪山了徳寺という真宗大谷派の寺院がある。そこに縁(ゆかり)のある学校かと……。 程なくして了徳寺健二理事長の苗字に由来するものだと知る。これほど柔道に情熱を傾ける教育者とは、いかなる人物なのか。
宮本慎也が2000本安打を達成した翌日、元東京ヤクルトの後輩・鎌田祐哉がリーグ最多となる7勝目をあげた。防御率も1.75でリーグトップである。 海の向こうの話だ。海の向こうといっても、もちろん米メジャーリーグではない。中華職業棒球大連盟(職棒)。要するに台湾プロ野球リーグである。鎌田は今年2月に台湾でテストを受け統一セブンイレブン・ライオンズに入団した。
「これが中京の4番なら、僕はもっと(上に)行けると思った」 祝福の言葉にはイチローらしいウイットが含まれていた。さる4月28日、北海道日本ハムの稲葉篤紀がプロ野球史上39人目の通算2000安打を達成した。周知のように稲葉とイチローはともに少年時代、愛知県豊山町にあるバッティングセンター「空港バッティング」に通い詰めていた。
ひと山いくらの舶来品ではない。06年には16勝をあげて最多勝に輝いている正真正銘のメジャーリーガーだ。マーリンズ時代の03年にはワールドシリーズで2勝を挙げ、世界一の立役者にもなっている。MLB通算119勝は、来日したピッチャーの中ではトップクラスの実績だ。福岡ソフトバンクの新外国人投手ブラッド・ペニーが原因不明の右肩痛に悩まされ、戦列を離脱している。入団前のフィジカルチェックはどうなっていたのか.
スパグニョーロ。スパゲッティの新しい種類ではない。歴としたベースボール・プレーヤーの名前である。しかしメジャーリーグでプレーした記録はない。本名ヨゼフ・スパグニョーロ。メキシコ人内野手だ。
「7回くらいから、その兆しはありましたよ。相手が打てそうな気がしませんでしたから。それにシーズンが始まったばかりの4月はピッチャーが有利。実は僕の3回目(のノーヒット・ノーラン)も4月なんです」。感慨深げにそう語ったのはカープの元エース外木場義郎だ。後輩のマエケンこと前田健太のノーヒット・ノーラン(6日の横浜DeNA戦)はテレビで観ていた。「彼は昨年の10月にも“あわや”という試合がありましたが、今回の方が安定感がありましたね」
「我に艱難辛苦(かんなんしんく)を与えたまえ」。戦国時代の武将・山中鹿之助の至言だが、まさにこの御仁こそは“平成の鹿之助”だろう。 ロンドン五輪のピストルで金メダルを目指す松田知幸である。一昨年8月に行われたミュンヘンでの世界選手権では2つの五輪種目を制した。